第77話 悲獄の子守唄 -19
◆遥
「私は殺してしまったあの子を絶対に生き返らせられなくちゃいけない! その為に――1000人の命が必要なのよ!」
原木は最早
しかしながら、どの攻撃よりも遥の足を止める効果があった。
子供の為。
自らの意思でやっているからにはそれが理由だろう――と遥は心の片隅で思っていた。日常でたまたま触れ合った時に語っていた赤ちゃんに対する想いは、偽りには見えなかったからだ。
故に、彼女の叫びは本心からだということを遥は分かっていた。
だからといって――
「許されると思っているんですか!?」
遥も感情をぶつける。
そうでないと、相手は話を聞いてくれないと思ったから。
「自分の子供の為に他の人を犠牲にするなんて間違っている! そんなのはあなたと同じ気持ちをする人を増やすだけで――」
「知ったことじゃないわ!」
否定。
しかも強烈な。
「私にとっては他人は他人よ! 私にとってあの子以外なんてどうでもいいわ! それにその子が生き返るならばなんだってするわ!」
「そんな自分勝手なことが許されるわけがない!」
「誰に許されなくてもいい! 私はあの子の傍にずっといなくちゃいけないのよ! だから私は――私すら犠牲にすることなんてしやしないわ!」
「ッ!!」
遥はその言葉に憤りを感じ、一瞬で頭に血が上った。
――自分すら犠牲にしない。
それはとある人の行動を馬鹿にされたと感じたからだ。
遥が過去に出会った、とある女性。
金田優子。
銃弾通り魔と名が付いた『魂鬼』に娘を殺され、その娘も『魂鬼』となってしまった女性。
その女性は、スピリの能力によって、とあることを実行した。
縁の深い人物限定ではあるが、死後3日以内の人物を、自身の存在全てをかけて蘇生する方法――『
彼女は自身の魂を使って、娘の魂を復活させた。
娘の幸せを願い、自身の魂を犠牲にした。
そんなことを実際にした人がいるのに、先の原木の発言は金田のことを全否定するような言動に思えた。
だから頭に来たのだ。
しかしすぐさま、彼女はスッと頭が冷えた。
(……いや、それも間違っていないんだ)
原木が言うことも、ある種、正しいのだ。
自身の魂をかけて生き返らせても、そこに自分の幸せはない。
死んでしまえば――魂を消滅させてしまえば、そこに何も無い。
だから望むのは自身も含めた大切な人の幸せ。
それを求めるのは理解出来る。
だけど――
「そんなの……間違っている!」
遥は否定した。
理解は出来るし考え方も分かる。
自分を犠牲にしたくないのは分かる。
それでも、彼女の行動は肯定できない。
「他人を犠牲にするなんて、そんなの絶対に間違っている! 自分の為に人を犠牲にするなんて絶対におかしい! 他の人の命を使って生き返らせて、それで貴方は何も思わないの!?」
「思わないわけないでしょう!!」
ギリリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。
それ程、距離は近くないのに。
「命を奪うことに躊躇いも無くやっていると思っているの!? でもやらなきゃあの子は生き返らないのよ! やらなくちゃいけないのよ!」
頭を抱え、髪を振り乱す原木。
「あの子が生き返るなら何でもやるわ! 何だって出来るわ! だけど自分が犠牲になるのだけは嫌よ! だってそれじゃああの子が幸せにならない! 私がいないとあの子は駄目なのよ! だから私も生きなきゃいけないのよ! ……いや私はどうだっていい……いや良くない……だけど私も生きてあの子も生き返らなきゃいけないのよ!」
段々と支離滅裂になってきている。彼女自身も自分が口にしていることがいかに理不尽なのか理解している証拠であろう。
「だから……だって……私は……」
段々と瞳が揺れ、声も大きく震えてきている。
その果てに、
「だったらさ……出来るの……? あなたに……?」
彼女は虚ろな笑みを浮かべて問うてきた。
「あの子を生き返らせることが出来るって言うの!?」
「……っ」
回答をすることは、遥には出来なかった。
本当は出来た。
だけど口にすれば――伝えてしまえば、どうなるかが目に見えて判っていた。
「……それは……」
言うべきかどうするか、遥が迷って口籠ってしまった。
――その時だった。
「憐れね」
遥のモノでも原木のモノでもない第三者の声が聞こえたのと同時に――原木の喉元から鮮血が吹いた。
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