第74話 悲獄の子守唄 -16

 ただの一般人が急に能力に目覚めた。

 原木御子の今回の経緯を見て、遥はそう決めつけていた。

 だが、先の彼女の動きは偶然によって起きえるモノではない。

 背部に遥が廻り込むことを予知し、一番近い距離で攻撃を仕掛けてきた。


「……っ」


 表情が見えるこの距離まで近づいて分かった。

 原木の表情は暗く、こちらを見てくるその目には殺意が宿っていた。


(無理矢理ってわけじゃないのね)


 遥の眉が歪む。

 彼女の中にあった一つの希望が、望まない形で彼女は凶行を繰り返していたということであった。結果的には変わらないが、遥の内心の印象が大きく変わり、彼女を傷つけずに無力化するということに対しモチベーションが上がる。

 そうではないことが分かった今、遥に残ったのは、どうしたらいいのかという戸惑いのみ。

 そこを相手は見逃さない。


「♪――」


 原木からの攻撃。

 遥は左方に移動して避ける。


(厄介ね)


 見えない、いつ着弾するか分からない遠距離攻撃。

 その正体は声だと分かっているのに。


「ぐっ……」


 左右に飛び跳ねて着弾を回避し続ける遥。

 ただこれはジリ貧だ。

 やがてボロが出る。


「!」


 それはすぐに来た。

 遥は周囲の建造物を利用して原木の攻撃を回避していたのだが、原木はそれを先読みして遥の足場を無くしたのだ。

 その結果、遥の身体は空中に置かれる形になる。

 つまり、回避する術がないということだ。

 そこに容赦なく原木は口の先を遥に向けてくる。


「――♪――」


 攻撃が放たれた。

 文字通り声は音速で遥に向かう。

 それを回避する手段はない。いかに遥でも、空中で跳ねることは出来ない。

 このままでは攻撃をその身に受けてしまう。

 だが――


「はぁっ!」


 遥は咄嗟に大剣を前方に振った。

 策などない。

 ただのあがきで、本能で出たものであった。


 しかし。

 その行為が結果として彼女を救うこととなった。


「……痛くない……?」


 攻撃が来るものと思って覚悟していた彼女は、自身が無傷であることに驚きを隠せなかった。

 それは原木も同じだった。

 彼女は信じられないという表情で、自身の口を閉じていた。

 つまり、攻撃を止めていた。


(多分歌い続けて威力が無くなったのね……今がチャンス!)


 人間だから体力に限界がある。唄うという行為は体力を大いに使う。だからこそあのタイミングで唄ったにも関わらず攻撃は届かなかった。

 つまりは燃料切れだ。

 そう睨んだ遥は着地した瞬間、最短距離で原木に向かう。

 その距離は再び一気に詰められ、あと少しで彼女の手が届く所まで来た。


 ――その時まで、遥は失念していた。

 先のことだったのに、頭は相手が攻撃が出来ないという所で止まってしまっていた。

 気が付いていたはずなのに、すっかりと抜けていた。


 原木が――戦闘慣れしていることを。


「っ」


 原木は自身の右方――遥の左方へと転がった。

 そしてすかさず、口を開いた。



♪」



 遥は知った。

 彼女が唄っていたのは、本当に子守唄だったと。



「うっ……!」


 遥は左腕に裂傷を負った。

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