第73話 悲獄の子守唄 -15
◆遥
時間は少し遡り、遥が拓斗の盾を飛び出した頃。
遥は無心で突進していた。
勢いで拓斗の心配を飛ばしたものの、作戦などほとんど無かった。
突っ込んでから考える。
遥はどちらかというと頭が良い方ではない。今までの戦闘も戦闘センスだけで乗り切っていたものであり、拓斗が――盾が無い状態では生傷が絶えていなかったので母親の美哉によく「脳筋娘め……」と苦言を呈されていたものだ。
しかしながら、拓斗が来てからは少し考えるようになった。
その結果が二人同時に攻めることであり、なんだかんだ言って遥は拓斗を信用しているので、彼のことを省みずに突進していたのだ。
拓斗の盾は絶対無敵。
何せ声すら防ぐのだから。
だから拓斗のことは考えていなかった。
そして敢えて、自分自身も思考も止めていた。
理由は、原木と対峙しているからであった。
彼女に関する衝撃的な事実を知ってしまった今では、彼女を見る目が変わってしまい、躊躇が生まれてしまう。
その為に頭を真っ白にして、彼女を捉えることだけに意識を集中させた。
まずは地上を駆け、最短距離で彼女に向かう。
だが、すぐに彼女はすぐに攻撃してくるだろう。
そう予測した遥は、すぐさま自分の走路を左にずらす。
ただ、そのまま進路をズラしただけではない。
遥はビルの壁を走っていた。
横にスライドしたかと思うと、近くにあるビルに足を掛け、完全に壁を駆けていた。
常人離れした動き。
それは遥だから――スピリだから出来ているのだ。
「っ……♪――」
原木は再び驚きを顔に表しながらも、攻撃の方向を遥に向けてくる。
ドゴン。
ドゴン。
しかし、遥に攻撃は当たらず、既に通った後に当たっていく。壁をまるで地面のように走る彼女に攻撃は当たらない。声という範囲も見えない攻撃なのに、彼女はあたかも見えているかのように避けていく。
避けて、避けて――ついに。
原木まであと五メートルといった所まで近付いた。
(どうしよう……)
本当に何も考えていなかったので少しだけ思考を割く。
目の前には、遥の動きに目を見開いている原木の姿。
彼女の攻撃は当たる気がしないものの、声という強烈な攻撃を持っているので捕えるというのは難しい。
だったら捕えるのではなく、とりあえず気絶させることから入る方がいい。
遥は原木の首筋を背部から狙うことに決めた。
「はあっ!!」
遥はいかにも手に持った大剣をそのまま原木の正面から叩き込むような裂帛の声を放つ。
これはフェイク。
一般人である彼女は咄嗟に防御態勢を取るか、回避行動を取るはずだ。回避行動をしても転がるだけで、少なくとも両方共攻撃は中断することになるのは、攻撃は目に見えないが目に見えている結果である。
故に彼女は斬り掛け、途中で攻撃を止めながら原木の背後に回る。
だが、その直前の原木の取った行動は、遥が予想していた二つのものではなかった。
(――ああ、これもあったわね)
自分の頭の中から、一番有り得そうな行動を排除していたことに気が付いた。
彼女は、何もしていなかった。
防御態勢を取らず、回避行動もとらず、ただ立ち尽くしていただけ。
それはそうだ。
あまりにも遥の攻撃が速すぎて、一般の人では脳内処理が終わらないのだ。
その失念に(まだまだ未熟ね)と自戒しながら、遥は原木の後頭部に視線を定める。あとはその首筋に手を当て、スピリの能力で相手を昏倒させるだけだ。
そうして大剣を握っている方とは逆の左手を、彼女の首元へと伸ばす。
その瞬間。
ぐるり、と原木が身体を翻してきた。
「!?」
遥は本能的に左後方へと大きく跳ね、彼女から距離を取った。
直後、もしそのままであったら直撃であっただろうコースにあったビルの一部が崩れた。
つまり、彼女は攻撃したということだ。
そこで遥は理解した。
前提が間違っていた。
ある種、昨日に彼女に遭遇していた際の弊害だろう。
そして今は別の所で足止めを食らっている拓斗も、全く想像だにはしていなかった、一つの事実。
原木は――実戦に慣れている。
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