第72話 悲獄の子守唄 -14
遥の痛みが拓斗の痛みになる。
これは以前にも経験したことがある。
拓斗と遥がケンカした際に襲ってきた、ハリネズミの魂鬼。その戦いで遥が傷を負った際に、拓斗も痛みを感じた。
その時と同じことが、まさに今、起きているということ。
すなわち、遥は今――傷を負っている。
(……遥……っ!)
拓斗の予想が間違っていた。
遥ならば一人で大丈夫。
何を根拠に?
遥が自分で口にしたから?
――どうして過信してしまったのだろうか。
彼女の様子がおかしかったことが気になって、考えるのをしていなかった。
後悔しかない。
拓斗の考えの甘さで、彼女は傷を負ってしまっている。
しかも悠長にピエロと会話までしていた。
本当はそんな余裕すらなかったのに――
(こいつの相手なんかしてられない!)
拓斗は即決した。
身体を翻し、一目散に原木の下へと――遥のいる方へと駆け出した。
勿論、背後からの攻撃に警戒して盾を展開しながら。
しかし――
「おっと。駄目ですよ」
その声と共に、ピエロはいつの間にか拓斗の進行方向へとその身を置いていた。その距離は約五メートル。常人離れしたその動きに一瞬だけ目を見張った拓斗だが、構わず突進する。
だが、
「だから、ダメだと言っているでしょう」
「ぐっ!?」
拓斗は後退した。
後退。
それは精神的から来たものではない。
物理的に――拓斗が展開した盾ごと蹴り飛ばしてきたのだ。
魂鬼の攻撃や原木の音声攻撃すら防いでいた拓斗の盾を。
致命的なダメージは負ってはいなかったものの、拓斗の精神的には深いダメージを負った。
どうしたらいいか分からなくなってしまった。
目の前にいるピエロ。
遥の下へ行くには、こいつを超えなければいけない。
盾を張ってゴリ押しすれば行ける。
その幻想は先の一蹴りで打ち砕かれた。
「私が音声での攻撃を仕掛けてくるかもしれないのに声は通しているとか、色々と穴がある盾ですね、それ。まあそんなものがあるのなら最初に攻撃してくるだろう、って考えて設定していないならばそれはそれで素晴らしいと思いますがね」
嘲り。
拓斗をからかうように、ピエロは両手を広げてそう口にしてくる。
「あなたの盾って透明で厄介ですよね。だけど――物理的にあるのならば、いくらでも蹴り返してあげましょう。ああ、サッカーって結構好きなんですよね。あなたの盾が球状なのかは知りませんが。だって見えないのですもの」
独りで勝手に喋り、脈絡も無く話の流れも唐突に切り替わる言葉に混乱しそうになる。それこそが相手の狙いなのかもしれない。
いずれにしろ、事実は一つ。
現状、拓斗は遥を助けに行く手段を思いつけてはいない。
それどころか自分のことで手いっぱいになりそうなのは目に見えていた。
「――さてと」
「っ!」
衝撃が走り、拓斗は再び後退させられる。
今度は蹴りではなく、パンチだった。
つまり足を封じても意味が無いということ。
思いもしていなかった可能性まで潰されていた。
そんな相手は、放った拳を自身の左胸に置き、告げる。
「私を倒して先に行きなさい。但し私が倒せればですがね」
ぞわり、と背筋を這うように冷たい汗が流れていく。
圧倒的な相手。
今までにない強者。
どう対処すればいいか全く分からない焦燥感。
絶望感が拓斗に一気に襲いかかってきた。
身震いしそうになる。
恐怖で身がすくんでしまう。
しかしそれでも――
(遥……っ……無事でいてくれよ……)
圧倒的なピエロの強さを前に何も出来なくとも、拓斗はひたすら遥の無事を祈っていた。
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