第71話 悲獄の子守唄 -13

「が……っ!?」


 突然の背中からの衝撃に、拓斗は地面に激突した。

 受け身も取れず、顔面から。

 傍から見ていたら見事なほど強烈に。

 しかし、


「いたっ……くない……?」


 拓斗は驚いた。

 顔面から固い地面に激突したのに、全く痛みを感じなかったのだ。地面とぶつかる前に盾で咄嗟に防いだわけでもないのにも関わらずである。

 だが、何故なのかを考えるよりも先に、


 ――ぞくり。


 拓斗の背筋に凍るものが走った。

 本能的に振り向いてしまう。


 すると数メートル先にいたのは――ピエロだった。


「っ!?」


 思わず怯んでしまった。

 にたにたと笑ったピエロの仮面。

 明らかに加工されている声で、体型からも男か女かも分からない。

 それがとても不気味だった。

 だが、間違いなく分かることが一つ。

 このピエロは、拓斗達にとって敵だ。


「誰だお前は?」

「誰と言われて答える人がこの世にいると思いますか?」


 そう言ってピエロは恭しく礼をしてくる。


「初めまして。私の名前はピエロです。以後、よろしくお願いいたします」

「……」


 名乗っているじゃないか。そもそもピエロってそのままじゃないか――などとツッコミが頭に浮かんだが、状況が状況だけに喉の奥に押し込んだ。

 代わりにするべき質問を頭から捻り出す。


「あんたは、トワイライトの人間か?」

「はて。それを聞いてどうなるのでしょうか?」

「……そうだな。もう答えてもらう必要は無いな」


 トワイライトとは何か、ということを訊ね返してこなかったこと、何よりもこの空間で動けていることから答えなどとうに出ている。

 こいつは――『白夜』の敵トワイライトだ。


「はてはて、大丈夫なのでしょうかね?」


 と、そこで唐突にピエロは首を身体ごと大きく傾ける。


「何だ? 『地獄の子守唄』の心配でもしているのか?」

「いえいえまさか。あなたのことを心配していたのですよ」

「はあ? 何を――」


「そんなに鼻血を出して、大丈夫なのでしょうか?」


「えっ……?」


 その言葉と同時に、ポタリ、と足元に雫が落ちる。

 その赤いモノが何か、拓斗はようやく気が付いた。

 ダメージを負っていなかったわけじゃない。

 痛くなかっただけなのだ。


「痛覚遮断ですか。えげつないことしますねえ」

「痛覚……遮断……?」

「あなた、気が付いていないんですか? それはそれは、どこまでもあくどい組織ですね」


 ピエロが全身で煽ってくる。


「お前……っ」

「おやおや。私に怒るなんてお門違いですよ。八つ当たりは困りますね」


 そう言いながら、ピエロは唐突に蹴りを放ってきた。

 盾を展開する余裕も無く、拓斗は咄嗟に腕でガードする。

 痛くない。

 だが、かなり重い一撃だった。

 あの中肉中背の勢いも付けていない蹴りが、どうしてここまで威力を発揮するのか、頭の理解が追いつかなかった。

 代わりに、拓斗は認識した。


(こいつ……強い……っ!)


 ピエロはあれだけ動きながらも息一つ切らしていない。そして常人では考えられない程の強力な攻撃を放ってくる。

 ならば拓斗がやれることは一つだけだ。


(こいつを遥の所までには行かせない!)


 勝てはしない。

 だけど、ここで足止めをすることは出来るはずだ。

 拓斗は盾だ。防御には自信がある。

 遥はきっと一人でも大丈夫だろう――



 



「!?」


 唐突に、拓斗の左肩に痛みが走った。

 ピエロは何もしていない。そもそも拓斗は痛みを感じない状態のはずだ。

 ――しかしながら。

 拓斗には、この状況で一つだけ痛みを感じる理由に行き当たった。


 以前、拓斗は遥との契約でこのように願った。



『遥。君の痛み、苦しみ、悲しみの半分を僕に分けろ』



 つまりこの痛みは、拓斗が受けた痛みではなく――であった。

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