第70話 悲獄の子守唄 -12

     ◆拓斗・遥



「バラバラに攻めよう」


 相手に見えないように口元を隠しながら、遥は拓斗にそう提案してきた。


「私と拓斗、それぞれ別に原木さんを抑えにかかるわよ。一緒に行動するより対処しにくいはずだからね」

「ちょっと待て。それは出来ないって」


 確かに数字の上では2対1だから有利というのはある。

 しかしそれは、ただの数字での話。

 この相手の攻撃は声――つまり見えないのだ。


「盾が無くちゃ防げない、って思っているんでしょ? 大丈夫よ」


 遥はニッと笑う。


「相手の姿が見えなければ確かに怖いけれど、今は見えているじゃない」

「姿見えていても攻撃は……」

「声なんでしょ? だったら相手の姿が見えたなら、それも見えたも同然じゃない」


 遥は、いーっ、と自分の口元に指先を当てる。


「声ならば顔が向いている方向にしか攻撃は来ないじゃない。ならば避けられるわよ」

「そうなのか?」

「そうよ。顔と喉の動きを見ればいつ発声するかもわかるし、さっき遠目のビルを倒壊させたことからも、攻撃の方向はある程度定まっていると考えていいと思う。しかもこちらの近くのビルを破壊しなかったということは、距離で物理的な威力が変わるってことだともね」


 確かに、こちらの近くビルを倒壊させて間接的な攻撃をすれば良かったのに、彼女はそうしてこなかった。

 もっとも、もしそのような攻撃をしてきても拓斗の盾が瓦礫も含め防いではいたのだが。


「それに特殊な攻撃をするようなことは、今みたいに人を攻撃するようになった時期が浅い可能性が高いって報告があったから多分心配ないと思う」


(……あれ?)


 彼女の説明に、拓斗は違和感を覚えた。

 引っ掛かりを感じたのは次の単語。


『今みたいに人を攻撃するようになった時期が浅い可能性が高いって報告があったから』


(報告、ってそんなのいつ…って、あ、あそこか)


 思い当たったのは、原木の攻撃が来る直前にスマホの画面を見ていた時。きっとあの時に報告を受けていたのだ。そしてその内容に何か衝撃的なことがあったから、気を取られて攻撃を感知できなかったのだろう。

 そんな状況の彼女からの提案なので少しだけ躊躇したが、拓斗はすぐに思い直した。


「分かった。それでいこう」


 拓斗が心配していることなど、遥は重々承知だろう。更には多少なりとも拓斗が攻撃に晒される選択肢となっている方法を提案していることからも、頭は十分に冷えていると推察出来る。

 自分は盾として守る。

 物理的にも。

 そして――精神的にも。


 あの日。

 ひょんなことで巻き込まれて盾として契約を交わしてから、拓斗は自然とそう思うようになっていた。

 だからこそ、次の言葉は自然と出ていた。


「でも無理そうだったらすぐに僕が守りに行く。そこは覚悟しておいてね」


 遥は一瞬目を見開いて静止したものの、すぐに「分かったわ」と柔らかい笑みを浮かべた。


「さあ、あと5秒後に飛び出すわよ」


 拓斗の後ろに隠れるように前傾姿勢になり、彼女は小さくカウントを始める。

 そして、その数値が0になった途端に拓斗は一瞬だけ盾を解除すると、遥は爆発的な脚力で前方へと飛び出した。

 スピリである彼女は、超人的なスピードで原木に迫って行く。

 が、ただ真っ直ぐにではない。

 次の瞬間には彼女は上に飛び上がっていた。

 代わりに彼女のいた方向から飛んできた攻撃が、再び拓斗が作り出した盾に当たる。

 つまり本当に遥は攻撃を読み切っているということだ。


(なら僕もやるべきことをするか)


 拓斗は右手を前に突き出し――大きな盾を展開しながら駆け出す。大きな盾を展開できる以外は普通の人間である拓斗は常人の速度で駆け出す。

 原木はこちらも無視できないはずだ。

 空中と地上。

 口は一つ。

 どちらかしか対処できない。

 原木は戸惑いの表情を浮かべている。声は盾で防いでいるので全く聞こえないので、現在も攻撃を続けているのか不明だが、少なくとも中途半端な位置に顔は向いている。

 遥の作戦通りだ。

 このまま――



「――



 突如、拓斗は背中に衝撃を感じた。

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