第75話 悲獄の子守唄 -17
左腕に裂傷。
それが遥の左側にいる原木の攻撃によるものだということは言わずもがなだった。
但し――それだけであった。
左腕に出血性のある傷を生み出しはしたが、腕どころか神経にすら届いておらず、それ以外の怪我は生じていない。
その理由は、原木の方にあった。
彼女が意表を突かれたのは本当であり、遥に対して急遽攻撃を仕掛けたことにより攻撃性も含めて精度が出なかった為であった。
つまり死ななかったのは運が良かっただけである。
「……っ!」
痛む左手を庇いながら、遥は再度後方へ距離を取る。
また先程のやり直しだ。
ただ、先と違うのは2点ある。
1点目は左肩に負傷を負っていること。
もう1点は――先に相手の攻撃を防げた理由が分かったことだ。
(……空気の振動、ね)
遥は自身の左腕をちらと見る。
細く傷ついた腕ではあるが、その傷の深さは浅い。
この傷を想起させる事象がある。
かまいたち。
そこから彼女の思考は一気に進んだ。
かまいたちはつむじ風に乗って現れた妖怪によるものだと言われている。
つむじ風という空気の流れ道が出来、切り裂いた。
空気。
そういえば声というのも、空気の振動によって相手に伝達している。
だから先の攻撃は、振るった剣圧によって空気の振動が乱され、結果的に攻撃が届かなかったのだ、と。
色々と思考が飛んでいるが、これが遥である。
本能で正解を見つけ出してしまう。
そして彼女はその結論に基づいて行動をする。
先と同じように左右に飛び回る。
だが空中に身体を置かなくてはいけない時には大剣を振るい、風を起こして攻撃を防いだ。
さながらそれは風の盾。
(――盾!?)
そこで彼女はハッとした。
「拓斗……拓斗は!?」
二手に分かれて攻撃を仕掛けるはずだったのに、一向に拓斗の姿は見えていなかった。遥はともかく、原木はほとんど動いていない。だから見失うことなどないはずだ。
思考を敢えてしなかった弊害だ。
そして少し思考することで思いつく理由は、拓斗に何かがあったということ。
(まさか……もう一人敵がいる!?)
咄嗟にその姿を探そうと視線を上げる。
「――ねんーねーしーなー♪」
突如、微かに聞こえた声と共に、左耳に痛みが走った。
それが原木からの攻撃であることは明白であった。
先程までの物理的なものとは少々違う、広く内部に痛みを与える攻撃。きっとこれが以前に大量に『
それでも痛みだけで済んだのは運が良かったからだろうか。
遥は生きていた。
片耳を抑え、その指の隙間から血が流れていても。
しかしながら、今の彼女の脳は痛みで支配されているわけではなかった。
それよりももっと、先の唄を聴いて彼女に響いたモノがあった。
「何で……そんなに悲しそうなの……?」
悲しみ。
普通に唄っているのではなく、苦しんでいるのでもなく、その唄に乗せられていたのは『悲しみ』だと遥は感じていた。
自身の両目から涙が零れ落ちそうになる程に伝わってきた感情。
その悲しみの理由を、遥は知っていた。
頭では理解していた。
だが、ここまでのものだということは思ってもみなかった。
「何で……何でこんなことしているのよっ!!」
だから彼女は叫んだ。
怒りと悲しみと、やるせなさ。
全てが入り混じった感情をぶつけた。
剣を振るい、
「分かっているの!? あなたがやっていることは何の意味もない! どうしてその悲しみを知っていながら……知っているのに……こんなことをしているのよっ!!」
遥の叫びに、原木は反応しない。彼女の声が届いていないのかもしれない。
だけどそれでも、遥は叫んだ。
避けながら、防ぎながら、それでも叫んだ。
左肩と左耳の痛みなんか無視して叫んだ。
「……たない……」
その時。
遥の耳には確かに届いた。
「仕方ないのよ! 私が……私がこうしないと! あの子が……っ!」
歌を止め、顔をくしゃくしゃにさせて悲痛に満ちた原木の叫び声が。
「あの子が――生き返らないのよ!」
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