第56話 戸惑い -07
◆
下で母親達が酒を飲んでいる間。
(……どうしてこうなった?)
拓斗は自室で動揺している心を落ち着かせていた。
何故どうようしているのか。
それは彼女がいるからである。
「……むぅ……」
頬を膨らませているのは、遥だった。
彼女は唐突に拓斗の部屋に訪れてきたのだ。
因みに彼女の恰好は水玉模様のピンクの室内着――つまりはパジャマだ。
高校の同級生の寝間着姿を目にして、健全な高校生の拓斗は目のやり場に困ったわけであった。
なので顔を見ていた。
むすとした仏頂面だった。
そんな顔で「ちょっと話したいことがあるんだけど、部屋に入れてくれない?」と言われて勢いで入れてしまったのが現在である。
――このことを知られればまたクラスの奴らに天井に吊るされる。
そんな未来が確定したことを悟りながらも、彼女がこのまま一晩中いられてはたまらないと問いを投げる。
「どうしたの? 怖い夢でも見た?」
「そんな子供に見えるの?」
「夕方にそんな無防備な格好で男の部屋に来る人が高校生の女子とは思えないので子供判定します」
「っ! そういう意味で……っ!?」
自身の身体を抱いて真っ赤になる遥。相変わらず守りが薄くて攻めに弱い。
「というか寝るの早いね。いっつもこの時間に寝ているの?」
「ああ、うん。スピリは体力勝負だからね。休める時に休むのは基本……ってそうじゃないわ!」
「出直す?」
「……面倒くさいからこのままでいい」
再び不貞腐れた表情になる遥。というか何でこの部屋に訪れる予定があるのに寝る準備していたんだよ、と思いながらも拓斗は話を促す。
「で、冗談抜きで――どうしたの? 話したい事って何?」
「……さっきの話」
「さっきの……ああ、『地獄の子守唄』が原木さんって話?」
「そう。拓斗のお母さんとの話……あれ、どう思った?」
「どう思ったって……」
拓斗は盾だ。
だから正直なことを口にすれば、守らなけれないけない彼女を傷つけることになるかもしれない。
そう思って一瞬だけ躊躇した。
だけど、すぐに思い直した。
自分は彼女を守る盾ではあるが、彼女を閉じ込める殻ではない。
故に応えた。
答えたのではなく、応えた。
「母さんの方が理論的には正しいと思った」
真っ直ぐに彼女の目を見ながら、拓斗は告げる。
「飛鳥市で唯一見つけた違和の根源である原木さんということを、強引に結び付けようとした感は否めなかった」
「……そう」
遥は目を伏せる。
が、すぐに、
「……やっぱ、そうだよね」
笑顔を見せてきた。
そしてベッドに腰掛ける。
「はぁー。私の悪い癖なんだよね。勘に頼って理論を後付けしちゃう癖ってのが。だから相手の別理論に対して反論が出来なくなるってのは」
あ、だから別に悔しいとか思っていないよ、と口にしているが、きっと内心ではそうじゃないんだろうな、と拓斗は読み取りながらも口にはせず、うんうんと頷く。
「ということは、やっぱり原木さんにどこか思う所はあったんだね?」
「そうなのよ。だからそれを拓斗には……………………」
と。
そこで何故か遥はフリーズする。
「ん? どうしたの?」
「……何で……?」
呆然とした様子の遥。みるみる険しい顔になっていく。
「何で私……こんな……」
「何か気が付いたの、新しい事実に?」
「いや……分からない……分からないのよ……」
「分からない?」
頭を抱えて下を向いてしまう遥。拓斗こそ彼女の言動が分からなかったのもあって、咄嗟に彼女の顔を覗き込んでしまった。
「大丈夫?」
「っ!? な、何でもないわ!」
遥はベッドの上を転がるようにして拓斗から離れる。その顔は真っ赤だった。知恵熱だろうか――などと拓斗が思っていると、彼女はいきなり立ち上がり、
「じゃ、じゃあおやすみ!」
そそくさと部屋を立ち去ってしまった。
「……えー……?」
部屋に残された拓斗は、彼女の行動の意味が最初から最後まで色々と分からず、もやもやとした気持ちで一晩を過ごすこととなった。
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