第12話 鬼と云われる存在とその狩り手 -07
「……何やっているの、お母さん」
美哉は、布団の中にいた。
拓斗の肉体と共に。
「寝ているんじゃない?」
「尋ねるなっ!」
拓斗はその時初めて遥が声を荒げるのを聞いた。先程まで比較的クールだった遥が、美哉の前ではまるで違う様子を見せている。多分あれが彼女の素なんだろう。
そう頭の中で考えを張り巡らせながらも、拓斗は2人から目を逸らしていた。何故ならそこに自分の身体があったからである。
つまりは現実逃避中。――だったのだが、
「とりあえずお前も戻れ!」
「おわッ?」
唐突に、拓斗は争いの渦中へと文字通り放り込まれた。そして拓斗の魂が入っている人形が、遥によって本来あるべき肉体に叩きつけられる。
途端に拓斗の視界がぐるぐると変化する。
「――。――。――……っ」
やがて視界が落ち着きを見せ、今は白い天井が目の前に映されている。
そして、諸々の感覚が戻ってきた所で、ようやく拓斗は認識する。
「……あぁ……戻った、のか」
だが、感慨に耽っている暇はなかった。
「早く逃げて!」
その遥の鋭い大声によって拓斗は反射的に起き上がり、部屋の隅へとあっという間に移動する。
周囲の状況を認識する。
先程まで拓斗がいたベッドでは、美哉がうつ伏せで匂いを嗅いでいた。
「い、一体、何なんですか!」
「あーあ。惜しかったなぁ」
ゆっくりとしたその美哉の声が妙に怖かった。
「もう少しで貞操を奪えそうだったのに……」
「う、奪わないで下さい! 親父にも奪われたことないのに!」
「いや、親父が奪っちゃ駄目だろ。何言っているの?」
「そ、そうですよね。すいません」
非常に冷静なツッコミが美哉から返ってきたので、思わず拓斗は謝ってしまった。
美哉は、大きく溜息をつく。
「はぁ。何でこんな変な流れになったんだろうね」
「十中八九お母さんの所為だけどね」
遥が呆れ顔でツッコミを入れると、美哉は彼女を指差す。
「ところでさ。あんた、ちゃんと契約を果たしたのかい?」
「あ、うん。一応……ね?」
遥は同意を求めてくる。拓斗は少し考えた後、こくりと首肯した。
「これ以上は、何も訊くことないかな。怪物のことも、『白夜』のことも、『スピリ』のこともある程度訊いたし……思いつかないから、ないってことだね」
「甘い。甘いぞ、少年」
ふっふっふと、美哉は不敵な笑いを見せる。
「君はこう言ったよね。――『君の全てを僕に見せて』って」
「いや、『見せて』じゃなくて『教えて』です……って、何で知っているんですか?」
「ん? 私は耳がいいのだよ」
「ああ、そうですか。……あと、言い方が卑猥です」
「え? そういう意味で、ああ言ったんでしょ?」
「そういう意味じゃなくて、遥が置かれている立場とか、剣を振り回す能力とかを訊きたかっただけです」
「あ、そうなの。でも、もう言っちゃったんだから、今から訊くことも出来るんだよ。『スリーサイズは?』とか」
「き、訊きませんって!」
「訊かないの? あの子、結構スタイルいいのよ。えーっと、確か上から、はち……」
「うわっ! ストップストーップ!」
慌てて美哉の口を抑える遥。
「いいじゃないのさ。減るもんじゃないし」
「……少し黙って」
その遥の一言で美哉は自分から口を塞ぐ。
「うん。ありがとう」
次に遥は、拓斗に向かってにこりと笑い掛ける。
「今のことは、忘れてくれるよね?」
「い、イエッサー」
「サーじゃない」
遥が軽くチョップを入れてくる。
「それと、誰にも言わないこと」
「りょ、了解であります! 誰にも遥のスリーサイズが上から84・56・80であることなんて、絶対に言いません!」
「え、何で惜しいの? ……って、喧嘩売ってるのかっ!」
今度は強烈なチョップ。拓斗は自分の目力と、調子に乗ったことを深く後悔した。
「いってぇ……悪かったよ」
「全く……」
遥は腰に手を当てて、短く息を吐く。
「あと、判っていると思うけど、私達のことも誰にも言わないでね」
それは当然、拓斗も判っていた。
「うん。こういう裏組織とか正義の味方は、人前に姿を現さないんだもんね」
「それだけじゃなくてね」
遥は首を横に振って、人差し指を立てる。
「10年前にさ、世間に『あること』が漏れてしまったことがあったんだ」
「あること?」
「そう。あること。何だかは言えないし、今は上層部の働きや『スピリ』が上手くやっているから都市伝説扱いになっているんだけどね」
そこまで言われると、その『あること』とは何か少し気になったが、秘密にしておきたいのならば敢えて訊く必要はないと、拓斗は話を聞き続ける。
「ただ、都市伝説にはなったとはいえ、昔のようなことが起きるのはもう防ぎたい。それにもし私達の存在が先の都市伝説に聞き覚えがある者に知られたら、非常に厄介なことになってしまうからね。それは地球規模での混乱になるんだよ。お前が思っている以上に、とても深刻なことになるんだ」
「……分かった」
そうまで言われて聞くなとはひどいな、なんて思いながらも拓斗は胸をドンと叩く。
「それならば絶対に、言わないよ。誰にも」
「それでいい」
遥は満足そうに頷くと口端を上げる。
「じゃあ、お別れだね」
え? と驚きの声を発する暇もなく、拓斗は首元に軽い衝撃を受ける。目の前が徐々に暗くなっていき、自分の意識がどんどん沈んでいくのを感じる。
唐突の別れ。
目の前が真っ暗になった。
そして次に目を開けた時、彼は自分の家の庭にある、今はいなくなったポチの住処である犬小屋に入っているのを、新聞配達に来た少女に訝しげな目で見られている所だった。
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