第11話 鬼と云われる存在とその狩り手 -06
「……え?」
目を瞑って祈るように下を向いていた遥は、驚きの表情を拓斗に向ける。
「全て、って?」
「あの怪物のこと。この場所のこと。そして……君のことを。今日あった全ての不思議現象に繋がることを、全部」
「……そんなことでいいの?」
「うん、いいよ」
健全な高校2年生よりも健全。
別称、ヘタレ。
「あ、でも大分手間を掛けさせるね、ごめん」
「いや、そんなことはないんだけど……えっと……」
「ん? 何?」
「……ううん。何でもない」
そう遥は一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐに首をぶんぶんと振り、真剣な表情になる。
「じゃあ、早速だけど、説明を始めるよ」
遥は人差し指を立てる。
「まずあの怪物のことだけど……あれは『
「『魂鬼』?」
そういえば『魂』という文字は、『鬼』と『云』われるって書くよな、などと思考しつつ、遥の話に耳を傾け続ける。
「うん。『魂鬼』は、何らかの強い思い……例えば、怨念だとか後悔だとかだね。それらを抱えたまま死んだ人々の魂の一部が、ほんの少しだけ現代に残って具現化したものなんだ」
「ということは、あれも元は人間だったの?」
元はね、と遥は頷く。
「でも、所詮は死人。元に戻る方法は……いや、1つだけあるんだけど、それは例外中の例外だからあまり気にしなくていいよ。とにかく、死人は死人だから、死人に戻さなくてはいけなくて、魂の大半はあの世に既にあるから、その最後の一部をあの世に送るのが、私達『白夜』の仕事。因みに、人形にお前の魂を1時的に入れたのも、その能力の応用に繋がるね」
「へえ、こんな風に魂を自由に移動できるのか……」
自らの身体――パルンちゃん人形を見回しながら、拓斗は感心したように言う。
「っていうか、無機物に魂入れてどうして動くんだ?」
「それは知らない」
バッサリと遥は言う。
「無機物に魂を入れる例は他にもあるけどさ、動くなんて話は聞いたことない。なのにいつの間にか自由に動いているし、こっちがびっくりだよ。常識外だよ」
「常識外って……もうこの状況が常識じゃないんだけどな」
やれやれと首を振って、拓斗は続きを促す。
「話を戻すぞ。魂をあの世に送る――即ち、『魂鬼』の討伐ってのが、君達『白夜』の仕事ってことなんだね」
「そう。あと、さっき支部って言った通り、『白夜』は世界中にあるんだよ。で、そこの機関に属する、『魂鬼』を討伐する人のことは――『スピリ』と、そう公称として呼ばれているよ」
「『スピリ』……『スピリ』ットから取っているんだね?」
「まぁ、そうだね。全くもって、センスないよね」
「ってか、何かの映画の名前みたいだ」
「確かに」
くすりと遥は笑みを零す。が、すぐにコホンと咳を短く行い、顔を赤らめながら続ける。
「あ、あと、『スピリ』ってのは特殊な能力として――『契約』が出来るんだ」
「契約って……さっきの奴?」
「そう。その契約でお前の身体を『盾』にしたのは、私が『盾が欲しい』と思ったからなんだよ。因みにこの契約って、同じ人には同じ契約しか出来なくなるんだ。つまり、お前との契約で『剣になってほしい』と望んでも、そうはならないってことだね。お前はもう盾にしかならない」
「いや、盾になるつもりはもうないんだけど……」
「うん。安心して。お前とはさっきも言った通り、もう2度と会うことはないだろうから」
そこで彼女は肩を竦める。
「まあ、会うとしたら、お前が先天的な何かを持っていて、契約して私に何らかの利益が生じる場合だけだね」
彼女の口ぶりからそんなことは有り得ないだろう、と拓斗は理解した。
「ふうん。じゃあ君は今まで、ひっかえとっかえ契約していたんだね」
「言い方が悪いね。まあ、でも私はそういうことしていないんだよ」
そう言って背負っている大剣に触れる。
「私は名もないこの大剣1本で戦ってきた。誰かと契約なんてしたことはないんだ。だから、実はお前が……私のはじめてだったんだ」
「ちょっと待て。『の契約』って言葉が抜けてるぞ。そっちこそ言い方が悪い!」
「とっても……興奮した……」
「やめい!」
「あらまー。今夜はお赤飯を炊かないとぉー」
「何で聞こえるんですか! 遥のお母さん!」
拓斗のいる部屋からはドリルの音しか聞こえないのに。因みに先程に美哉の声が聞こえたのは、彼女が扉から顔を出して言ったからである。
「お母さんは耳がいいんだよ」
「耳がいいってレベルじゃねぇ!」
「じゃあ、鼻がいいんだよ」
「良くても関係ない! ってか、君達親娘は変だ!」
「あ……その言い方に……興奮した……」
「変じゃなくて変態っ?」
「冗談だよ」
遥はペロッと舌を出す。
「全く……君のキャラが掴めないよ……」
拓斗は溜息をついて頭を振ると、あは、と遥は笑った。
「でも、興奮したっていうのは、本当」
「え……マジですか? マゾですか?」
「いやいやいや、罵倒される方じゃなくて、盾を使った時の方での興奮のこと」
遥は少しムッとした様子で言う。
「『盾』を使う時、自分の中の高揚する気持ちが抑えきれなかった。『盾』があるのとないのでは、こんなにも差があるのか。これならどんな敵でも倒せそうだ、って。新しいおもちゃを手に入れた子供のような気持ちだった。そういう意味で私は嬉しかった。笑みが抑えられなかった」
ああでも冷静になったら何て馬鹿なんだろうと思ったけどね、と遥は自嘲する。
「お前にとって見れば、自分の身体が穴ぼこになる様を笑っているように見えたんだろうね。それはごめんなさい」
「いや、いいよ。気にしないで」
拓斗は笑って許す。彼はここでも信念を通した。最も、先程からずっと鳴り続けているドリル音にちょっと心が迷ったことは内緒であるが。
と、そこで拓斗はあることを思い出す。
「あ、そういえばさ。『盾』になった後、僕の肉体は血とか流れ出てなかったけど、それって何で?」
「あぁ、それも『スピリ』の特殊能力だよ」
どうやって身につくかは企業秘密だけどね、と遥は人差し指くるくると廻す。
「『スピリ』は、周りの普遍的空間から、ある範囲の場所を切り離せる能力を持っている。コピー・アンド・ペーストしたんだよ。ま、平たく言えば、時を止めた、と思ってくれればいい。だからお前の身体からは血が流れ出なかったし、あんなに音がしたのにあの『魂鬼』と戦っているところに誰も……あぁ、お前がいたね。お前以外の人が来なかったのも、そういう理由だったんだ。言うなれば、別の空間だったから」
「ああ。だから今までこういうことが、一般には知られていないんだね」
拓斗の魂が入った人形は得心がいったというように満足顔で頷く。
「いや、だから、おかしいんだよ」
相反して、納得できないというように遥は眉を潜める。
「何故、お前はあの場にいて、そして動いていたの?」、
「え、えっと……何故って言われても……何が?」
首を捻る拓斗に、遥は呆れたというように溜息をつく。
「いい? さっき言った通り、ある程度の範囲を私は切り離していた、つまり止めていた。だからお前の肉体からは血が流れなかった。それは分かる?」
拓斗は頷く。
「なら分かるでしょ?」
「だから、何が?」
「普通のお前が、あの中で動いていたのはおかしいんだよ。流れる血のように、お前自身が止まっているはずなんだよ」
そこまで説明してもらって、ようやく拓斗は理解した。
遥は最初から言っていたのだ。
時を止めたのに拓斗が動くのはおかしい、と。
「うあー」
「いきなり、何を唸りだしたの?」
「いや……僕は馬鹿だなあって、改めて実感した」
「初めて見た時からそう思っていました」
「カミングアウトしないで下さい」
「そんなのはどうでもいいのさ。で、何で動けたの?」
「……本当に何故だろうね?」
拓斗には身に覚えがなかった。
「極めて普通に育ったしね。あ、大きなことは1つだけあったけど……多分、それは関係ないよ。そんな能力がついたっていうことじゃないし、結びつくものじゃないから」
「そう……」
顎に手を当て、遥は両眉を寄せる。
「じゃあやっぱり、私の能力が未熟なのかな……」
「初めて見た時からそう思っていました」
「嘘つけ。初見で能力を見破るとか、どこのラスボスなのさ」
と、遥がツッコミを入れた所で、
「おーい。出来たわよー」
その美哉の声と共に、ドリル音が停止する。
「……こんなに早く出来るのか?」
「私も初めてだから分からない」
「だから、言い方が危ないって」
「私も初めてだから分からないの」
「『の』の威力って凄いな。ってか、2度言うなよ」
そんなやり取りをしながら、2人は美哉の元へと向かう。
「…………」「…………」
部屋に入った瞬間、2人は固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます