第13話 鬼と云われる存在とその狩り手 -08
◆
(……という経緯があったと説明すれば、降ろしてくれるだろうか?)
上下逆さまになった教室を眺めながら、拓斗は心で問い掛ける。
当然、誰も答えない。
「あのー、みなさーん! 僕を降ろして下さーい!」
出来る限りの大声を放つ。
しかし、誰も答えない。
「おーい……段々……頭に……血が……」
昇ってきて、マジで死んじゃう5秒前。
「大丈夫?」
ひょいと、遥が天井に吊るされている拓斗の前に立ち、無邪気な笑顔を魅せつける。
「……これが大丈夫どころか、丈夫にも見えるのか?」
「見えたらそんなことは訊かないよ」
遥はそう言いながら縄を解く。
ドスン、と拓斗は床に背中を叩きつけられた。
「いつつつ……」
「大丈夫?」
「だから、大丈夫に見えるのかって」
「今度は大丈夫に見えるから訊いたの」
「さっきと言っていることが矛盾しているぞ」
「そんな細かいことはいいでしょ」
遥は、ふふと鼻を鳴らす。
「早く立ちなよ――『盾』」
「え……た、TATE?」
「何故にえせ外人風?」
「いや、なんとなく……」
と、頭を掻きながら立ち上がると、
「……は?」
再び拓斗はみんなに囲まれてしまった。しかも今度は、先程にはいなかった女性陣も含まれていた。
「何で女の子まで……?」
訳が判らず混乱している拓斗。そんな彼に向かって、みんなの訊きたいことを代表するかのように亜紀が問い掛ける。
「あ、あの木藤君……え、えっと……『盾』って何?」
「あ……」
そう訊かれて、拓斗は思考が追い付く。
(ちょ……ここで盾って言っちゃまずいだろ)
拓斗はおろおろと焦りながら遥に視線を向けたが、その当人は意外にも平然としていた。
「だって、お前は『盾』でしょ?」
「いや、そうだけど」
思わず、口から出てしまった肯定。
頷いてしまっていた、拓斗。
一斉に、周りの人達がざわめきを始める。
(……まずい。どうにかして僕が誤魔化さないといけない。頼みの綱の遥は当てにならないし……というか、何故に誤魔化さないんだ! あいつはアホか? それともソニッ○の頭文字なのですか? いや、それはどうでもいい。今は集中しろ。最強の自分をイメージ……って違う! あぁ、もう混乱してきたっ!)
思考回路はショート寸前だった。
だが人間、限界に近付くと妙案を思いつくもの。それは拓斗も例外ではなく、その脳裏には、ある1つの返答が浮かんでいた。
「あ、あのさ、みんな!」
その大声で、クラスの人々は不思議そうな顔で拓斗を見る。皆の視線を集めている拓斗は大きく深呼吸をして、堂々とした様で告げる。
「僕が、彼女に『たて』って呼ばれるのは、僕の名前の『たくと』から徐々に短くなって……たくと……たっと……たと……『たて』になったんだよ!」
「異議あり」
即座に大海が静かに手を上げる。
「お前の名前には、母音の『E』は1文字もない。『と』から『て』になるのは、ちょっと難しいぞ」
「うっ……そ、それは……」
理論的な進の異議申し立てに、拓斗は言葉が詰まる。
「――『E』ならあるよ」
そこでまさかの助け舟。
遥だった。
「何処に?」
大海のその質問に対し、彼女は得意げに鼻を鳴らして堂々と答えた。
「『エロス』の『E』だよ」
「……は?」
遥が出した舟は、笹舟だった。沈みはしなかったが、みんなの「なるほど」と頷く風に乗って、どこまでも高く舞い上がっていく。
「いやいやいや、ちょっとそこの遥さん?」
「違うの?」
「あ、いや……」
拓斗は悩んだ。このまま通せば、この問題は本題から逸れていって誤魔化せるだろう。だがこれを否定すると、また先程の問題を掘り返すことになってしまう。そうなったら、もう誤魔化す手段は思いつかない。
故に、拓斗の選ぶ選択肢は限られていた。
「いえ……そうです」
何か、大切なものを失った気がした。
そんな拓斗の肩を、静がポンと叩く。
「……そうか。そういう由来だったのか……」
「いや、これはだな……」
「言い訳はいいよ。なあ――『エロ斗』君」
「――っ!」
絶句。
そして二の句も告げない間に、次々と肩を叩いて訪れる刺客。
「いやぁ、先程の剣崎さんの説明には、100パーの人々が納得したぞ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないぞ、エロ斗君」
「『エロ』は、お前に言われたくない言葉ナンバーワンだ、大海!」
「拙者もそれは同意するでござる、エロ斗殿」
「蒼紅まで……いや、言っておくが、赤の時のお前は大海と同様だからな」
「き、木藤君……」
弱々しいその声と共に、拓斗は絶望という2文字が目の前に見えた。
「神上さん、こ、これは、その……」
「……うして?」
「へ?」
「――どうして私じゃないの!?」
亜紀の大声を、拓斗は始めて聞いた。
「し、神上さん?」
「私だって父親がいなくて母親がどこか行っているという点では同じじゃない!」
「い、いや、そんなことは初耳だし、それに全く関係ないし……」
「まさか、実の母親まで手を出しているのね!」
「どうして確信しているんだ! ってか文章が繋がってないっ!」
「私だってどっちかと言えばマゾヒ――」
「おーい誰かーっ! ってか、静っ! 静さん! 助けて下さい!」
「ほい任せた。てやっ」
きゅうん、と声を上げて、亜紀は気絶という形でようやく停止する。
「ふぅ……びっくりした……」
拓斗は左胸に手を当てて、息を整える。
「あまりの突然の出来事に混乱するとこうなるとは。げに恐ろしや。文章がめちゃくちゃになってたし、自分が思ってもいないことを口にしてたしね……あぁ、びっくりした」
「え? いや……言うこと、それ?」
驚き顔でそう尋ねる静に、拓斗は首を捻る。
「ん? 何か僕、面白いことでも言った?」
「……私の方が、びっくりするわ」
静は、やれやれと首を振る。
「君は小説の定番の主人公みたいだね。もしくはギャルゲーの」
「え? 何が?」
「お決まりの台詞だな。この天然記念物め……だが、1つだけ教えてやる」
静は小馬鹿にしたような溜息をついて、拓斗の後方を指差す。
「男子の皆さんが、お怒りだ」
「……はい?」
恐る恐る、拓斗は首を後ろに向ける。
静の言う通りだった。
皆は殺気という名の素晴らしいオーラを放っていた。
「あの、皆さん……何で怒っていらっしゃるの?」
困惑しつつ、助けを求めて周囲を見る。
女子も呆れたような表情を浮かべており、中には般若のような形相の子もいた。
しかし、その中でただ1人だけ笑顔の人物がいた。
というよりも、面白がっていた。
(って、やっぱりお前か遥ぁあああああああああああああ!)
恨み節を言葉に出さずに頭の中で放つ、拓斗。
反して彼女は本当に嬉しそうだった。
自分が原因なのに。
いや、だからこそ、ここまで楽しんでいるのだろう。
(……最悪だ。あいつ、最悪の人間やで……)
――と、そこで唐突に。
(……………………人間?)
拓斗の中から、今まで思いもしなかった疑問が浮かんでくる。
(遥って――人間なのか……?)
剣崎遥は人間である。
拓斗は今まで、至極当然にそう考えていた。
だが、よくよく考えてみるとおかしい。
彼女は『スピリ』――普通の人間では持っていない能力を使える者である。
故にそこで、根本的な疑問に辿り着く。
(普通の人間が……『スピリ』になれるのだろうか?)
その問題に、拓斗は答えを出すことが出来ない。
時折に世間に出てくる、超能力者や魔術師を名乗る者。それらはもしかしたら。『人間から『スピリ』になった者』であるかもしれない。ほとんどがインチキであるに違いないが、それでも可能性はある。
だがそれは、『スピリ』の存在を知ったからこそ、頭に浮かんだ考えである。普通はそんな超能力者などの存在自体を信じない。しかし、そんな一般人の知らない所で、普通の人間が『スピリ』になっているのかもしれない。
(……あああ! 判らんっ!)
結局の所、グルグル理論が廻るだけで結論には辿り着かない。
ならば遥に訊けばいい。
(……いや、待てよ。そういえば……)
『スピリ』の説明をする際、遥は『スピリ』の誕生については何も言わなかった。
それは、ただ単に言わなかっただけなのかもしれない。
が、もし『言えなかった』のなら――
「――盾ッ!」
「あ、ご、ごめん!」
遥の大声で、拓斗は、ハッと我に帰り、反射的に謝罪の言葉を口にする。
と、同時に。
「……あれ?」
拓斗は異変に気がつく。
まずは目の前の少女の恰好。
「遥……そのコート、いつの間に着たの? ……いや」
それよりも、拓斗はもっと大きな違和感を抱く。
「何で……殺気がないんだ?」
考察している間はそれに集中していたために気がつかなかったが、あれだけ男達から放たれていた殺気が、全くと言っていい程に無くなっていた。
いや、無くなったのではない。
殺気は――止まっていた。
「殺気なんてそんなのはどうでもいい。それよりも、もっと大変なことが起きた」
その理由は、誰が教えてくれなくても、遥の次の言葉で分かった。
「――『魂鬼』が出た」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます