『人間』の定義

第14話 『人間』の定義 -01

「『魂鬼』が!? 一体何処に!?」


 拓斗は慌てて周囲を見回す。

 そこにあるのは、彫像のように動きを止めたクラスメイト達のみ。それらしい『魂鬼』はいない。


「ここじゃない。外だ」

「外? じゃあ、何で学校の空間を切り離したんだ?」

「学校だけじゃない。街全体を切り離している」


 そう説明しながら、遥はおもむろに空中に右手を伸ばすと、すぐさま一気に振り下ろす。するといつの間にか彼女の手には、あの大剣が握られていた。背中に鞘もある。


「……どうなっているんだ?」


 まじまじと見ていると、遥は教室の窓を開け放つ。


「行くよ。私に掴まって」

「へ……」


 自分に差し出されているその手に視線を向けたまま、拓斗はまた硬直した。


「いや……何で僕も行くのさ?」

「それは……」


 そこで遥は口を開けたまま少し静止する。が、すぐにきりっと眉を上げる。


「説明している時間が勿体無い。とりあえずついて来て」

「でも……」

「なら――『捕まって』」


 感嘆詞を入れる間もなく、拓斗は遥に掴まれ――捕まった。

 そして、遥は拓斗の手を引いて窓枠から飛んだ。

 飛び降りたのではない。

 文字通り、高度を落とすことなく、逆に上昇していく。


「ちょ、ちょっと! 想像以上に速っ! ってか高いって!」

「そりゃ高いでしょ。今更何を言っているの?」

「だって至極普通の人間の僕はこんな地上から20メートルもあろう場所に柵も何もない状態でいるなんて有り得ないんだよ!」

「有り得たじゃん。昨日の夜にさ。あの時も空を飛んでたんだよ」

「え、そうなの?」

(……しっかし、何で怖いと思わなかったんだろう。目を瞑っていたからかね? ……そういえば、そもそもあの人形には瞼がないのに、どうして瞑れ――いや、周りの視界を閉ざすことが出来たのだろうか? それに……)


 1つのことから、他のことも考えてしまう。それは拓斗の良い所でもあり、悪い所でもあった。その悪癖がこのような状況でも出てしまい、拓斗は先程まで怖いと感じていた感情すら消え去って、ひたすら考え込む。

 そんな拓斗に、遥は不審そうな声で問い掛ける。


「何をしているの?」

「……あ、いや、ごめん。ちょっと考えごとをしてた」

「妄想とはさすが。ニックネームに恥じない行動だね」

「ニックネームが恥だっ! というか由来が違うだろ! 『盾』の由来は!」

「そう、それだ。忘れてたよ」


 もう一度考え込んでもらうよ、と遥は拓斗に顔を向ける。


「その『盾』なんだけどさ、何で私が、お前を『盾』と呼ぶのか分かる?」

「いや……まさか、『アレ』が由来だとか言わないよな」

「納得しているんならそれでいいよ」

「してねぇよ」

「だよね。なら教えてあげる」


 ふっ、と彼女の口から笑い声が漏れる。


「私がお前を『盾』と呼ぶのは、文字通り、お前が『盾』だからそう呼んでいるんだ」

「は……?」


 拓斗は呆けた声を口から漏らす。


「いやいや、それはおかしいって。だって僕は君との……その、契約だっけ? それはもう済んでいるはずでしょ。それなら、僕が再び『盾』になる必要もないじゃん。なら『盾だった』が正しいんじゃないの?」

「まぁ、そう思うのが普通だよね。でも、まぁ――」


 そう言いながら、遥は急降下を始める。


「実際に目にした方が判るよ」

「え……?」

「感嘆詞ばっかり言っていないでさ。ほら。下を見てみな」


 拓斗は言われるままに視線を下げる。


「……熊?」


 今は空間を切り離しているからかもしれないが、雰囲気がとても和やかな、住宅街の真ん中。

 そこに、全長が10メートルではあろう大きな黒い熊はいた。

 しかし、そんな大きい熊がいるはずもない。

 つまりは、違う。

 違う存在。

 この世のものとも、違うモノ。


「いや、熊じゃなくてこれ……『魂鬼』か」

「正解」


 トン、と驚く程軽く、遥と拓斗は着地する。

 そのことを不思議に思う暇もなく『魂鬼』との対峙。


「ウグァァァッ!」

「……これはまた大きいな。余程この世に未練が残っていたんだね」


 大きく吼える『魂鬼』に相反して、遥は冷静に呟く。


「お、おい! どうするんだ、遥?」

「慌てないで」


 遥は大剣を構える。


「大きい敵は、雑魚と相場が決まっているんだよ」

「どこの相場だよ?」

「『スピリ』界隈でだよ。それ以外にも、こいつは吼えるだけで動いていないし、無差別に人を襲っていない。熊に襲われたって話はまだ聞かないでしょ?」

「あ、そういえば」

「多分十中八九、こいつは大きいだけで、ただ存在しているだけの『魂鬼』だ。この前には説明しなかったけど、この世にいる『魂鬼』のほとんどがこいつみたいなもので、あの時にお前が遭遇したような【人を襲う『魂鬼』】ってのは、めったにいないんだ」

「そうなのか」

「だから残念だけど、お前の出番はないようだ」

「僕の出番?」

「至極、残念だよ」


 遥は本当に残念そうにそう言葉を漏らすと、『魂鬼』に向けて剣先を向ける。


「今、解放してあげる」

「グルルルル」

『魂鬼』の唸り声が、さらに大きくなる。

 だがそれでも、『魂鬼』は動かない。

 遥は、すっと大剣を振り上げる。


「その魂、安らかに――」


「――待って!」


 突然の声。

 いや、叫び。

 あまりにも必死だったその叫びに、遥は剣の動きを止める。

 拓斗が声のした方向に視線を向けると、そこには1人の、少々疲れ気味な表情の30代前半くらいの女性が、膝に手をついて息を切らせていた。

 つまり――動いていた。


「な……?」


 拓斗はあまりにも混乱して、それ以上言葉が続かなかった。

 どうして人が、しかもどう見ても一般人が、この中で動けているのか。

 さらにそういえば、拓斗も現在は一般人だから動けるはずもないのに、そもそも何故に動いているのか。

 そんな風に、再び悪癖により頭の中に一気に連鎖的に湧いてきた考えが整理できず、狼狽している拓斗を余所に、遥は表情を変えずに一言だけ女性に向かって訊ねる。


「あなた、この『魂鬼』の――縁者えんじゃね?」

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