第9話 鬼と云われる存在とその狩り手 -04
「……」
遥はクラスを一瞥する。そこで拓斗と目が合うと、ふっと口元を緩める。
(……っ!? 何だよ、その反応……)
拓斗が少しドキリとしたのを知ってか知らずか、そのタイミングで彼女は自己紹介を始める。
「初めまして。私の名前は剣崎遥と言います。親の都合で転校してきました。よろしくお願いします」
男も女も心を奪われるような、いい笑顔。
皆が感嘆の溜息をついている中、拓斗だけは別の意味で溜息をつき、ぼそっと呟いた。
「……ベタすぎるだろ。ってかありえない……」
『ベタすぎて悪かったわね。私も本意じゃないのよ』
「え……?」
今、遥の声が聞こえた気がしたが、遥はにこにことして立ったままで、拓斗以外の人の反応はなかった。
拓斗は、耳たぶを指で弾いた。
「はいはい。注目!」
遠山先生が、手をパンパンと叩く。
「幸運なことに1時間目は私の授業だから、この1時間を使って『剣崎遥さんの全てを知ってしまいましょうオリエンテーション』を始めるよ」
ワッと再び湧きあがる教室。
「……そんなのまかり通るんだ」
この時に初めて、拓斗はこの学校に絶望した。
そんな拓斗には構わず、質問タイムはスタートする。
「好きな物は?」「チョコソフトと杏仁豆腐です」
「誕生日は?」「12月25日です」
「うわぁ、クリスマスなんだ」「うん。だけどケーキは1つなんだ」
「彼氏いるの?」「現在も今までもいないです」
「彼女いるの?」「……いるわけないよ。誰? 今言ったの?」
「罵って下さい!」「頑張って」
「座右の銘は?」「え……が、頑張る、かな?」
「両親は何してるの?」「お父さんはいないけど、お母さんは、科学者」
「え? じゃあ、母娘の2人暮らし?」「いや、違うよ」
「なら、今はどこに住んでいるの?」「木藤君の家」
「なじってください!」「頑張って」
「ちょっと待て」
さり気ない流れで出てきたその言葉に、拓斗は声を上げる。
「いつから君は、僕の家に住んでいることになっているんだ?」
「うん? 今日からだよ?」
「勝手に決めんな!」
「あー、一応書類上では、住居はお前んちになっているぞ、木藤」
いや本当に、という遠山先生の言葉に「……マジかよ」と拓斗は思わず言葉を零す。
それと同時に、男子生徒から殺気が込められた視線が拓斗に集中する。
「……ようよう、拓斗君よぉ」
「な、何かな、大海君?」
「狭山さんちの大海君は、君に訊きたいことがあるんだけど……それなんてエロゲ?」
「し、知らない! ぼ、僕は何も……」
「でも先程のお主の言動からすると、剣崎さんのことは以前から知っていたようでござる」
「いや、あのな蒼紅。そ、それはだな……」
拓斗は言葉に詰まった。確かに知っていたといえば知っていた。だがそれが、怪物がいる現場で遭遇して僕の肉体を盾にして戦っていた、なんて常人なら誰もが信じないようなことを話すわけにはいけないし、それに口止めもされていた。だから拓斗は、ただ黙るしかなかった。
と、そこに
「みんな、聞いて。それには事情があるの」
遥が助け舟を出した。拓斗は感動の涙を流して遥に感謝した。
(あぁ、ありがとう……何か本末転倒の気がするけど……)
「OH! 遥SAN! 早くMEとYOUの誤解を解いておくれYO!」
「うん。分かったわ」
焦りでおかしくなっている拓斗に憐れみも憐憫も含まない笑みを向け、遥はその豊かな胸元から、何故かハンカチを取り出す。
「実は私……私、あの、この人の……『下僕』なの」
舟は、泥舟だった。
それに合わせて、よよよと泣く演技をする遥。
刹那、大海と蒼紅を筆頭に、男子によって拓斗の姿は見えなくなる。
拓斗が弁解をする間も与えず。
しかし実際の話、どっちにしろ拓斗は言い訳など出来なかった。
何故なら、遥が言ったことは事実だったからである。
…… 一応は。
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