第8話 鬼と云われる存在とその狩り手 -03

    ◆



(……もうあの夜のことは思い出したくないな……)


 学校の教室内で拓斗はもう一度大きく溜息をつき、机に突っ伏す。

 そんな経緯がありながらも、結果的にはこうして自分の肉体へときちんと戻ることが出来たのである。


(しかし本当に凄いな。何か前よりも体が軽い気もするし……)


 拓斗は自分の身体をぺたぺたと触る。


「あぁ、いいもんだな……」


 感触がある。

 感じる。

 生きているという幸福感に満ちていく。


「お、お主……一体、何を……」

「え?」


 突然の蒼紅(髪の色は黒色)の声に顔を上げると、そこにはいつもの4人の姿があった。

 ただいつもとは違い、その表情が固まっている4人の姿だった。


「どうしたの?」


 拓斗の問いに、静が顔を真っ赤にさせて身体を震わせる。


「が、学校でそんなことをやるとはね……き、君は、もう」

「え、何を?」

「それは……っ」


 顔をますます赤くさせ、言葉を詰まらせる静。

 そこに大海が呆れたように腰に手を当てて言う。


「とぼけるな。99パーの確率でお前は分かっているはずだ」

「じゃあ、その1パーの方だ。ってか、何が? 神上さん?」

「えっ」


 突然振られた亜紀の頬に、ポッと紅が差す。


「あの……えっと……き、木藤君がさっき、自分で……その自分の、を……」

「自分の?」

「ひゃうっ!」


 可愛らしい声と共に、ボンという爆発音がして、亜紀が頭から煙を立ち昇らせて倒れた。


「亜紀!」

「はらほらひれかつ……」

「くそ……よくも……」


 静が、キッと拓斗を睨む。


「お前のせいだ」

「だから何でだよ。僕が何をしていたっていうんだ」

「それはお前が教室の真ん中でオ――」


 ――次の瞬間、拓斗は、生涯で初めて、チャイムに感謝した。

 頭文字で何を言おうとしたのかが、十二分に判った。

 あえてこれ以上は、言わない。

 言えない。

 チャイムの残響が最後まで響き渡った後に、拓斗は静に向かって怒鳴る。


「そんなわけないだろうが! 信じられないよ! 僕がそんなことをするような人物に見られていたとはね……裏切られた気分だよ!」

「ご、ごめんなさいっ……」


 何故かそこで亜紀が、泣きそうになりながら頭を下げる。


「うん。いいよ。神上さんは許すよ」


 真剣に謝る者は、何人たりとも許す。それが拓斗のポリシーであり、父親から譲り受けたものの1つである。

 だがそれはあくまでも、謝る者に対してである。


「何よ。やっていたのは事実だし」

「拙者も、この目でしかと見たでござる」

「俺が謝る必要は、100パーセント、ない」

「お前ら……」


 いい加減にしろ、と叫ぼうとした所で。


「いい加減にしろ!」


 その台詞を、他人に奪い取られた。

 しかも理不尽なことに、その代金として拓斗にも『拳』が支払われた。


「お前らっ! もうチャイムはなっているんだぞ! いつまでくっちゃべってるんだ!」

「いって……何をするんですか、先生」

「天罰だ、天罰。この遠山とおやまかおる様という神様からの、な」


 そう言って遠山先生は、にかっと笑う。彼女はまだ若く美人でスレンダーだがすらっとしてスタイルがいいという女教師なのだが、どうしても暴君のイメージが強くある。


「いいか? 復唱せい。『先生は、神様です』」

「『先生は、かかあ天下です」」

「くらぁっ、狭山! ウチに彼氏がいないの知っていてその仕打ちか!」

「無論、勿論、大喝采!」

「やかましいっ!」


 再び拳が、大海だけに落とされる。


「あの、先生……もう、ホームルームを始めては……」


 一人だけ拳の被害から免れていた亜紀が、恐る恐る声を掛ける。


「おぉ、そうだった。今日は転校生がいるんだしな」

「転校生?」


 その言葉に、教室内が一気にざわめきを始める。


「そう。漫画みたいにな、今日突然に転校生が来ることになったんだよ」

「え……転入試験とか、諸々の手続きはどうなっているんですか?」

「そんなのは知らん。とりあえず転校生だ」

(この学校、一体どうなっているんだよ……)


 とても嫌な予感がした。しかし、拓斗はすぐに頭を振った。


(いや、でも……あいつじゃないな。あいつはそんなベタなことには絶対ならないって言っていたし……)

「ってなわけで、面倒くさいから、もう入ってきな」


 遠山先生が適当な声を発すると、教室の扉がガラッと開いた。

 入室してきたその人物の姿が見えるなり、おぉっと、教室が湧いた。

 しかしそれに反して、


「……」


 拓斗は言葉を失った。

 入ってきたのは、海のような深い蒼の長髪で、それをさらに強調するような紺の『この学校の制服』を身に纏った、拓斗と同い年くらいの少女。


 どこからどう見ても、剣崎遥だった。


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