第7話 鬼と云われる存在とその狩り手 -02

  ◆



 昨日、もしくは、既に今日になっていたかもしれない、ちょうど日付の境目の夜。

 あの後、今は人形の『パルンちゃん』である拓斗は鞄から外されて目を塞がれながら――というよりも目の部分を掴まれながらどこかへ移動した。その間、風を受けたり何かの金属音が聞こえたりと様々なことを体感した。


「はい。着いたよ」


 その声と共に、視界が開かれる。


「……」


 咄嗟に、拓斗は言葉が出なかった。

 目の前にあったのは、病院の一室のような場所。但し、通常の病室では見たこともないような器具がたくさんあった。その中にギロチンのようなものがあったのは、多分気のせいだと、拓斗は思うことにして、とりあえず現状を把握すべく、彼女に問い掛ける。


「えっと……ここは、どこ?」

「私達の、秘密基地」

「え?」


 拓斗は思わず遥を見ると、彼女は「あは」と笑う。


「冗談だよ。いや、あながち的外れでもないか」


 よいしょ、と遥は拓斗の肉体を診療台のような所に置く。


「ここは『白夜ホワイトナイツ』の、この地域にある支部の病室だよ」

「『白夜』? 何、そのアメリカの国防省みたいな名前?」

「ああ、『白夜』ってのは組織名で――」

「あらまー。遥が男の子を連れ込んでいるわ」


 ゆったりとした声と共に、カーテンの向こう側から、目鏡を掛けて白衣を着た、見た目は大学生くらいの、美しい女性が入ってきた。


「不潔だわ。不潔だわ」

「……あぁ、そうですか」


 遥は、うんざりとした顔で溜息をついた。


「んで、冗談もそこそこにして、こいつを直してよ。――お母さん」

「お母さんっ?」


 拓斗が身体を跳ね上がらせると、驚きの対象はVサインを出す。


「うふふ。そうは見えないでしょ?」

「……見えないです」

「でしょ。だって私は、17歳だからね」


 はぁ、とそこでまた遥が深く溜息をつく。


「よく言うよ。本当はさんじゅ……」

「ストーップ! それ以上は、ある業界の女性の根本を揺るがすことになるよ」

「そんなの知らないよ」


 冷たく吐き捨てる遥。対して女性は、「ひどいよー」と口を尖らせるが、遥が相手をしてくれないことを悟ると、すぐに拓斗の方に笑顔を向ける。


「始めまして、少年。私は『白夜』日本支部の幹部で医療部門長の『剣崎美哉みや』よ。かっこよく英語で言うと『Kenzaki Miya』ね」

「……」


 拓斗はじっと目を凝らして美哉を見るが、名前も容姿も日本人にしか見えなかった。


「んでさ……」


 美哉はくるりと回って、びしっと拓斗に指を突き付ける。


「名乗りなさい! 少年!」

「あ……ごめんなさい」


 美哉の文脈は唐突過ぎて訳が判らなかったが、とりあえず謝った。


「えっと……僕は木藤拓斗と言います……」

「……『木藤』?」

「え、はい……そうですけど……」

「……」


 美哉は唐突に顎に手を当てて考え込む仕草を見せると、


「うん、そうか……普通の苗字だね」

「……それはどうも」

「うん。普通だ……」

「そんな連呼しなくても……いや、意外と普通じゃない気がするんですけど……」

(……あ、そういえば)


 と、そこで拓斗はあることに気がつく。


(……剣崎さんに、僕の名前を訊かれなかったな)


 拓斗が遥に名前を訊いた時、そしてその後にも、遥は拓斗の名前を訊かなかった。その後にいくらでも訊く機会はあったはずなのに。


「あの、剣崎さん」

「『遥』でいいよ」

「え……?」


 そんな初対面の女の子を名前で呼ぶなんてラブコメ的展開になるはずがないからこれは幻聴だ――と拓斗は一瞬で考えを張り巡らしたが、案の定、先程の台詞を言ったのは美哉だった。


「いやいや、あなたがいいって言っても……」

「別に、それでいいよ」

「え……?」


 今度は、間違いなく遥の声だった。


「今、何て?」

「だから『遥』と呼んでも別に構いやしないって言っているの」


(……いやいや、待て。落ち着け、拓斗。これはきっと……そう。孔明の罠だ)


「あ……その……は、遥」

「何?」

「あ、いや……何だっけ?」


 あまりにもナチュラルに返されたことや、短い間に色々と脳内論争が起き上がったせいで、拓斗は何を訊こうと思ったのかをすっかり忘れてしまった。


「……?」


 不思議そうに首を傾げる遥に拓斗は急いで弁解しようとしたが、


「はーい。じゃあ、そろそろ始めるよ」


 美哉の声で遮られた。

 と。


「うわっ!」


 むんず、と拓斗の身体――といっても人形の方の身体が遥に掴まれて宙に浮く。そしてその時の拓斗の視線には、穴だらけの拓斗の本体が映る。


「ちょっ、一体何を!」

「何って、これから直すんだよ?」


 不思議そうな声の遥。


「……じゃあ、あれは?」


 拓斗は右羽で前方の人物を差す。

 先程、肉体の後ろの方にちらりと見えた、恐るべき光景。

 右手には鉈を、左手には鋸を掲げる、美哉。

 しかも、満面の笑みで。


「うふふふ。ど・う・ぐだよ?」

「何故に疑問系なんですか! 絶対違うって!」

「ふっふっふ……この美哉様の手術には道具など必要ないのさ」

「じゃあ、何でっ?」

「まぁまぁまぁ。そんなことはどうでもいいからさ」


 うぃぃぃん、と何故か鉈と鋸が回転を始めた。


「何じゃその道具はっ!」

「鉈と鋸だよ?」

「じゃなくて何故に回転っ!」

「特注だからだよ。じゃあ、始めるよ。遥は拓斗君と別の部屋でお話でもしてなさい」

「うん、判った」

「ちょ、ちょっと待って! 質問に答えてないよね! というか、そもそも、あれ絶対直すための道具じゃないよね? そして直そうとしていないよね! あぁ、どうしてそんなに笑顔なんですか! ってか、止めて! 連れてかないで! 止めさせて!」


 だが、遥は止めてくれなかった。


「ちくしょう……次に会ったら復讐してやるっ!」

「大丈夫だよ」


 遥は、にこっと笑いかけた。


「もう2度と会わないだろうからさ。もしも創作物だったら、いきなり君のクラスに転校生として再会するとかそんな展開になりそうだけど、そんなことには絶対ならないから、私は安心出来る。だから私は大丈夫なのよ」

「大丈夫って、そういう意味かよっ!」


 拓斗のツッコミは空しく木霊し、彼らが退室した部屋からは金属音が鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る