第5話 日常という名の平穏は得てして失ってから尊さに気が付く -05
「ふぅ……」
白い光から姿を見せた少女は、光に包まれる前と同様の姿で重力に従いながら地面に降りると、疲れたというように息を吐く。
「さて、倒したことだし……帰るか」
「ちょっと待て!」
「ん?」
少女はそこでやっと拓斗の方に視線を向ける。
「あぁ。すっかり忘れていた」
「忘れるな! このアホスケ!」
「む」
少女は口をへの字にして両手を広げる。
「私はこう見えても女だよ」
「そんなのは見れば判る! スケは『女』を音読しただけ……いや、今のはこじ付けだけど……ってか、そんなのはどうでもいい! 問題はそれだっ!」
拓斗は短い右手――というよりも右の翼で示す。
だらんと、見るに耐えない、テレビ放送などがあったらモザイクが掛けられる程の無残な拓斗の肉体を持っている、少女の左手を。
「あぁ、これか」
「それだよ! ってか振り回すな!」
自分の身体を、まるでヌンチャクのように軽く振り回す彼女に恐怖を感じながらも怒声を放つ。
「仮にも……いや、仮じゃなくて僕の身体なんだ! もうちょっと大切に扱え!」
「む……いいじゃないか。こんなだし」
少女は頬を膨らましながら回すのを止め、拓斗に向かって左手を突き出す。
「うわぁ……穴だらけで……こんなんで生きているのか……?」
「生きているわけないじゃない」
否定の言葉を少し期待したのだが、あっさりと見事に打ち砕かれた。拓斗はがっくりとうな垂れる。
「……やっぱ、そうだよな」
「でも、死んでもいないわよ」
「え……?」
拓斗は頭を上げる。
「どういうこと……?」
「これはただの道具。だから死ぬも生きるもない」
少女はポンポンと拓斗の身体を叩く。
「だけど、このままこれにお前の魂を戻したら間違いなく『死ぬ』だろうな」
「……だったら、どうするんだ?」
「決まっている。直すのよ」
「……は?」
「道具は直すモノでしょ?」
少女は至極当たり前のようにそう口にしてくる。
「いや、直すも何も……ってか、そもそも僕の身体は道具じゃないし!」
「道具じゃなきゃ直せないよ? それでもいいの?」
「何か日本語がおかしいぞ!」
そうツッコミをしつつ、拓斗は手羽先を頭に置いて、やれやれと首を振る。
「……まぁ、いいや。んで、本当に直せる……いや、生きられるんだな?」
彼女はこの姿を『直せる』と言った。それはつまり、魂を戻しても生きることが出来る、ということだろう。
その推察通り、彼女は首を縦に動かした。
「直せる。魂が離れてから72時間以内なら」
「72時間……? どこにそんな根拠があるのさ?」
「そういうもんなんだって。――ほら、ここを見てみなよ」
彼女はそう言って、拓斗の身体の穴の一部を指差す。
「あ……」
拓斗は気が付いた。
確かに、拓斗の身体は穴だらけで無残な状態だった。
だが――血は一滴も出ていなかった。
そこだけ、時が止まっているように。
それを見て、拓斗はようやく認めた。
――あぁ、自分は本当に道具なんだな、と。
自分の想像もつかないことがそこにあって、自分の考えは通用しない。だから、少女の言っていることの方が正しい。
「判ったようね。じゃあ、ほら」
少女はそう言いながら大剣を背中の鞘に収めると、拓斗の鞄を手に持った。必然、そこについているキーホルダーに魂が映っている拓斗も持ち上げることとなる。
「行くよ。直すんでいいんでしょ? 身体」
「あ、当たり前だ」
「ですよねー」
軽くそう言って、彼女は無邪気に笑う。
その無垢な笑顔は、今までのどの笑顔よりも魅力的に感じた。こんなにひどい目にあったのに、美少女を目の前にしたら男なんて単純なものだ。人間のままであったら、間違いなく顔を赤らめていただろう。その点だけはこの身体に感謝せざるを得ない。
(……っと、感謝といえば、彼女にも感謝しなくてはいけないな。どういう形にしろ結果的にあの怪物から助けてくれたのだから)
拓斗は笑顔の少女に、感謝の言葉を述べるために口を開く。
「あの……えっと……って、あ!」
「どうしたの?」
「名前……」
「ん?」
「僕、君の名前を知らない……」
拓斗がぽつりとそう呟く。
すると少女は「あは」と笑う。
「別に知らなくてもいいじゃない。どうせ……いや、まぁそうだね。言った方がいいか」
うんうん、と頷いた後、彼女は自らを指差す。
「私の名は、剣崎遥。多分、漢字は君が想像したので当たっていると思うよ」
「けんざき……はるか……」
「何よ。文句ある?」
「いや、いい苗字だね、って思っただけ」
大剣使いで剣崎。
まさにぴったりだ。
「……あのさ。普通は名を褒める時って、『名前』の方を褒めない? 特に女の子には」
「あ、そうか。そうだよね」
「もしかして君、よく鈍いって言われない?」
「あ、そうだね。よく『こぉのニブチンがぁ』って言われるよ」
「それは違うと思う……というか、それ言った人はどんだけ世代が上なの?」
「いや、同級生……」
髪の色が黒の時の蒼紅のこと。
「そういや、あいつはあの色の時は喋り方が古くなるからな。語尾に『ござる』とか、『おじゃる』とか」
「ぷっ」
少女が、大きく吹き出す。
「あははは。なにそれ?」
そう笑う少女は、とても先程まで怪物と戦っていた人物とは思えなかった。
「……ふふ」
そのあまりのギャップに、拓斗も含み笑いを漏らしてしまう。
そうして少年と少女はしばらくの間、楽しそうに笑った。
満月の夜。
暗い路地裏。
1人の少年と1人の少女が出会った。
これが――全ての始まりだった。
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