第4話 日常という名の平穏は得てして失ってから尊さに気が付く -04

 魂が抜けてブラリと垂れ下がる肉塊。

 少女が掲げる拓斗の肉体は、銃弾を全て受けきっていた。

 その度に、跳ねる肉体。

 まるで、踊っているかのように。

 その中で、少女は拓斗の肉体に視線を映した後に、


「あは」


 笑った。

 その少女の表情は、とても美しく。

 とても――恐ろしかった。


「あぁ、なんて美しいのだろう……」


 そして、


「なんて恐ろしいのだろう……」


 拓斗はそのままの言葉を口から漏らしてしまっていた。


「へえ」


 少女は地面に着地し、先程の笑みとは種類の違うモノを見せる。


「なかなかの女殺しの台詞を吐くじゃない。そして――なかなかの『私殺し』の言葉じゃない」

「……そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね」


 そう言いつつも、彼女からの言葉の意味を拓斗は咄嗟に理解できなかった。しかし、ジワジワと布に水が染み込むかのように徐々にその意味を理解してくると、ある一つのことに思考が辿り着く。

『私殺し』

 先の『女殺し』と掛けているだろう言葉。

 その言葉が、現状と自分と重なっていたことに。


「君は本当に、『僕殺し』じゃないか!」


 思わず出たその言葉。よく考えてみると、少女は拓斗の身体を持っていただけで、肉体に銃弾を撃ち込んでいるのは怪物の方だが、拓斗は少女が自分の魂を人形に移したことが自分を殺したことだと感じていた。但しこれはある意味感情論である為に意図不明と言われればそれまでだったのだが、彼女も敢えてなのか否定はしてこなかった。

 代わりに、


「あぁ、ありがとう」


 何故か感謝の意を述べられた。


「え? 何が?」


 戸惑う拓斗に、彼女は口元に微笑を浮かべて答える。


「おかげでいい『盾』を手に入れられたよ」


『盾』

 少女が言っているその『盾』が何であるかは、考えるまでもなかった。

 その身を銃弾から守っているもの。それを盾と言わずに、一体何が他にあろうか。

 たとえそれが、拓斗の肉体だとしても。


「た、盾ぇっ?」


 拓斗の上げた悲鳴のような声に、少女は大剣を持った右手の人差し指だけを後ろに伸ばして小さく頷く。


「うん。お前のコレは、私を守る盾。文字通りの意味でそれ以上でもそれ以下でもない」

「『コレ』って……僕の身体だぞ! 酷く扱っているけど!」

「怒るな。後で『直して』もらうから」


 少女は至極面倒くさそうに人差し指を、今度は自分の頬を掻くために使う。


「とりあえず……あいつを始末してからってことで」


 少女は再び、あの怪物へと一直線に空中へと飛び立つ。

 怪物は銃口をすぐに少女に向けて発砲を続ける。だが少女の身体に銃弾は1発も当たることなく、全て目の前の『盾』で防がれていた。


「コイつッ!」


 怪物の表情が歪む。かなり長い間攻撃しているにも関わらず、攻撃が当たっていないことに焦りが生まれたのだろう。

 少女は不敵に笑う。


「いい盾でしょ? ずっと剣で防御していたたけど、やっぱり盾としての役目はこうじゃなくてはね。やっと、この剣がちゃんと本来の役割を果たすことが出来るよ」

「グ……ッ」


 怪物にとって空中にその身を置いていることは、とても不幸なことだった。いかに怪物といえども、足場もなしに空中で方向転換などは出来ない。

 故に怪物は、向かってくる少女の攻撃をただ見ているしか出来なかった。


「ち……グショおおオおおオっ!」

「うるさい」


 少女は侮蔑するように目を細める。


「悔やんでいる暇があればひどく後悔しなさい。

 そう――その魂の限りに」

 

 サクッ。

 まるで発泡スチロールに鋏を突き立てた時のような軽い音と共に、少女の右手に握られた大剣が怪物の腹部を貫いた。

 同時に、あれだけ叫んでいた怪物の声が、全く聞こえなくなった。


「――解放、完了」


 眩しい月明かりに照らされる少女が呟くその声が聞こえる程、辺りは静寂に包まれる。

 まるで、髪の毛が揺れる音が聞こえるような、異様なまでの静けさ。

 異様なまでの緊張感。

 ――と、そこで唐突に、月よりも眩しい光が少女を包む。

 白い光は丸い球体となって、少女の姿を覆い隠し、数秒後に弾けるように消えた。

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