日常という名の平穏は得てして失ってから尊さに気が付く

第1話 日常という名の平穏は得てして失ってから尊さに気が付く -01

 始まりはいつだって穏やかで、後に振り返っても、その日が境になるとは到底思えなかった。


 どこにでもいるような少年の木藤拓斗は、いつものように登校し、いつものように退屈な授業を受け、いつものように友人と談笑などをする毎日。

 ある一日をピックアップすると、悪友の狭山さやま大海おおみから、「学校で一、二位を争う人気者のスーパーちゃんの神上しんじょう亜紀あきが、どうやらお前のことを好きらしいぞ」ということを聞いたのが、彼がその日で一番記憶に残ることであった。いや、そのすぐ後に大海が「まぁ、28パーの確率で、嘘だけどな」と続けたことが一番だったかもしれない。

 どちらにしろ、こんな平凡で取り柄も無い自分に惚れるような、そんな漫画とかの中でしかありえないことが現実にあるはずがないし、そんな風に思い込んだら負けだと思う、と拓斗は結論を出していたので、28パーセントの確率の方を信じた。

 それと同時に、100パーセントの確率で拓斗の右手チョップが入ることも確定されたのは、また別の、というよりも後日談だった。

 続けて、それらを傍から見ていた、同じく悪友の田中たなか蒼紅そうくが「お、拓斗。まさか82パーの方を信じているのか? 頭、大丈夫かぁ?」と、ゲラゲラ笑い飛ばしてくるが「毎日髪の色を変化させているお前にだけは言われたくねぇよ。あと10パーオーバーしてるぞ」とツッコミの言葉を口にしながら、拓斗の左手は蒼紅に振り降ろされる。


 そんな、どこにでもありそうな、ごく平凡な日常。

 こんなにも他愛のないことが印象に残るような日。

 そんな日々の連続。


 この日の朝も、拓斗は同じように思っていた。


「おはよう。全く、物騒な世の中になったものだな」


 いつものように自分の席に着いて蒼紅と話していると、大海がそう声を掛けてきた。


「おっす。何かあったの?」


 挨拶を返すと、大海は眉を潜めながら答える。


「昨晩この近くでまた、あの『銃弾通り魔事件』があったらしい」


『銃弾通り魔』

 現在、昼夜問わず、人通りのない所に銃弾のような無数の風穴が開けられている死体が続々と発見されるという、この日本では考えられないほど物騒な事件が起きている。。既に一週間で五人も被害者が出ているのだが、犯人像や犯行手口など一切判っていない。その最たるものとして、死体発見現場付近で誰も銃声を聞いたことが無いという事実がある。死体目撃者の中には、いつの間に背後に死体があった、と証言した人もいたらしい。その不可解さも相まって、世間は恐怖で満ちていた。


「今度亡くなられた6人目は、金田さんの所の5歳の娘さんらしいぞ」

「へぇ。それはまた……でも、何でそんな夜に五歳の少女が一人で出歩いていたんだろうな。今の所では、被害にあった人は全員死んでいるから、親はその場にいなかったんだろ?」

「そんなのこっちに言われても判らないぞ」

「どんなことが推測出来るかってことだよ。この堅物め……蒼紅は、どうだと思う?」

「……どうせ次の犠牲者は、俺なんだろうな……」

「あ、そうか。今日は『青』か」


 ネガティブな発言をする蒼紅を見て、拓斗は納得したように一つの事象を確認する。

 蒼紅は不思議なことに、髪の色によって性格が変わるのだった。例えば、今日のように『青』なら『暗い性格』というように。蒼紅に訊くと、髪の色はいつの間にか変わっているらしいが、信用ならない情報である。とにかく、蒼紅のその現象は、既に日常の一コマとして扱われているのであった。

 なので、普通に大海が平坦に答える。


「それはないだろう。どうせ今日のお前は夜に出歩かないだろうし」

「『今日、お前は』じゃないの? ……でも、その通り。今日は夜に出掛ける用事はないよ」

「なら大丈夫だろ。それに狙われるなら、生徒会に入っている拓斗の方だって」

「って、僕かよ! ……でも、だよなぁ。今日も遅くまで活動しそうだし……」

「それなら、君が死んだら私のせいになるのね」


 やけにクールな、その聞き覚えがある声がした。思わず振り向くと、そこには七五三木しめぎしずかが眼を細めて薄ら笑いを浮かべていた。


「嫌だなぁ。そんななったら面倒くさいなぁ」

「……それなら、僕に仕事を押し付けないで頑張ってよ。生徒会長さんよ」

「頑張るのは性に合わないの。それに君が死んでも、私が死ぬよりはいいでしょう」

「……どのような理由で?」

「私、生徒会長。君、副会長。理由はそれ以上でも以下でもない」

「イチ学校のイチ生徒会の役職なんかで、命の優劣が決められてたまるか!」

「そ、そうだよ、静。私は木藤君が死んじゃったら嫌だよ」


 小さく、しかしとても可愛らしい声が聞こえた。腕を組む静の横で、その声の持ち主である神上亜紀は、くりくりとした大きな眼で拓斗達に視線を向けている。


「へぇ、それはどういう意味なのかなぁ?」

「そんな深い意味は……」


 静のよく分からない追求に、言葉を濁しながら俯く亜紀。その様子が少し可哀想に思えたので、拓斗は彼女に助け舟を出す。

 ついでに、助けを求めた。


「死んじゃったら嫌だと思うなら、今日の作業手伝って助けてください、神上さん!」

「「調子にのるなっ!」」


 大海と静の、息の合ったツッコミ。拓斗は痛恨の二撃を受けた。


「いってえな! 冗談だっつーの」

「冗談でも言っていいことと悪いことがある」

「今回は98パーで、悪いことだ」

「いやいや、絶対、残り2パーの方が正しいって……」


 相変わらず大海の確率はデタラメだな、と頭を摩りながら拓斗は口を尖らせた所で、


「いいですよ」

「……え?」


 天使が降臨したかと、拓斗は本当に勘違いをした。

 亜紀は少し頬を染めながら、上目遣いでにこりと遠慮がちに微笑む。


「あの、私……今日は用事がないから、手伝います……」

「本当に? ありがとう!」


 思わぬイエスの返事に、拓斗は土下座する勢いで感謝した。

 すると、「うん、100パーの確率で手伝ってあげるか」「ま、仕方がないか。私もやるよ」「ぼ、ぼくも……」と、その他の三人も続々と手伝いを申し出てくる。


(何だかんだ言っても、みんないい人だよな)


 友人達の行動を見て、拓斗は密かに微笑する。


(このことが、今日の中で一番記憶に残ることになるだろうな……)


 まだ朝にも関わらず、拓斗はそう思考していた。

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