第2話 日常という名の平穏は得てして失ってから尊さに気が付く -02
◆
「これにて終了! みんなお疲れさん!」
妙に覇気のある静の声が、生徒会室に鳴り響く。
みんなが手伝ってくれたおかげで、作業効率が格段に上がった。が、取り留めのない会話をしながらだったので、作業スピードは格段に遅くなり、結果、おそらく1人でやっていた場合と同じであろう程の時間が経過し、下校する時にはもう太陽は沈みきっていた。
「まさか、こんなに遅くなるなんて……私には予想出来なかったよ。この無能どもめ」
「5パーが当たってしまった……手伝わなきゃ良かったよ」
「うるさい! 何にも役に立たなかった2人が何を言うんだよ!」
トークに9割を置いていた静と大海を睨むと、亜紀が苦笑しながら「まあまあ、楽しかったからいいじゃないですか」と宥めてくる。
「まぁ、確かに。とても楽しかったのは事実だけど……でも、それとこれとは話が別だ!全員注目! こいつの様子を!」
拓斗は、真空でも生み出せそうな速さで左腕を振り、髪の色と顔の色が同じになっている蒼紅を全力で指差した。
「……襲われる……絶対、通り魔に……」
「蒼紅がこんなにビビッてるじゃないか。お前達2人がちゃんと働けば、もっと日の出ている早い時間に帰ることが出来たのに……」
「終わったことを言っても仕様が無い、と100パーで卑弥呼も言っていた」
「嘘だ! ……って、何故に自信満々?」
「まぁ、それに襲われるとしても、どうせ拓斗だろ?」
「……さっきから何を根拠に僕を殺そうとするんですか、静さんよ?」
「なら、賭けよう。君が襲われたら、君は私にジュース奢ること」
「それって襲われたらジュース奢れないですから」
洒落になってねぇよとツッコミながら、
「……でも、ま、いいか。のってやる」
拓斗は、右手の親指をぐっと立てる。
「その代わり、僕が襲われなかったら……」
「ああ。判っている。私の変わりに亜紀がやるよ」
「な、何で私なの!」
「しかも奢りじゃなくて、あっつーいちゅーを」
「OK。了解した」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ! 私にメリットは?」
「ほぉ? ないのか?」
「……」
「んー? 何故に黙るのかなぁ?」
「な、なんとなく?」
「……はは。答えになっていないよ」
そこで今まで暗い顔で黙っていた蒼紅が、ツッコミを入れながら笑顔を見せた。
それを見て拓斗は密かにほっと胸を撫で下ろす。実は、蒼紅の心配を紛らわすために静の冗談にのったというのが本来の目的だった。それが達成できて拓斗は少し誇らしく思い、思わず笑みを零してしまう。
故にその後、拓斗達は全員、明るい気持ちでそれぞれの帰路につくことが出来た。
「じゃあね」「またな」「明日に」「またね」「じゃあな」
「うん。じゃあ、また」
商店街に差しかかる手前で、拓斗は様々な別れの言葉に返事をする。帰路の方向の関係上、拓斗はここでみんなとは別れなくてはいけなかった。だから静が、襲われるなら拓斗だろうという予想するのは、実は至極当然のことでもあったのだった。
(まあ、あいつの場合、考えなしで言っている可能性の方が高いけど)
溜息を1つ吐き、みんなの後ろ姿が見えなくなったのを確認する。
「さて、帰るとしましょう、まっすぐに」
誰に言うのでもなく小さく呟き、無風の穏やかな三日月空の下、拓斗は右足を動かした。
その瞬間だった。
――ビュン!
「……?」
唐突に強風がすぐ後ろを通り過ぎるのを感じた。
突然のことで、何が何だか判らなかった。
無風の状態からのいきなりの突風。ここら辺は昔からの平坦な商店街でビル風みたいのが吹くはずもなく、事実先程の一瞬だけで、今は微塵にも風は吹いていなかった。
(……何だったんだろう?)
首を捻りながら再び歩き出す。
だが、そこで拓斗は違和感を覚える。
その違和感と同時に、何かが拓斗の左足にふわりと落ちる。
「何だ……?」
拾い上げて確認すると、それは暗い色をした細い革キレだった。
しかしそれを視覚で確認した次の刹那には拓斗は全てを理解し、違和感の正体を突き止めていた。
「僕の……バッグが、ない?」
ちょっと前まで肩から腰にかけていた、普通の高校生が使っているようなスポーツバッグが、細い革キレ――肩掛けだけを残し、いつの間にかすっかり無くなっていた。
「あれ……あれっ?」
拓斗はすっかり憔悴し、周りを見渡す。だが、バックはない。
「一体どこに……ッ、まさか!」
唐突に理解する。
普段吹くことのない突風。
その直後になくなった、バッグ。
拓斗が導き出した結論は、1つ。
「……スラれた!? さっきの風は、スリがバッグを盗んだ時のやつか……っ!」
怒りに震えながら拓斗は呟く。
しかし常識的に考えれば、どれだけ人が早く走ったとしてもあんなに強い風は舞い起こらないと判るはずなのだが、この時の拓斗は怒りと焦りで平静ではなかった。
「こっちかっ!」
理由も無しに、ただ感覚だけで彼は右方向にある細く暗い路地へと走り出す。
――もしこの時、この時点で、平静であれば気がついていたかもしれない。
残された鞄の肩掛けが、革なのにあまりにも綺麗に切断されていたことに。
まるでそこから先は、もともと――無かったかのように。
そんなことには全く気がつかないまま、数分、当てもなく走り回った結果、
「……何をやっているんだ。僕は」
少し間の広い路地裏で、拓斗は膝に手を付いて息を切らしていた。そこでようやく彼は、液体窒素の中に放り込まれたような速さで頭を冷ませ、自分が愚かなことをしていることに気がつく。
「そもそもの問題、すられたかどうかも判らないじゃないか。それなのに、頭に血が上ってこんな暗くて、誰もいなくて、いかにも通り魔が出そうな所まで来て……」
ぶるると身体を震わせる。春の真っ只中だというのに、異様な寒気を背中に感じていた。
「……もう、帰ろう」
どうせそんなに大切なものは入っていなかったし、と、完全にバッグのことは諦めて、その場を離れようと踵を返す。
と、その時。
「あ」
そんな驚きの声と同時に、前方から身体に強い衝撃が襲いかかってきた。それに抵抗出来るはずもなく、拓斗は地面に倒れ込む。
「痛っ……いきなり何だよ……」
吹き飛ばされた割にはあまりダメージは高くなかったため、よろよろと立ち上がりながら、先程起きた不可解な現象元を視認する。
「――ッ」
思わず息を呑む。
先程まで誰一人としていなかったその場所に、一人の少女が立っていた。
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