剣崎遥は盾を所望する

狼狽 騒

1章 僕は彼女の盾になる

プロローグ

第0話 プロローグ

 日常が壊れる瞬間なんて、木藤きどう拓斗たくとは今まで見たことがなかった。


 目の前で大きな事故や事件が起きたり、UFOに誘拐されそうになったり、机の引き出しからロボットが出てくるような、そんな異変が起こったことは、今まで一度もなかった。

 ただ、ごく平凡に生きてきた。

 そんな少年は、ある日、日常の崩壊を見た。

 しかし、それは、他の誰かの崩壊ではなかった。


 自分の――だった。

 

 拓斗の身体には、現在進行形で無数の銃弾が浴びせられている。

 銃弾が撃ち込まれる度に、拓斗の身体は踊るように跳ねていた。1発、また1発と。みるみる拓斗の身体の動きは、テンションがどんどん高くなっていくように激しくなっていった。

 もう、拓斗の意志では止まらない。

 だが、そもそもの話。

 拓斗の意識は、既に拓斗の身体から離れていた。

 木藤拓斗を傍から見る、木藤拓斗。

 変な感じだった。

 自分なのに、他人の感触。

 まるで幻想。

 でも、これは夢ではなかった。

 間違いのない、現実。

 信じたくない。

 だけど、受け入れなくてはいけない。

 そんな風に、拓斗が繰り返し葛藤していた――その時だった。


 

「――あは」


 

 銃弾の雨の中心で少女が、無垢に笑った。


 海のような深い蒼の長髪で、それをさらに強調するような前の肌蹴た紺のダッフルコートを身に纏った、拓斗と同い年くらいの少女。彼女は拓斗の身体を持ち上げながら、その漆黒の瞳を向けた。そして、その長い髪を揺らしながら、浮かんでいる、笑み。

 心底、嬉しそうに。

 心底、楽しそうに。

 心底、面白そうに。

 彼女のその姿に、拓斗は思わず、言葉を口にしていた。


「あぁ、なんて美しいのだろう……」


 そして――


「……なんて恐ろしいのだろう」

 

 美麗なる恐怖。

 矛盾しているその言葉が、よく似合っていた。

 

「へえ、お前」


 少女はその美しい唇を動かして、誰が見ても明白に、拓斗に言葉を掛けた。


「なかなかの女殺しの台詞を吐くじゃない。そして――」


 そう言いながら彼女の笑みは、にやりとした意地の悪いものに変化した。


「――なかなかの『』の言葉じゃない」

「……そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね」


 拓斗は、少々罰が悪そうに言葉を発した後、気がついたかのように少女に叫ぶ。


「君は本当に、『』じゃないか!」

「あぁ、そういえばそうだね」


 今、気が付いたかのような口ぶりで彼女は肯定すると、


「あぁ、ありがとう」


 唐突に、彼女は謝罪ではなく、礼の言葉を述べた。


「え? 何が?」


 何が何だか判らず戸惑う拓斗に、彼女は笑みを浮かべたまま、続けた。



「おかげでいい――『



 そう、この時――いや、この瞬間から。



 木藤拓斗は、彼女――剣崎けんざきはるかの、『』となったのだった。

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