第6話:ふふふ、そうか。そういう事か


「なっちゃんと夏南先輩って昔、付き合ってたの?」


 唐突に彩萌からそんなどうしようもない質問をされた。

 料理部の部室には那智と彩萌だけしかいない。

 今日は活動日ではないが、部屋を借りて自主練だ。

 ……出来上がった品はとても食べられるものではなかったが。


「なんで、そうなるわけ?」

「えー。だって、仲良さそうな、仲悪そうな? これは、私的に元恋人の仲がこじれた系ではないかと勝手に想像してみたのです」

「私と夏南ちゃんにそんな深い溝はないわよ」

「違うの? アヤのライバル的な関係では?」

「ありません」


 先日から、夏南の事を昔のように“夏南ちゃん”と呼び始めた。

 散々、呼んでと言われていた本人からは嫌がられている。

 彩萌と交際しているとバレてからはすっかりと距離を置かれてしまっていた。


――こういうのを、何というのかしら。


 そうなってほしいと願っていたはずなのに。

 実際に距離を取られて、寂しいと思う自分がいる。


「夏南ちゃんは幼馴染よ。小さい頃はよく遊んでもらった間柄だもの」

「そうなの?」

「少しの間、転校とかして離れていたの。そして、再会した」

「それがなぜ、あんなにこじれちゃったの? アヤもびっくりだよ」

「どうしてかしら。私も、こんなはずじゃなかったと思っているわぁ」


 結局、自分が悪いのは認めるしかない。


――夏南ちゃんを嫌いになるなんて最初から無理だったのよ。


 無理を通した結果がこのざまだ。

 

――嫌いになろうとして、できなくて。


 関係をこじらせてしまったことは反省もしている。


――こんなことなら、最初から素直になっておくべきだったわ。


 それができないのはよく分かっている。

 自分の気持ちに素直になれない。

 それこそが、水瀬那智という少女の不器用さでもある。


「さっさと仲直りしたらいいのに」

「この私がすると思う?」

「思いません」

「だったら、聞かないで」

「でもさぁ、なっちゃんは好きって気持ちを内に秘めちゃうタイプじゃない」


 彩萌は恋人として、那智の傍にいて性格をよく分かっている。

 誰よりも愛情が深いことも。

 つい相手に依存してしまうことも。

 強さも弱さも分かっているからこそ、言える。


「誰かを好きだって、たまには声に出してもいいんだよ」

「……彩萌」

「えへへ」

「そうね。私は夏南ちゃんが好きだから、彩萌はもうどうでもいいわ」

「や、やめてぇ!? 冗談でも、アヤを捨てないでぇ。うわーん」

「はいはい。冗談がすぎました」


 抱きついてくる彩萌の頭を撫でながら彼女は意地悪く微笑む。


「彩萌はホントに可愛い子ね」

「もっと言ってください」


 むぎゅっとしてくる恋人を愛おしく思う。

 それを口にはしないけども。


――好き、か。


 嫌い、嫌い、好き。

 今も昔も、いつだって、自分の気持ちに向き合うのは苦手なのだ。


「ねぇ、彩萌。私への愛情があるなら、私の手作りケーキを食べてよ」

「い、嫌です。さすがに、アヤのお腹が壊れちゃう」

「ドMのくせに」

「そ、そーいう意味じゃないのぉ。アヤはぁ、優しく意地悪されたいだけ。なっちゃんの料理は食べると危険だから嫌だ」

「はぁ。恋人に拒否られるのも寂しいものね」


 だったら、自分で食べればどうかと言われたら絶対に遠慮する。

 那智は料理センスがなさすぎる。

 この料理部に入り、基礎から習い、なんとかしようとしたがどうしようもない。


――罰ゲーム用に人気とか。失礼な話よね、まったく。


 悪い意味での人気が出てしまっている有様だ。


「なっちゃんの意地悪」

「もっと意地悪されたいんでしょ」

「愛されたいんですぅ」


 じゃれついてくる彼女を適当にあしらいながら、


「このあと、夏南ちゃんの誕生日会があるのは知ってるわよね?」

「もちろん。え? 一緒に行かないつもり?」

「えぇ、私はいかないわよ」

「なんで? 行けばいいじゃん。仲違いしてるのはよくない」


 彩萌に促されるも那智は嘆息しつつ、


「……今さら、昔のような関係に戻れるわけではないもの」


 今日は夏南の誕生日。

 誕生会を開くため、部員の子たちとカフェで会う約束をしていた。

 しかし、那智には行くつもりが最初からなかった。


「一番の行けない理由は、本人の機嫌を損なうから」

「え?」

「今日は幸せな気分で過ごしたいでしょ? 私が行くと、今の嫌な関係を引きずった雰囲気になっちゃう。それは可哀想じゃない」

「……そうかなぁ?」


 ここ最近、すっかりとふたりの仲は悪い方向へ転げ落ちた。

 自業自得すぎて、責める相手が自分しかいない。


「そういうものよ。だから、私の代わりに行ってきなさい」

「むぅ……夏南先輩はなっちゃんに来てもらいたいと思うのに」

「どうかしらね。それと、これは渡しておいて」


 何だかんだ言いながらも、那智はプレゼントを用意していた。

 小さな箱を取り出して、彩萌に手渡す。


「これって……?」

「そう、私の手作りクッキー」

「先輩が死んじゃうからダメェ!?」

「……失礼すぎる反応ね。えいっ」

「ご、ごめんなひゃい」


 頬を引っ張りながら、「中身はただのアクセサリーよ」と拗ねる。

 さすがに、素でその反応は傷つく。


「プレゼントまで用意してるなら、一緒に行こうよ」

「雰囲気が壊れるって言ってるじゃない」

「そこを何とか」

「嫌だわ」


 頑な態度に「素直じゃない」と呟かれた。


「アヤは複雑な心境です」

「そう?」

「だって、元カノと復縁されたら嫌なのに、仲良くしてもらいたい。あー、アヤ的にもやもやするの。なんか、嫌だなぁ」

「彩萌が気にすることではないのだけども」


 他人を思いやれる子だ。

 自分以上に相手の事を思いすぎることもある。

 那智の悩みを自分のことのように感じ取ってしまったのだろう。

 

「そうね、分かりやすく言えば、彩萌は自分の元カレと復縁したいと思う?」

「やっくんと?」

「うん。神原八雲と熱愛していた時期には戻れる?」

「まぁ、昔みたいに愛情はもう無理かな。なっちゃんラブだし」

「でしょう。それと同じ。私も夏南ちゃんと仲の良かった、あの頃の熱量は取り戻せない。だったら、関係は新しいものに変えていくしかないじゃない」


 夏南との関係。

 今と昔では大きく変わってしまったのだ。

 時間は取り戻せない。

 だからこそ、無理やりにでも進めるしかない。

 ただ、その進め方を間違えた、自覚だけは大いにある。


――夏南ちゃんには悪いことをしたな。


 素直になれないせいで、こじれさせてしまった。


――あの優しい笑顔を曇らせてしまった。


 そのことを想うといつも、心を痛める那智である。


「あのね、アヤは、なっちゃんの笑顔が好き」

「笑顔?」

「だから、心の底から笑ってほしいだけなの。先輩との関係を修復して、過去のしがらみとか、全部解決して。アヤだけをまた見て欲しいな」


 そう言って、彩萌は那智の頬にキスをする。


「大好きだよ、なっちゃん」

「……さっさと行ってきなさい」

「はぁい。これはちゃんと届けます」

「冷蔵庫に自信作のケーキも入ってるのだけど、いる?」

「そ、それはいりません。じゃ、いってきます」


 逃げ去るような彩萌の後姿に「ひどい子だわ」と笑う。

 一人残された家庭科室で那智は黄昏れる。


「仲直りか。私も、過去の気持ちを整理して前に進まなきゃいけないのかな」


 夏南と那智。

 また二人で笑顔を浮かべられるような関係になりたい。

 それは本音だ。


――すぐには無理でも、いつかは……。


 そう、願っていた那智ではあるが、それは叶えられることはなかった。

 なぜなら――。


「――失礼しまーす」


 彼女の運命を変えてしまう相手が、何もかも邪魔をするから――。


「ん?」


 部屋の扉を開けて入ってきた、一人の少女。


「誰かしら?」


 年齢は年下だろうか。

 どこか幼さの残る可愛らしい顔立ち。

 彼女は那智に会うなり、その強い意志を持った眼差しを向ける。


「一年の大倉和奏です。水瀬那智、先輩ですよね?」

「そうだけどぉ? あら、後ろにいるのは神原かしら」

「……久しぶりだな、那智」

「そうねぇ? ふふふ、そうか。そういう事か」


 過去からは逃げられない。

 自分が寝取った恋人の元相手。


――なるほど。ついに私の事がバレたのかしらぁ。


 神原八雲が複雑な表情で自分を見つめていた。


「水瀬先輩にお話があってきたんですよ」


 大倉和奏は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 それは“因縁”と呼ぶべきか。

 いや、そんな言葉では片づけられない。

 今後の人生において、互いの運命を狂わせていく。

 悪女とスト子。

 まさに“相性最悪のふたり”はこうして出会ってしまった――。

 

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