第4話:スキンシップは程々に

 

 ……。

 数週間の月日が経ち、すっかりと彼女達の関係は変わった。


「なっちゃん、なっちゃん」


 人気のない屋上の片隅のベンチ。

 寄り添う二人の姿。


「なによ」


 那智にむぎゅっと腰に手をまわして抱きつくのは、彩萌の方だった。


「もっとアヤにかまってよぉ」

「はいはい」


 携帯電話を片手に、雑にあしらうと不満そうだ。


「誰とメールしてるの? 携帯よりもアヤにかまって」

「……はぁ。遊んで欲しい子犬みたい。貴方、ずいぶんと変わったわよねぇ」


 すっかりと那智に夢中の様子。

 元々、犬系女子の彩萌である。

 愛したいし、愛されたい。

 那智に恋する乙女は、彼女とスキンシップを取りたがる。


「尻尾があったらフリフリしてそう」

「してるよ。かまってほしいの。愛して欲しいの」

「ここで?」

「さ、さすがに学校の屋上で脱ぐ気はないけどさぁ」


 誰かに見られる趣味はさすがになかった。

 ただし、甘えたい気持ちを抑えるのも無理だ。

 肩に頭を乗せて、彩萌は「触れていたい」と甘えてくる。


――ホントに懐っこい子だわぁ。


 そう言いつつも、そんな彼女を那智は気に入っている。

 彩萌はどんな時でも、素直な反応を示す子だ。

 その素直さは羨ましい。

 純粋に可愛らしいとも、愛しいとも思える。


「ねぇねぇ、なっちゃん。キスしたい」

「……発情期か。ホント、欲望まみれねぇ?」

「えー。愛してるだけだよ、なっちゃんが好き。大好きっ」

 

 すっかりと調教され済み。

 那智ラブになってしまっている。

 彩萌に引っ付かれて、思うように携帯電話が操作できない。


「はぁ。しょうがない子」


 呆れつつ、そのまま唇をちゅっと口付ける。


「これで満足?」

「もっと欲しいです。ちゅー」

「我が儘言わない。家まで我慢しなさい。そうしたら、かまってあげるわ」


 そう言って彼女の髪を撫でると、


「なっちゃんとアヤの愛情に差が生まれ始めてる気がする」

「そう?」

「アヤを押し倒して、強引に求めてきたあのパッションは?」

「私、欲しいものって手に入れると飽きるタイプ」

「ひどすぎるっ!? アヤに飽きないでぇ」


 ほどよく意地悪されるのも心地よく。

 そのまま、甘え足りないとばかりに膝枕を求めてくるのだった。


――可愛いけど、ウザい時もある。


 甘えられるのはいいけども、甘えられすぎると距離を置きたい。

 それが那智の本心でもある。


――まぁ、いいけどね。


 ふたりの恋人関係は世間では知られていない。

 隠し通せるものとも思っていないが、自分から公表するものでもない。

 世間では、ただの仲のいい女子程度に思われているだろう。

 思春期の女子がスキンシップすることはよくあることだ。

 ただし、いつか、誰かにバレる日がくる。

 その時、二人の関係は何か変わるのだろうか。


「なっちゃん」

「何よ?」

「今、幸せ?」

「……そうね。貴方は顔を見てれば分かるわぁ」

「うふふっ。幸せですよー」

「彩萌ってホント、顔に出やすくて、ちょろい子ねぇ。ふふっ」

 

 微笑する自分が思いのほか、彩萌を気に入ってる事実に気づく。

 世間にバレたら何かが変わるかもしれない。

 けれども。

 今はこの時間を穏やかに過ごせればそれでいい。

 

 

 

 

 その日は思わぬ形で訪れた。

 料理部がある日の放課後。


『家庭科室に一人で来て欲しい』


 いつもよりも早めの時間に呼び出されたのだ。

 ひとり、家庭科室で待っていたのは夏南だった。


「待ってたわ、那智」

「何ですか、小鳥遊先輩」

「……いい加減、その呼び名は変えてくれる気ない?」


 小鳥遊先輩、と他人行儀に呼ばれると幼馴染として悲しい。

 夏南にとっては、可愛い妹的存在。


「前から言ってるように、夏南ちゃん呼びを希望します」

「それほど仲のいい先輩でもないのに?」

「昔は大の仲良しさんだったよね!? あの日々を忘れないで」


 夏南にとって那智は大事な存在だ。

 今のように距離を置かれ続けているのは不本意そのもの。

 もっと昔のように仲良くしたいのに、彼女はつれない。


――仲良くできるはずもないわぁ。


 すっかりと距離を置くのがクセになりつつある。

 今さら素直になれない那智だった。

 それと今回は別の話。

 呼び出されたのは別の理由があった。


「それで、本題は何です? 遊んでると人が来ちゃいますよ」

「うん……あのね、那智。私、この前、見ちゃったの」

「何をですか?」

「貴方と佐崎さんが抱き合って、その……イチャイチャしてたところ」

「キス?」

「きゃー。い、言わないで。私としてはすっごくショックだったのよぉ」


 顔を赤らめて照れる夏南は、どうやら、そちらに免疫のない様子。


――ピュアだわぁ。まぁ、付き合ってる男子もいなさそうだもの。


 容姿はいいが、夏南が男子と話している光景を見たことはない。

 苦手と言うよりも単純に接点がないのだろう。


――あの子とキス以上の事をしてるとか言うと壊れちゃうかもしれない。


 おそらく、かなりのショックを受けるであろう。


「女子同士でそこまでのスキンシップはどうかなぁって」

「スキンシップ、ですか」

「ほら、よく手を繋ぎ合う子とかいるでしょう?」

「はぁ。いますね」

「ああいうのって、遊んでる程度ならいいと思うのよ。でもね、過度なスキンシップって、あまりよろしくないと思うの。だから、注意して欲しいというか……」


 夏南の忠告。

 つまり、彼女は那智たちの関係を目撃したが、恋人同士だとは思っていない。

 ただの友人関係の延長線上にあると考えているのだろう。

 そう思いたいだけかもしれないが。


――まぁ、幼馴染が百合でした。なんて普通じゃ思わないか。


 理解できない人には理解できない。

 それを他人に強要する気もない。

 だから。

 

「小鳥遊先輩」

「分かってくれた?」

「えぇ、分かりましたよ」


 そう言って、那智は夏南に接近する。


「……那智? あ、えっと、顔が、近いんですけど? あ、あの」


 動揺する夏南を嘲笑うかのように、


「小鳥遊先輩って可愛い顔をしてますよね」

「……え?」


 思わず唇が触れそうな距離まで近づいて、那智はその耳元に囁く。


「――先輩も私とスキンシップ、してみます?」


 素直になれない、本音を言えない。

 少女のジレンマ――。

 

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