第2話:嫌いになれないくせに


 那智が高校に入学して一ヵ月ほどが過ぎた。

 良いところのお嬢様で、美人な容姿。

 学内では一目置かれる存在であり、人気もある。

 高校生活に不安はなく、充実しつつも、どこか物足りなさは感じ続けていた。


「おはよー、ポテト。サラダ。今日も二匹とも可愛いわねぇ」


 朝から、リビングでエサを食べる猫たち。

 猫の名前は“ポテト”と“サラダ”。

 名前センスはどうにかならないかとよく言われる。


「ポテト、あんまりエサを食べすぎると太るわよぉ?」


 可愛いがりながらも、体調管理は大切だ。

 丸っとした体形のポテト、反対に細身のサラダ。

 対照的な二匹を見比べる。


「姉妹猫なのに、この差は何かしらぁ」


 丸くポチャっとした猫を抱き上げてお腹を触りながら、


「ポチャ子になったら、お嫁にいけなくなるの。これくらいで我慢しなさい」

「ふにゃー」


 どこか不満そうなポテトに「我慢して」と言い含める。


「ほら、サラダを見なさいよ。このしゅっとしたくびれのある素敵ボディ。貴方もこの素敵ボディを手に入れて、雄猫たちを篭絡したいでしょ?」

「にゃー」

「……恋よりも食い気か。ダメだわぁ、この子」


 呆れた那智の手から逃げて再びエサ箱へ。

 どこ吹く風でエサをかじるマイペースなポテトに、


「姉妹猫なのに、どこで差が生まれちゃったのかしら」


 そう言いつつも微笑みながら、猫の頭を撫でた。


「お姉ちゃん、そろそろ学校にいかないと遅刻するよ?」


 妹の静流に呼ばれて彼女は「分かってるわぁ」と返事をした。


「また猫ちゃんたちと遊んでたの?」

「ポテトもサラダも可愛くって」

「お姉ちゃんはホントに可愛いのが好きね」

「静流も好きよ。私の愛しい妹だもの」


 ぎゅっと抱きしめられて照れくさそうに、


「ありがと。でも、今は遅刻しそうなので行きましょう」

「お母さんが車で送ってくれるのだから気にしない」

「もう何分も前から待って不満そうなんだけど」

「はいはい。行きますよ。それじゃ、ポテトサラダ。いってきます」


 猫たちに挨拶する横で静流は、


「いつも思うんだけど、なんでポテトサラダ?」

「言葉の響きが可愛いでしょう?」

「……お姉ちゃん。将来、子供ができたら、すっごく個性的な名前を付けそう」

「そうねぇ。ジュリエッタとか、マカロンとか良さそうじゃない?」

「絶対にやめてあげてください。当て字にしてもダメぇ」

「冗談よ、冗談」


 静流は「本気でつけそうだ」と姉の名前センスのなさに愕然とする。


――私、そんなにセンスないかしらぁ?


 自分では可愛いと思って名付けているのにどうにも不評だ。


――メロンとマロンと言う候補もあったのだけど、そちらがよかった?


 どちらも同じ程度のセンスである。


「ふたりとも、早く車に乗りなさい」


 やがて、待ちわびた母親が迎えに来る。

 春の心地いい季節。

 彼女の高校生活に変化を与えたのは、ある出会いだった。


 

 

 

 昼休憩、購買で買ったサンドイッチを片手に屋上への階段を上がる。

 わいわいと騒がしい食堂が苦手なので、昼食は一人で食べることが多い。

 ぼっちとかではなく、一人の時間も欲しいだけ。

 むしろ、それ以外の時間は友達に囲まれている、クラスの中心的存在だ。


「食事くらいは落ち着いて食べたいものね」


 屋上はテラスになっていて食事を楽しむ生徒がちらほらといる。

 彼女もベンチに座り、食事を始める。

 今日の昼食はツナサンドとフルーツサンド。

 それとお気に入りの缶紅茶。

 定番となりつつある食事メニューをいつものように食べる。


「いただきます」


 サンドイッチを食べながら、春の穏やかな気候を満喫。

 春の風は心地よくて、気分もいい。


「こういう時間って一番、ホッとするのよね」


 だけど。


「――昔から美人さんだったけど、今は本当に見惚れるくらいの美人さんね」


 穏やかな食事の時間を邪魔をするのは、彼女の前に立つ人影。

 視線を上げて、その瞳に入ったのは、


「久しぶりね、那智。元気そうで何よりだわ」


 ショットカットの髪型に、綺麗な瞳をした少女。

 一目見て分かる、幼い頃に別れた、小鳥遊夏南|(たかなし かな)だ。

 かつては親友と呼べる間柄だった。

 面影のある顔に、すぐ夏南だと分かった那智だったが、


「……誰ですか?」


 心にもない言葉で返す。

 素っ気ない反応。

 思っていた反応と違い、戸惑う夏南は、


「え、えー。忘れてる? 私だよ、小鳥遊夏南。昔よく遊んだでしょ」

「さぁ、小さい頃に遊んだ子の顔なんて覚えてないですし」

「覚えていてよ! ほら、いつも一緒に学校も通って……」

「知らない子ですね」


 ばっさりと話を打ちきると、食べかけのサンドイッチを口に押し込むようにして、


「食事中なので、もういいですか?」


 紅茶で流し込み食事終了。

 ごみを片付け始める淡々とした行動に夏南はどこかショックの様子。


「お、おかしい。感動の再会になるはずだったのに」

「……感動、ね?」

「だって、5、6年ぶりじゃない。それなのに、あれぇ?」


 懐かしい旧友と再会すれば、確かに嬉しいこともある。

 実際、那智は元気そうな夏南の顔を見ると、ホッとする反面。


――会わなくてもよかった。


 もう会いたいと想うこともなかったのも事実だ。

 幼い頃は親友で、大好きだったからこそ、会えなくなったのは寂しかった。

 彼女がいなくなった、その喪失感は那智を深く傷つけた。

 好きだからこそ、嫌いにもなる。


――また下手に付き合って、あの喪失感を再びっていうのはごめんだわぁ。


 正直、あの痛みを味わうのであれば、もう関わりたくはない。

 

「えっと、那智はホントに覚えてない? あのさ、私の両親が離婚して、一度はこの町を出て行ったんだけど、また復縁っていうか再婚して。その、去年くらいに戻ってきたんだ」


 家族の事情、彼女の別離には夏南に罪はない。

 それは分かっていても、素直になれないのが、那智と言う少女でもある。


「小鳥遊先輩、でしたっけ」

「そうそう。小鳥遊夏南。昔みたいに夏南ちゃんでいいよ」

「“小鳥遊”先輩」


 あえて口調を強めると彼女は苦笑い気味に、


「どうやら、思い出してもらえたようで」

「いえ、覚えてませんよ。ただの名前の確認です」

「うぅ、昔の那智はもっと素直で可愛かったのに。残念。でも、貴方のこと、見つけられてよかった。ほら、入学式で新入生代表であいさつしてたでしょ? 私、お手伝いで参加してたの。まさか、水瀬那智の名前を再び聞くなんて思わなくて……」


 なるほど、と那智は納得する。

 明らかに夏南は今日、彼女に会いに来ていた。

 どこかで名前を見る機会があったのかと思えば、そんなことだったのだ。

 確かに、那智は成績優秀で、代表にも選ばれていた。


「那智を見つけたのはいいんだけど、声をかける機会が中々なくてさぁ。ようやく、今日、ここで声をかけられた。久しぶり、会いたかったよ。那智」

「だから、貴方の事は知りませんってば」

「つれなくしないでよ。また仲良くしよ? ねぇ?」


 差し出されたその手を見て、彼女はきゅっと唇を噛み締める。


――夏南ちゃん。


 その手を握りたかった。

 昔と同じように、繋いでみたかった。

 でも、それを拒否するように彼女は立ち上がる。


「はぁ。小鳥遊先輩。初対面の女子に握手を求めるなんて勇気ありますね」

「……な、那智ぃ。うぅ、つれなさ過ぎて泣きそう」

「はいはい。もう行きます。いいでしょう?」

「あっ。ま、待ってよ。那智、私ね、料理部に入ってるの」

「料理部?」

「うん。よかったら一緒に入ってみない? きっと楽しいからさぁ」


 困ったことに、簡単にはへこたれないないのが夏南である。

 その後も、しつこく勧誘されて那智は困り果てるのだった。

 旧友との再会。

 喜ぶべきことを素直に喜べない自分が悲しい。


――大事なものを作ると、失うのが辛いだけだもの。


 かつて、親友を失った時の心の空白のように。

 中学時代、恋人に二股をかけられて一方的に捨てられたように。

 大事なものを作っても、那智はそれに裏切られ続けてきた。

 彼女は情に深く、絆を大事にしすぎる性格だ。

 悲しい思いをするくらいなら、最初から関わりたくない。

 那智はいつしか人間関係をそう割り切るようになった。


――なのに、この人は何も変わってないの。ずるい人だわぁ。


 小鳥遊夏南は昔同様に、人懐っこくて、那智に絡んでくる。

 結局、押し切られる形で那智は料理部に入部することになった。

 嫌いになんて、なりきれない――。

 だけど、素直にだってなれるはずもなく。

 その後、夏南は昔のように接するも、那智はそれに意固地なほどに拒絶する。

 ふたりは、微妙な先輩と後輩の関係を続けていくことになるのだった――。

 

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