第15話:気になるあの子は……
常に我が道を行く信愛だが、誰かに憧れたりしないわけではない。
母である那智のようになりたいと思うこともある。
だが、同世代で憧れる存在に出会うのは珍しい。
信愛は自分と正反対である大人っぽい雰囲気を持つ恋奏に憧れる。
「マッキー先輩と恋奏先輩って小学校からの付き合いなの?」
「そうだよ。コイカナは昔から子供らしさに欠けた容姿のお姉さんでした」
「その言い方はどうかと思うわ」
「ホントじゃない。昔から背も高くて、容姿端麗。同学年の子が並ぶと、二学年は上に見られてたでしょ。でも、中身は子供っぽくてぬいぐるみとか大好きだし」
「シアも好きです。最近のお気に入りは拗ねウサシリーズ」
「拗ねウサ、可愛いわよね。私も好きで集めてるわぁ」
意外にも趣味は信愛と似てるようで話が合った。
「あのさ、おふたりとも。拗ねウサって何?」
「私の部屋にある“拗ねてる顔が可愛いウサギ”シリーズのぬいぐるみよ」
「あー、アレね。アンタの部屋はぬいぐるみで埋もれてるからなぁ」
「可愛いのが好きで何が悪いの?」
たまに遊びにいくと、部屋のほとんどを埋め尽くすぬいぐるみの“壁”に直面する。
行く度に増えてるので、牧子も彼女の趣味には呆れがちだ。
「悪いとは言ってません。ただ、アンタの容姿だと趣味は香水とかアロマとか。そういう趣味を勝手にイメージしちゃうだけ」
「そうかしら?」
「まぁ、見た目とのギャップが可愛くていいんじゃないの? ぬいぐるみの数はこれ以上増えると、遊びに行く気もなくなるけども」
友人からの微妙過ぎる励ましに苦笑する。
「アロマは好きだけど、あの手の香りは隣部屋の弟から苦情が来るんです。あの生意気な弟の部屋にアロマをたいてあげたくなるわ」
「へぇ、先輩には弟がいるんだ」
「うん。中学3年生、反抗期の真っ最中。生意気で、困らせられてばかりいるわ」
そう言って恋奏は肩をすくめるのだった。
姉と弟の力関係はしっかりとしている様子。
「さぁて、話を本題に戻しましょうか。ミーナ、協力してほしいのは中庭にステージを作りたいから。コイカナの演奏を中庭で披露したいの」
「恋奏先輩の演奏?」
「私は弦楽器同好会っていう部活に入ってるのよ」
「えっと、吹奏楽部みたいなもの?」
音楽に馴染みがない信愛にとっては、吹奏楽も弦楽器も似たようなものなのだろう。
さすがに、一緒くたにされると困ってしまう。
「吹奏楽部はトランペットなどをメインにしてるわ。ブラスバンドと吹奏楽はイメージ的に同じなものね。弦楽器はヴァイオリンやギターなどの演奏楽器のことよ」
「先輩、ヴァイオリンが弾けるの?」
「えぇ。昔から母の趣味で教えてもらっていたの。ただ、コンクールに出るほどの腕前があるわけでもないし、本格的に習ってやってるわけでもないわ」
「趣味程度っていうけど、謙遜しすぎ。コイカナの演奏はかなり評判がいいんだからね? 譜面も読めない私にはちゃんと演奏できるだけすごいと思うわよ」
聞けば、女子バンドのギター演奏のお手伝いをすることも多いらしい。
ヴァイオリンだけではなく、ギターの腕前も評価が高いそうだ。
「どちらにしてもすごいなぁ」
信愛は小学校のリコーダーですらまともにできなかった。
音楽の才能がないので、すごいと感心する。
「さっきも言ったPVのメインはこの子の演奏なの。絶対に人気が出るわよ」
「一つだけ言わせてもらうと、勝手に動画をアップするのはやめてくれない? 自分の映像を見るのってすごく恥ずかしいわ」
「それがいいんじゃん。多くの人に見てもらえるように、それが私たち、映像制作部の活動だもの。ミーナも一度演奏を聞けば納得すると思うよ」
今回の動画の主役は恋奏である。
そのための舞台を中庭にセッティングしたい。
「中庭のステージ作りは、こちらでする。もちろん、中庭を使わせてもらうからには、そちらのお花の世話の邪魔にならないようにするけども、必要なのは綺麗な花なの。花に囲まれてる演出がしたいから、そこは協力してほしいんだ」
「もうすぐコスモスが咲くから、その時期ならいいと思うよ」
「あとどれくらいで満開になりそう?」
「一週間くらいかな?」
「オッケー。それで行きましょう。それまでに、撮れる映像は撮っておけばいい」
撮影の本番は一週間後に決定した。
他の部員にもそのことを通達する。
「みんなー、コイカナの撮影を先に始めることにするわ。天気の都合にもよるけど、来週の土曜日、撮影予定。スケジュールは、それでいいわね」
「部長。もうひとつの学校案内の動画の方はどうします?」
「コイカナの映像の後に撮影しましょう。あちらは、学校の中の撮影ポイントも決まってるし、去年の素材も使える限りは使えばいい」
「花の見頃も考えて、優先度はこっちってことですね」
「そう。丸岡がCG技術スキルをあげてくれたら楽だったのに。そうすればもっと本格的なPVが作れたに違いないわ」
「無理いいなさんな。3D映画並みのCGスキルを要求されても困る」
ため息がちに苦笑いする副部長であった。
映像を編集をするのは彼の役目である。
「それじゃ、ミーナ。撮影までの間に相談も何度もすると思うけど、園芸部との窓口係をお願いするよ」
「了解でーす」
こうして、映像制作部の動画制作に信愛も協力することになったのだった。
すぐさま、信愛は他の園芸部員達の協力も取り付けた。
問題は部長の香月だが、信愛に任せると言った手前、反対はしない。
中庭の花畑にステージの場所を確保しながら、
「花の位置からすると、ステージはこっちかなぁ?」
「んー、そうなると花の位置をもう少しだけずらしておいた方がいい?」
自分たちにできるのは本番に向けて、綺麗な花を咲かせることだけだ。
責任をもって、いつも以上にしっかりとお世話をすると決めた信愛たちだった。
「そーいえば、香月先輩は恋奏先輩の事は知ってるの?」
「……恋奏ぁ? あの神原恋奏のこと?」
肥料をまきながら香月は「人気がある子だわ」と呟く。
「昔から人当たりもいいし、友達も多い子よ」
「男子人気もすごいとか」
「そうねぇ。同じクラスだけど、人気者なのは間違いない。私の彼氏が、私と付き合う前に恋奏に告ったとか言ってたっけ。見事玉砕したらしいけど」
「……恋奏先輩を諦めて、香月部長を狙った恋人さん、勇気ありますねぇ」
「梨奈ぁ? それはどういう意味かしらぁ?」
びくっと震えた梨奈は「何でもないですー」と逃げ出す。
「まったく。私だって、恋愛くらいは普通だってのに」
「……」
「そこで黙り込むな、フォローしなさい」
「それはシアでも難しいです」
元ヤンだけあって、香月の性格は強気でおっかない印象を抱きがちだ。
だが、信愛は面倒見がよくて、責任感がある香月を頼りにしている。
香月もまた、別段、物怖じしない信愛を気に入っていた。
「ただ、神原は時々、思いがけないことをする子でもある」
「え? どういう意味?」
「……いろんな意味で、目の離せない子だという事よ」
意味深にそう告げる香月の言葉の意味。
後に信愛はそれを思い知るのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます