第14話:出会いはいつだって偶然なもの


 園芸部と映像制作部との因縁。

 信愛という味方を得た、映像制作部の部長である牧子はほっと胸をなでおろす。


「ありがとうね。えっと」

「水瀬信愛だよ、マッキー先輩」

「そのあだ名を定着されるんだ。ならば、私はミーナと呼びましょう」

「……みーな? あぁ、水瀬だからかぁ。初めて呼ばれるあだ名だけどいいよ」


 お互いにあだ名をつけあって笑顔で握手しあう。

 どちらも人見知りをしない気さくなタイプで息もあいそうだ。


「それじゃ、ミーナ。時間がないの。今すぐ部室にきてもらえる?」

「いいけど。何をするの?」

「いろいろと進めなきゃいけないことが多いんだ」


 彼女に連れられて校舎内に入る。

 廊下を歩きながら牧子は信愛に感謝を述べる。


「ミーナがいてくれて助かったよ。あのままじゃ、絶対に香月さんは許してくれなかったし。こっちが悪い負い目もあるからさ。対応が難しくて」

「香月先輩たちも引くに引けないんでしょ」

「それだけのことを私たちはしてしまったの。言い訳なんてできないもの」

「でも、反省してるからきっと香月先輩も心の中では許してるんだと思う。プライドが許してあげられないだけなのです」


 香月は元ヤンゆえに、なめられなくない気持ちが強い。

 つい感情的になってしまい、簡単に許すことができないのだ。


「ミーナのこと、私は知っているよ。一年生でも指折りの可愛い子。人気もあるんだって評判でしょ。今度、ミーナも私たちの映像に出演してみない?」

「機会があれば、ぜひ」

「ふふっ、これは別にお世辞でも、社交辞令でもないからねぇ」


 可愛らしい容姿に人懐っこい性格。

 信愛のそういう所が牧子は気に入ったようだ。


「前にさぁ、彼氏の噂を流しまくった子だよね。うちの学年にまで流れてた」

「イエス。あれはやりすぎて怒られました」

「あはは、仲のいい彼氏がいて羨ましい。私は恋愛してる余裕がなくて」

「そうなの? 先輩も男の子とか寄ってきそうなタイプなのに」

「……人生で二度の告白は共に、お前とは友達でいたいんだとフラれました」

「あぁ、先輩ってそういうタイプかも……」


 雑談をしているうちに部室の方にたどりついた。

 映像制作部の部室は多目的室の隣にある。

 

「多目的室ってパソコンの授業で使う部屋?」

「そうよ。パソコンとか、そういう関係の機材もあるから」

「映像制作部って何をする部活なの?」

「もとは映画制作部って名前だったらしいの。でも、今はそういうのも流行らないから変えちゃったんだって。その分、機材や撮影ノウハウはある」


 撮影機材も部費が潤沢のために良いものをそろえられている。

 スタッフである部員も少なくはないが、締め切り等に追われることも多い。


「今のメインの活動は撮った映像をネットにアップしたり、学校側に提供したりするの。最近じゃPRビデオやPVを撮ったりして楽しんでるわ」

「面白そうかも」

「実際は編集作業とか大変だけどねぇ。やりがいはあるわよ」


 部室に案内すると、中には機材があふれかえり、パソコンが数台並んでいる。


「ここは元々、多目的室だったのだけど、部室として利用させてもらっているの」

「あちらにいるのが部員さん?」


 室内で十人程度のスタッフが会議をしていた。

 ホワイトボードに学校案内の撮影予定を細かく記入している。


「先輩、撮影のスケジュールですけど、来週中には一回目を行いたいんですが」

「そうねぇ。もう一か月を切ったわけだし、さっさと始めましょうか」

「本当なら夏休み中に終えてしまうべきだったのでは?」

「仕方ないじゃない。演劇部のDVD作成に協力していたんだもの」

「吹奏楽部のPV作成もね。肝心な方が締め切りギリギリなのもいつもでしょ」


 軽口を言い笑いあう部員達に牧子は「ただいま」とあいさつする。

 

「あっ、大泉部長。おかえりなさい。園芸部の件、どうなりました?」

「一応、許可はしてもらえたわ」

「ホントですか? あの元ヤンさんをよく説得できましたね」

「奥村先輩にはいまだに深い怒りを抱えてる様子。その辺をつつかれたけど、無事に乗り越えられました。……正直、すっごく怖かったぁ」

「ですよねー」

「がぶりって食べられるかと思ったわ。ぐすっ」

「ホント、怖い人だもんなぁ。俺たちじゃ無理っす。お疲れさまでした」


 本当に怖かったのだろう。

 思い返すと、ちょっと涙目な牧子を部員たちに慰められていた。

 彼らは彼女の後ろにいた信愛の姿に気付く。


「ところで、部長。そちらの可愛らしい美少女は?」

「まさか、ここにきての新戦力。新しい部員とかっすか?」

「違うわ。ミーナは私たちの協力者。園芸部の水瀬信愛ちゃんよ」

「こんにちは、水瀬信愛でーす」


 挨拶をすると「水瀬ってあの?」と知ってる子もいるようだ。

 少なくとも同じ一年生ならば水瀬信愛の認知度は高い。

 

「そっちの状況は? 主役は呼んでくれてる?」

「今、呼びに行ってもらってます」

「そう。なら、ミーナには先に説明をしなくちゃ。書類もらうわよ」


 牧子は机にあった書類を信愛に手渡す。

 中にはスケジュールや撮影ポイントなど、撮影に必要なものがまとめられている。


「今回の学校案内の動画は二種類。ひとつは真面目に学校施設の案内をする映像ね。これは文化祭で実際に流すの。実際の授業の光景とか、部活動の様子とかを映す予定。こちらは撮影スケジュールに遅延はないわ」

「案内役の生徒は小林先輩。イケメンの彼なら安定した映像になるでしょう」

「あとは撮影が順調にいくのを祈るだけよ」


 そちらは来週中には撮影が始まる予定だ。

 ただ、中身は比較的お堅い内容になるのもしょうがない。


「シアたちの中庭を利用したいのはもう一つの方?」

「そうだよ。もうひとつ、こっちの学校案内は砕けた方と言ったらいいのか。主役にしたい人気の子がいてさぁ。その子をメインにして学校内のいろんな場所で映像を撮りたいの。PVみたいな雰囲気でね」


 屋上やプール、体育館などピックアップされているようだ。

 映像制作部が最も力を入れたいスポットが中庭だったのである。


「最初の動画が学校施設を説明をするもの。二つ目は雰囲気を楽しんでもらうもの。そのメインとなる舞台を中庭にしたいのよ」

「ふーん」

「すでに二ヵ所での撮影は撮り済み。まだ完全な編集はしてないけど、この前撮り終えた映像を見せてあげる。こっちに来て」


 パソコンを操作して、映像を信愛に見せ始めた。

 場所はプールで、女子生徒が水着姿で泳いでいる。

 未編集という事もあり、ただの女子が泳ぐ姿だけだ。

 色気のある美人が水着姿を披露する映像に、


「……これはいわゆる、エッチ系のイメージビデオ?」

「違います。そんなエッチぃのじゃないから。何で、ミーナが知ってるの?」

「恋人の総ちゃんがたまにパソコンで見てるから」

「お、男の子だなぁ。とにかく、こういう感じでいろんな場所の映像を撮影しておいて、後で編集するの。メインは中庭で、彼女に演奏をしてらもらうことなんだ」

「演奏?」


 信愛の言葉を遮るように、突然、ドアが開いた。


「お待たせ、マキ。中庭の許可が撮れたんだって?」


 部室に入ってきたのは大人びた美少女だった。

 ショートカットの黒髪に、女子にしては少し高めの身長。

 爽やかな笑みと共に彼女は牧子に言った。

 

「マキ。こっちはいつでも協力できるわよ」

「ありがと、コイカナ。主役なんだから頑張ってよね」

「コイカナ?」

「あぁ、この子のあだ名。恋を奏でると書いて、恋奏(れんか)。小学校の時からの親友でね。私たちはコイカナって呼んでるの」


 恋奏は信愛に「はじめまして」と微笑みかける。


「私は神原恋奏(かんばら れんか)。キミは?」

「園芸部の水瀬信愛だよ。信じる愛で、信愛って名前なの」

「へぇ、信じる愛か。信愛ちゃん。可愛い名前ねぇ。うふふっ」


 上品な微笑、実年齢よりも大人びた印象を抱く。


――綺麗な人だなぁ。シアよりも全然大人っぽい女子だし。


 子供っぽさの残る信愛と違い、あふれる魅力で男子を虜にするタイプ。


――ぐぬぬ。スタイルもいいし。こーいう大人女子にシアもなりたかったです。


 お子様体型なのは地味に自分も気にしているところもある。

 自分とは正反対の大人びた雰囲気に憧れを抱く。


「恋奏先輩はすっごく綺麗だね。大人っぽくていいなぁ」

「あー、コイカナは大人びて見えるけど、外面だけだから」

「あのね、マキ。言い方というものがあると思うの」

「だって、キスしたら妊娠しちゃうって、わりかし最近まで信じてたでしょ?」

「ち、違うわよ。そんなことは……ないこともないけど。子供の頃の話です!」


 思わず赤面して慌てる彼女。

 綺麗で大人びた容姿ながらも、可愛らしい一面もある。


「あはは、キス程度で妊娠してたらシアはもう何人目かな」


 信愛は信愛で、油断したら、リアルでそういう機会が訪れるかもしれない。


「おー、恋人持ちは言う事が大人です。コイカナ、見た目に騙されちゃダメ。このお嬢さんは私たちよりもはるかに恋愛スキルが高くて、実戦経験も豊富な大人なのよ」

「……マジかぁ。私とマキは、恋愛だけは縁がなくてねぇ」

「モテまくるアンタが言うな。お断りしてばかりの人と違って、私は素でモテないし。はぁ、いいのよ。余計な傷を作りそうな恋愛の話はこの辺でやめましょう」


 落ち込む牧子に「お互い、頑張らないと」と恋奏は励ます。

 その二人のやり取りを見て、かなり仲がいい友人なのだと信愛は感じた。

 恋を奏でる乙女、恋奏との出会いは信愛の運命を変えていく――。

 

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