第16話:思わぬ接点
撮影の打ち合わせを何度か経て、ついに一週間後の撮影当日を迎えた。
「おー、ステージと言っても、立派なものねぇ」
梨奈は感嘆とした声をあげながら、中庭に設置されたステージを眺める。
園芸部員の一年生たちの全面協力により、無事にコスモスは満開を迎えた。
そして、花に囲まれたステージが出来上がった。
「舞台設置は演劇部の大道具係さんたちのお手伝い。衣装提供はコスプレ制作部。いろんな部の協力を得て、マッキー先輩たちは動画を撮るんだってさぁ」
「ふーん。総力戦なのねぇ。で、コスモスの花が満開になったのはいいけど、あの今にも噛みつきそうな狼さんは何なのでしょうか?」
遠目に中庭を見守る視線を向ける少女。
園芸部の部長である香月である。
その瞳は殺意に似た敵意とも取れる強い意志がある。
「目がこわっ。シア、普通に怖いです」
「だよねぇ。去年の悲劇を繰り返させないと監視してるらしい」
「香月部長も必死だね。そりゃ、監視くらいはするか。でも、シアたちを信頼してくれてもいいと思うの。お手伝いもしてくれないし」
「あの人なりに慣れあうのが嫌なんでしょう。確執があるのは事実だわ」
梨奈の言う通り、信愛が仲を取り持ったとはいえ、関係改善となったわけではない。
一度や二度の触れ合いで信頼が回復されるわけではないのだ。
「それで、あれが噂の主役、神原先輩かぁ」
「綺麗な人でしょ。恋奏先輩みたいに大人っぽくなりたいデス」
「……信愛ちゃんには無理じゃん?」
「ぐぬぬ。はっきり言われると傷つくよ」
恋奏はコスプレ制作部から提供されたステージ衣装を着ていた。
ドレス風に仕上げられた衣装を着た彼女は美しく、見る人の視線を奪う。
「見てごらん。信愛ちゃんにはない、あのご立派な胸元の膨らみを」
「失礼過ぎだよ! シアにだって、小さくたって膨らみくらいありますぅ」
「比較するのも悲しいね。私もそうだけど」
スタイルの差では完敗だったので深くは追及しない。
信愛は本番を迎えようとする恋奏に声をかける。
「恋奏先輩、すっごく綺麗~」
「あはは、衣装はちょっと気合入りすぎてびっくり。これでもかなり緊張してるわ」
「えー、そうなの?」
「私だって、人前で演奏することに慣れまくってるわけではないもの。ライブ程度は参加しても、コンクールには参加したことがない。批評をされる場ならば、私は間違いなく逃げ出すと思うわ。あんまりメンタルが強くなくてね」
そうは言うものの、緊張しているようには思えない。
何だかんだでステージに立ち、演奏することには場慣れしている。
「何言ってるの、コイカナ。アンタは常に冷静で、何事もクールにこなす子でしょ」
「そうやって、プレッシャーを与えないで。不安に押しつぶされそうになるわ」
牧子は彼女の肩を軽くたたいて励ます。
「今回、カメラを三台も投入してるんだからちゃんと決めてよねぇ」
「……言った傍から緊張感を高めてくれる友人だわ」
「期待してるのよ。コイカナならやれるって。ほら、そろそろ始めましょう。ミーナ、こっちで見学してなよ。特等席で見せてあげる」
信愛は牧子に連れられて撮影の邪魔にならない近い場所へ案内される。
予定時間を迎えて、牧子は最終確認に入る。
「録音係、マイクの音声は入ってる?」
「ばっちりです。いつでもどうぞ」
「カメラの準備はオッケーかしら?」
「こちらもいつでもいいですよ」
「それじゃ、始めましょう。コイカナ、やっちゃって」
準備を終えて、ついに演奏が始まった。
「――っ――」
ヴァイオリンを構えて、弦を引いて奏で始める。
美しい音色が中庭に響き始める。
――綺麗な音。シア、ヴァイオリンの生演奏は初めてかも。
静かな中庭に恋奏のヴァイオリンの音色が響く。
心に伝わってくるような、力強さと繊細さ。
奏でているのは最近人気の曲のアレンジだった。
満開のコスモスの花畑に囲まれた中で。
ヴァイオリン奏者としてステージで堂々と弾く姿。
――うわぁ、恋奏先輩。カッコいい。
間近で恋奏の演奏を聴いていると、シアもドキドキとする。
聴く人を魅了する優しい音色。
自然と高揚感がわきあがる。
――いいなぁ。先輩の音、すごく素敵で心地いい。
信愛も彼女のファンになるような音色であった。
やがて、曲を終えると関係者たちからの拍手が巻き起こる。
偶然、通りがかって聞いていた生徒たちからも称賛の声をかけられる。
ヴァイオリンを下して深く深呼吸する。
恋奏は少し疲れた様子を見せながら、
「ふぅ、さすがに緊張したわ」
「お疲れさま。今から映像のチェックをするから。ダメな場合はもう一回」
「キミは鬼ですか。いつか仕返ししてもいいかしら、うふふ」
「コイカナなら問題ないと思うけどね。ヴァイオリンの音色もよかったし」
「恋奏先輩、予想以上にすごかったよ。上手だね」
笑顔の信愛に恋奏も「ありがとう」と答える。
「ミーナ。ヴァイオリンもよかったけど、この子の本領発揮はギターの方だから。文化祭ではギターリストの姿を披露してくれるわよぉ」
「ホントに?」
「友人のライブに誘われて参加する予定なの」
「才能ある人って何やっても絵になるから素敵だなぁ」
正直、素直に憧れるし、羨ましくもある。
――シアはこれだっていう才能がないからなぁ。
外見が可愛いと言うだけで、その他は平凡な才能しかない。
何か趣味や特技があれば、と思うが、信愛には何もなかった。
「今日は良い日になったわ。こんなにも綺麗な場所で演奏できるなんて。園芸部の皆さんには感謝してる。いい映像になると思うわ」
「私たちも楽しかったよ。恋奏先輩」
映像制作部に巻き込まれる形ではあったが、十分に満足できる結果だった。
「コイカナ、チェック終わった。問題なし。ただ、アップ用の素材として少しだけ映像を撮らせてって。それで撮影終了よ」
「分かった」
「ミーナも協力ありがとう。おかげで撮影もスムーズに言ったわ。部長さんの怒りも買うこともなかったようだし。ホントによかった」
少し肩を震わせて呟く牧子だった。
「マッキー先輩。香月先輩にビビってる?」
「だって、怖いんだもん。油断してると食べられそうだし」
「大丈夫だよ。話せば面倒見のいい人だから。今回の撮影だって、応援してくれてるんだよ。コスモス以外の花を用意して、ステージを飾ってくれたのは香月先輩なのです」
「あの人が? ……それは意外かも?」
「奥村事件があって確執はあるんだろうけどねぇ。香月先輩も素直じゃないしぃ」
いつしか香月は中庭からいなくなっていた。
演奏を聞き終えて、どこか満足した表情に見えたと後に梨奈から聞く。
彼女にも思う所はあって、認めてくれたのかもしれない。
「これで映像は完成なの?」
「いやいや、本番はこれからなのよ。編集作業が私たちを待ってるの」
「地味に大変な作業らしいわ。しばらく、マキから笑顔が消えます」
「ふふふ、疲労困憊の地獄の始まりなのさぁ」
「が、頑張ってね、マッキー先輩」
牧子たちの苦労に信愛も応援するしかない。
「まぁ、撮影はまだもう一本あるんだし。そっちも撮らないと」
「動画を作るのって地味に大変なのねぇ」
「大変だからこそ、完成したら達成感も半端ないの。できた映像は真っ先にミーナたちに見せてあげるから期待しておいて」
「……私は見なくていいわ。自分の動画なんて見たくないもの」
「照れ屋さんめ。コイカナのそーいう所は昔と変わってないなぁ」
牧子は懐かしそうに昔を思い出しながら、
「コイカナは昔から自分の映像を見るのが苦手なのよね。小学校の時の発表会の時の動画とか、みんなで見てたらひとりだけ顔が真っ赤でさぁ」
「余計なことは言わないで」
「コイカナのお母さんが、たくさんビデオを撮ってたのに、全然一緒に見てくれないと拗ねてたっけ。ホント、懐かしい」
「マッキー先輩と恋奏先輩って小さい頃から仲良しさんなんだ」
恋奏は困り顔をしながら、「腐れ縁だもの」と囁くのだ。
「お母さん同士が仲が良くて、私たちも友達になった感じだよねー」
「いいなぁ。そういう幼馴染で、仲のいい女の子の友達がいるのって」
「ミーナにはいないの?」
「んー、シアの場合は幼馴染が男の子だったから。自然と恋人にはなったけども」
「絶対にそっちの方がいいから!? なんだよ、リア充かよー」
唇を尖らせる牧子は「私も男の子と仲良くなりたかったぁ」と叫ぶ。
「はいはい。女の子で悪かったわね、マキ」
「そこまでは言ってませんが」
「異性に憧れる気持ちは分かる。信愛ちゃんの恋人って幼馴染さんなんだ?」
「そうだよ。総ちゃんって言って、意地悪だけど優しい所もある男の子なの」
「……もしかしてだけど、キミの恋人って片桐総司クン?」
「え? そうだけど、先輩は知ってるの?」
彼女は意味深に微笑みながら彼の名前をもう一度口にした。
「そっかぁ。もしかしたら、とは思ってたけども。信愛ちゃんはあの信愛ちゃんなのね。総司クンか。あの子、元気にしてる?」
「え、えぇ。総ちゃんは元気ですよ……?」
信愛にとっては予想していなかった、総司と恋奏の接点。
どうやら彼の事を彼女は知ってる様子だ。
――あの信愛ちゃんって、どのシアの事ですか? 総ちゃんを知ってる?
深く追求しようとしたのだが、タイミング悪く映像制作部の部員が近づいて、
「部長、神原さん。残り撮影の方、お願いできますか」
「えぇ、分かったわ。行くわよ、コイカナ」
「それじゃ、信愛ちゃん。また今度ゆっくりお話しましょうね」
「う、うん。またねぇ」
そこで話は聞けずじまいになってしまい、信愛の中で不満が残る。
立ち去る二人の後姿を眺めながら彼女はきゅっと唇をかみしめて、
「恋奏先輩と総ちゃん。どういう関係なの?」
聞けなかったその関係。
思わぬ接点、疑問だけが残るのだった。
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