第11話:本音をぶつけあってこその恋愛だ


 信愛を探し回るため、廊下で人々にすれ違うたびに失笑や嘲笑が聞こえてくる。


「あれ、片桐じゃねぇ? 最近、悪い噂しか聞かないけど」

「こんな写真が流出するなんて生きていけるのかしらぁ?」

「私なら無理。恥ずかしすぎて引きこもるわ」

「だよねぇ。性的暴行疑惑もホントなのかなぁ?」


 見知らぬ他人からの言葉の暴力が止まらない。

 廊下をただ歩いているだけでダメージを受ける。

 あちらこちらで、総司の顔を見るたびに噂話をされるありさまだ。


「死にそうだ。体力も精神力もガリガリと削られている気がする」


 自分で自分を傷つける“地雷原”に突入した気分の総司だった。

 だが、信愛を止めなければその地雷はずっと終わらない。

 これまでの付きあいの長さの分だけ彼女との間に積み重ねてきた思い出がある。

 信愛が暴露しているのは、そういう想い出だ。

 他人にしてみればどーとでもない一枚の写真。

 総司からすれば想い出もあればバカップルの日常の一ページでもある。


「これ以上の拡散は俺の人生を終わらせる危険性が出てきたぜ」


 もはや、信愛を止める方法はないのか。

 焦燥感に迫られ、走り回りながらも総司は電話をかけ続ける。

 信愛に携帯操作をさせないための苦肉の策である。

 切られまくるのを覚悟で必死に彼女の動きを止め続ける。

 何度目かの電話で、ようやく信愛本人に繋がった。


『あのー、迷惑電話はやめてもらいますぅ? 着信拒否にするよー』

「うるせっ。お前がしてる迷惑行為をやめやがれ!」

『そんなことしてないもんっ。愛の拡散だもん』

「拡散はやめなさい。おかげで俺のプライドはもうズタボロだ」

『シアは知りません。ふんっ、総ちゃんなんて皆から嫌われちゃえ』


 そう冷たく突き放して、電話を切ろうとする。

 このまま切られるわけにもいかず、総司は抵抗する。


「あー、待て。電話を切るな。信愛、仲直りするチャンスを与えてやる」

『いらないよ? 逆じゃないかなぁ。総ちゃんがシアに謝るべきでしょ?」


 イニシアチブ。

 つまり主導権を握っているのはどちらなのか。


『総ちゃんが、「ごめんなさい、シアにもう二度と逆らいません」って、頭を下げて謝罪してくれるのなら、しょうがないから許してあげるけど?』

「……そんなことは言わん」

『じゃぁ、残念。この昼休憩の間に総ちゃんの秘密をばらし続けるだけだよぉ』

「ま、待て。やっぱり、考えさせてください。とにかく、これ以上の拡散はもうやめろ。話し合いで解決を……って、切りやがった!」


 容赦なく電話を切られ、総司はため息しかでなかった。

 総司が全てを失うまでのカウントダウンが始まっている。


「アイツ、調子に乗りやがって……」


 もはや、手段は選んでいられない。

 なんとしても、信愛を確保しなければいけない。

 だが、どうしても信愛が見つからず時間が経過していく。

 総司は奥の手として、友人たちにSNSで一斉送信をかける。


『信愛の現在地の情報を求む。有力な情報提供者には昼食を奢る』


 最初は誰も連絡をくれなかったが、同情もあったのか数件の連絡が来た。

 それらの情報をまとめると、どうやら信愛を数分前に渡り廊下付近で見かけたらしい。

 すぐさま現場に向かうも、入れ違ったのか彼女の姿はなかった。


「まだ近くにいるはずだ、アイツはどこに?」


 渡り廊下を抜けた先、そこは屋上へと続く階段が続いている。


「ここって確か……屋上かっ!」


 屋上に繋がる階段だ。

 確認のために駆け上がり、総司は屋上の扉を開けた。

 すると、そこにはフェンスにもたれて携帯を触る信愛がいた。

 ついに情報拡散の張本人を見つけたのだ。


「見つけたぞ、信愛!」

「……あーあ。見つかっちゃったぁ」


 ウェーブのかかった長い黒髪が秋の風に揺られる。

 信愛は悪戯っぽく舌を出しながら、


「残念。ここで終了かぁ」

「俺の人生が終了するわ!」

「世界が総ちゃんのことを嫌っても、シアひとりだけは好きでいるからね?」


 自分から離れていこうとするのなら、そうさせないように環境を変える。

 理解者は自分だけという状況をまんまと信愛は生み出したのだ。

 そして、信愛の企み通りにすべてはうまくいった。

 

「もう、この学校に総ちゃんの味方は誰もいないよ?」

「ホントだな。お前さんのせいで俺の人生、バイバイだ」


 完全に追い込まれて、総司はもう笑うしかない。

 情けなく乾いた笑いがこぼれる。


「……誰のせいって?」

「訂正、俺のせい。自業自得だと言われてもしょうがないのは認めます。でも、やりすぎじゃないか? こんな真似されて俺はどうやって学校生活を送れというのだ」


 総司にとって特別な相手は信愛だけで十分だ。

 それ以外の誰かが入り込む余地など与えない。


「これだけボロボロになったら、もう誰とも浮気なんてできないよねぇ」

「最初からするつもりなんてないけどな」

「シアから距離を置くなんて真似したら、総ちゃん、今度こそ終わっちゃうね」

「……そうだな。終わっちゃうね。もう人生が終わってる気もするけど」


 これにて信愛の復讐は終わった。

 総司の発言を完全粉砕する形となったが。

 疲れ切って、総司はぐったりと屋上にへたり込んだ。


「信愛なくして、俺はもう生きていけません」

「うん。そうだねぇ」

「あのな、最後に言わせてくれ。あの発言は俺の失態だったのは認めるし、お前を傷つけたのは悪かった。本当にすまないと思ってる」

「うん。反省してくれたなら許してあげなくもないよ?」


 信愛の手には携帯電話が握られている。

 騒動を広めて、写真を拡散させたSNSの恐ろしさを痛感させられた。


「……なぁ、信愛」

「なにかな?」

「俺、お前にはとても悪いことをしたと思うんだ。倦怠期なんてもので、最初に傷つけたのは俺だし、そのあともつまらないことでお前を不安にさせてしまった」

「総ちゃん……」


 反省の意思を見せて、頭を下げて信愛に謝罪する。


「こんな俺を許してくれるのなら、最後にチャンスをください」

「どんなチャンスを欲しいのかな?」

「……お前ともう一度ちゃんと恋人らしくやっていけるチャンスが欲しい。今回の事で俺は反省したよ。もう、俺の学園生活はボロボロだ。どうしようもない。これは自業自得だし、仕方ないことだと思う」


 噂が流れるだけ流れて、どうしようもなくなった。

 総司には何もできない。

 彼はすべてを失い、居場所もなくなり、学校生活は困難になった。

 それが現実だ、今の彼にはこの現実を覆せない。


「俺の居場所はもはや信愛の傍しかないんだ」

「分かってくれたならいいんだよ」

「信愛。愛してるよ、今でもお前だけが俺にとって愛するべき存在だ」

「こんなにされても、嫌いにならない?」


 少しだけ不安そうな顔をするも、総司は安心させるように、


「当然だ。信愛にはその権利がある。そもそも、お前を傷つけたことに比べれば、こんなことは些細な問題だからな」

「そこまで言うなら許してあげてもいいかな」


 総司の誠意を感じ取り、ようやく信愛も謝罪を受け入れる。


「なぁ、抱きしめてもいいか? こんなダメな俺でも信愛の恋人でいてもいいのか?」

「いいよ。最初から総ちゃんはシアの恋人でしょ」

「ありがとう。……信愛」


 立ち上がった総司は信愛の身体を抱きしめる。

 恋人同士の抱擁。

 長く時間をかけて、思いを込めて。


「総ちゃん。もう信愛から離れたいなんて言っちゃダメだよ?」

「あぁ。言わないさ。俺を許してくれ、信愛」


 信愛を腕の中に閉じ込めて、和解をする。

 だが、総司の口元に、わずかながらも笑みが見えた。

 これだけの事をされて、なぜ笑えるのか。

 それは自嘲する笑いでもなく、失笑でもなく。


「総ちゃん?」


 信愛が違和感を抱いたのも当然だった。


「くくっ」


 全面的に屈したはずの総司の目は何も諦めていなかった。

 その目はまだ死んでいない。


「だがな、信愛。俺は諦めんぞ。俺の人生、終わったなどとは言わせない!」

「え?」

「まだだ、まだ俺の人生は取り戻せるんだ。この学校で生きていける」

「何を言ってるの?」

「こういうことだよ、信愛」


 ゆっくりと身体を離す。

 その手に握られていたのは、信愛の携帯電話だった。

 抱きしめた隙に総司は信愛の手から携帯電話を奪い取っていた。


「あ、あれぇ!? いつのまに? あー、何をするの!?」

「悪いな、信愛。罵詈雑言なら思う存分にお前の口から言え。こんなもので拡散されたらたまったものじゃないんだよ。ったく、人を窮地に陥りやらせやがって!」

「ダメだってば。人の携帯を勝手にいじらないでぇ」


 総司に残された起死回生の一手は信愛から携帯電話を奪い取ることだった。

 恥を承知で頭を下げたのは、この瞬間のためだ。


「俺の日常を返してもらうぞ」


 スマホを操作して、すぐさまSNSを開くと、フリック入力で打ち込んでいく。


『みんなぁ、ごめんねぇ。総ちゃんと喧嘩してたけど、無事に仲直りができましたぁ。今までシアが流してた噂だけど、全部が嘘です。てへっ。総ちゃんと喧嘩して、適当に嘘ついてました。ごめんなさい』


 信愛の口調は総司も把握しているので違和感なく打ち込める。


『みんなが心配してくれたことも、全部、嘘なの。総ちゃんがシアに対して無理やりしたこともないから安心してね。いつもちゃんと優しくしてくれて、シアは幸せなのぉ』


 問題となっていた性的暴行疑惑の全否定。

 それ以外の噂の否定も信愛の口からすれば、なんだそうだったのかと誰もが納得する。

 さらに総司に対する好感度が上昇するような内容を書き込む。


『総ちゃんはね、ホントはすごく可愛い子なのです。金髪で怖そうに見えるけどぉ、ペット好きでお菓子も大好きなの。今回、写真をみんなに見せたのはそんな総ちゃんの一面を知ってもらうきっかけにもなりましたぁ』


 写真の暴露はどうしようもないので、それを肯定的に演出する。

 悲しいかな、もはや恥は捨てた。


『今回の騒動、みんなの協力で総ちゃんに「ごめんね」を言わせることができました。浮気もしてませんでした。なので、これ以上は総ちゃんを傷つける真似をしないであげて欲しいの』


 すべてはただのバカップルの喧嘩であり、犯罪性はないことの証明。

 総司に対する風当たりの強さを和らげるためにもどうしてもこれだけは必要だ。


『総ちゃんも十分に反省してくれました。これ以上はもうやめてあげてねぇ。シアからのお願いだよぉ。今回、いろいろとシアの我が侭に付き合ってくれてありがとうね。みんなのこと、大好きだぁ』


 あくまでも我が侭を許される、信愛っぽい内容を書き込んで送信する。

 この騒動の終焉ために必要なのは、信愛の言葉で円満に解決したと告げること。

 超高速で打ち込んで力尽きた総司は口から笑い声を漏らす。


「くくっ、あはは。どうだ、信愛。これなら、俺の人生は終わらないぞ」

「な、なんてことを……しかも、シアの文章っぽいのがムカつく」

「失いかけた人生の半分くらいは取り戻せたであろう。これで明日からの俺の学校生活は多少はマシになるだろうさ」

「し、シアはこんな内容まで許してません。何が、許してあげてねぇ、だよ。人の言葉をねつ造してくれちゃって。ひどい、反省なんて全然してなかったんだ!?」


 総司は「最初にねつ造したのはお前だ」と悪びれずに言い放つ。


「……この面倒くさい騒動はこれで終わりだ。ちくしょうめ」

「うぅ、あと少しで完全に総ちゃんの人生を終わらせられたのに」

「やめてくれ。お前、ホントやりすぎなんだよ」


 最低限、日常生活を送る程度には尊厳を回復できた気がする。

 総司自らの手で、騒動に決着をつけたのだった――。

 

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