第12話:倦怠期を乗り越えて
倦怠期をきっかけにした一連の騒動の終結。
信愛に携帯電話を返した総司はそのまま屋上に大の字で寝そべる。
ぐったりと顔を青ざめさせて深呼吸をしてみた。
「……ふぅ、危なかった。俺の人生、ホントに終わっちゃうところだった」
「むぅ。こんな文章を勝手に書き込んでくれちゃって」
「お前の悪事もそこまでだ。これで、この事件はただのカップルの喧嘩という事で、終わりを迎える。俺の明日は明るいぜ、やっほい」
「写真の流出で受けたダメージは?」
「……恥を捨てた俺に怖いものなどないわ」
言葉とは裏腹にズタズタに傷ついたプライドは修復不能の様子である。
だが、少なくとも、犯罪者扱いはされることはなくなったのが何よりも嬉しい。
心身ともに疲れ切った総司の横にシアは座り込んだ。
「ちゃんと反省してくれましたぁ?」
「お前が反省しろ。加減を知らないのか、こいつ」
「あーあもう少しで、総ちゃんの居場所を完全に奪い取れたのに」
「やめなさい」
やられた方はたまったものではない。
「でもさぁ、総ちゃんが悪いんだよ。シア以外の相手に興味なんて持っちゃダメ」
「だとしても、やって良いことと悪いことの区別くらいつけてくれ」
今回のことで、情報社会の恐ろしさを身に染みて感じさせられた総司である。
見知らぬ相手にまで情報が拡散する怖さ。
情報次第ではまったく知らない人間からの敵意を感じさせられる時代なのだ。
「やりすぎだよ。俺を追い込んで、自分のモノにするって発想がいけない」
「浮気したい、距離を置きたいと思ったお人はどなた?」
「……俺っすね。そこだけはホントにすみません」
あの余計な一言だけは本心からの言葉ではない。
信愛を裏切ることを言ってしまった後悔の想い。
それゆえの罪悪感が総司にもあるために、怒りづらいのだ。
「もし、総ちゃんが本当に誰かと疑惑があったらこの程度じゃ済ませない」
「まだこれ以上があるのかよ」
「あるよぉ。その時は、きっと相手も含めて徹底的に叩きのめしちゃうかもね」
「怖い、怖い。想像もしたくないぜ」
ため息をもらして、空を見上げる総司の横に、信愛も寝転ぶ。
「制服が汚れるぞ」
「いいよー。総ちゃんの真似がしたいの」
すっかりと怒りは冷めた様子だ。
ごろんと寝転んだ姿に総司も一安心する。
ふたりして、薄い雲の浮かぶ初夏の青空を見上げる。
「シアが一番、奪い取りたかったのは“浮気したい”という気力だよ」
「そんなもの最初からない。お前は俺を信じられないのか」
「ママが言ってました。人間って最後の最後に裏切る生き物なんだよって」
「ひでぇ。あと、おばさんの過去がめっちゃ気になる」
信じるという行為は簡単ではないのだ。
どんなに信じていると言葉で告げても、心の底から信じるのは難しい。
だからこそ、本当の信頼には大きな価値がある。
「総ちゃんの前に魅力的な女の子が現れて、誘惑しちゃっても平気でいられるかなぁ? 総ちゃん、美人さんに弱いからさぁ」
「……」
「そこで黙っちゃうのがダメなんでしょうが」
「すみませんねぇ」
嘘の付けない性質である。
総司を疑う信愛だが、ここまで追い詰めたのはただの嫉妬心だ。
「総ちゃんが、シアをちゃんと愛してるって思ってくれないのが原因です」
「……次からは大事にするのでチャンスをください」
「チャンスを上げたら、さっきみたいにシアを騙すつもりね」
「ちげぇよ。もう、あの手は使わん」
「ホントに? ホントに? ホントに?」
「しつこい。だまし討ちはこれっきりだと断言しておくさ」
今回の事で痛感させられたのだ。
「信愛を怒らせるとろくなことにならない。次は俺も切り札を用意しておこう。やられたらやり返す。同等程度の威力を誇る迎撃が必要。そういうことだな」
「そっち!? 違うでしょ。もうっ、反省してないなぁ」
「嘘だよ。反省はしてます。だからな、お前も俺を信じろよ」
「……うん。分かった。でも、信じるけど、裏切った場合は今回の比じゃない復讐をするからね? それだけは覚えておいて」
「全然、信じてくれてねぇ」
お互いに笑いながら、屋上に寝そべっていた。
「雨降って地固まるって、こういうことかなぁ」
「あのさ、信愛。それは被害者である俺が言えば、まとまる話であって、加害者のお前の言うセリフではないぞ。雨降って、床上浸水の大被害だぜ」
「えー、シアの一途な愛をゲリラ豪雨扱いしないでよぉ」
「うるせ。後処理の大変な問題を残しやがって。教室に戻った後が大変だ」
いろいろとあったが、今回の騒動はお互いにとっての存在の必要さを改めて示してくれたと言ってもいい。
代償として、総司のプライドはズタボロになったが。
「総ちゃん。もうすぐチャイム鳴るけど?」
「いいじゃん。サボっちゃえ。しばらくこうしていようぜ」
彼が信愛の手に自分の手を重ねあう。
浮気したいという誤解発言とそれを許さなかった信愛の怒り。
最初こそ、冷たくあしらわれていた信愛が被害者だったが、最後の最後になって本当の被害者と呼べるのは総司の方だった。
「俺は心が広いから、好きな女が多少なりとも無茶したところで受け止めてやる」
「……あの程度では足りなかったと?」
「言ってません。もうやめて。お兄さんがホントに死んじゃう」
「総ちゃんがシアだけを見ていてくれたら、こんな真似はしませんよーだ」
むぎゅっと総司の腕に抱きつく信愛だった。
かろうじて和解しあえたふたり。
とても長く感じられた数日間の“倦怠期騒動”の終結であった。
……。
あれから数ヶ月。
信愛のせいで流れた総司の悪評。
夏休みを挟んだこともあり、すっかりと消えた。
たまに思い出したようにクラスメイトからペットネタでからかわれる程度。
「こんな感じかな。ちょっと前にシアたちもそーいう倦怠期を経験しました」
友人の梨奈から倦怠期の相談を持ち掛けられて、自分の経験談を話し終えた。
信愛たちの話を聞き終えた梨奈は顔を引きつらせて、ショックを受けた様子で、
「――信愛ちゃんの愛が超怖い」
「なんでぇ!?」
「えっと、もはや倦怠期というか破局危機? 話だけ聞いてると、よく総司君がブチ切れずに関係が正常に戻ったね、という率直な感想かな」
「まったくだぜ。俺もあの事件がただのバカップルの喧嘩で終わってよかった。怒りもあれば悲しみも大きいが、こいつのやることだからな。ある意味で慣れてる。お子様の信愛に付き合ってたら覚悟くらいもしてるさ」
「つーん。シアは悪くありませんよぉ」
友人からそう言われて、むくれて不貞腐れる信愛である。
「信愛ちゃん、すっごく独占欲が強い子なんだね」
「当然です。信愛の愛情は広く深い海のようです。愛の深さには自信があります」
「……どす黒い深海のような気分だけどな。深海サメがウヨウヨといそう」
「何か言いましたかぁ?」
「何でもないので、睨まないで」
結局、恋愛の主導権は信愛に握られたままの総司であった。
ふたりの過去の話を聞かされて梨奈は思った。
「お二人の話を聞いてたら、私の倦怠期なんてどーでもいいように思えてきたわ。ある意味で、まだまだ大丈夫だと自信を持てました。ありがとう」
「俺の苦い経験を反面教師にしないでくれ」
「いえいえ。私たちはまだまだ甘い。上には上がいると思えば気も楽になるわ」
「よかったねぇ。自信を持ってもらえて何よりです、えへへ」
「……俺の尊い犠牲を忘れないでくれ」
心底悲しく総司はそう嘆くが、あの事件は何も悪いことだけではなかった。
「でもね、あの事件のあと、すっごくラブラブに戻れました。倦怠期を乗り越えたあとのシアたちの週末はすごかったよね。二日間、ずっとイチャイチャしてたし」
「……あのー、信愛さん? 何を口走っておられるか?」
「あの時はお互いに求めあって、すごかったもん。総ちゃん激しすぎ。経験したことない回数で、もうさすがに無理って思えました。あれだけ求められすぎたらさすがにシアもギブアップ。生まれて初めて足腰が立たないっていう経験をしました、むぐっ」
慌てて総司が信愛の口を手でふさぐのだった。
教室内から冷たい目が総司に一斉に向けられてしまう。
相変わらずの信頼のなさである。
「信愛さん、ちょっと場所を考えて発言してくれませんかねぇ!?」
自分たちの体験を赤裸々に暴露されて赤面する総司である。
「……あはは、総司君たちがやることやってるのは誰もが知ってることだもの」
「そうだ、そうだ。梨奈ちゃん、聞いてよ。その後ね、一か月たった夏休み中にシアのアレが少し遅れて、ちょっと焦ったのもいい思い出です」
「おいおい、アレを思い出にするな? ホントにマジで焦ったから」
恋人同士である以上は乗り越えなくてはいけないのが、倦怠期である。
どう乗り越えるかによって、恋人の今後にも大きく影響する。
「喧嘩したり、愛し合ったり。いろんなことを繰り返すのが恋人じゃん。良いこともあれば、悪いこともある。というのがあの事件で得た教訓だ」
「そっか。私も頑張ろうかな。とりあえず、彼氏とちゃんと話をしてみる」
倦怠期を乗り越える覚悟を決めた梨奈は穏やかに笑うのだった。
「そうだ、総司君」
「何ですか」
「思い出した、拡散された写真ね。まだ私の携帯に残ってたわ」
「今すぐ消して!? 俺の黒歴史を消してください!」
情報社会とは恐ろしく、一度広まったものは中々に消えてなくならいものである。
数ヶ月経っても、忘れた頃に苦い記憶がよみがえるのだった。
「しーあー。お前のやったことの責任、ちゃんと取りやがれぇ」
「む、無理ですぅ」
「ったく、これだから自分のしたことの重さを知らないお子様は怖いんだよ。はぁ。俺の人生を狂わせやがって」
恋は試練の連続である。
人間の良い面と悪い面、両面を受け止めてこその愛でもある。
彼らの苦い経験も、甘い経験も、思い出として心に残る。
総司と信愛の恋愛は甘くほろ苦い。
だが、それも愛の形のひとつなのだと、二人は受け止めているのだった。
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