第10話:信愛の逆襲!


 その日、彼らにとって”大事件”が起きるとは誰も知らない。

 朝の4時に目が覚めて、総司は眠れずにいた。

 昨日の事を思い出すと涙が出そうになる。

 布団に寝転がりながら独り言をぶつぶつと呟く。


「ちくしょう、信愛のせいで俺の立場がないじゃないか」


 もはや肩書きは“性的暴行常習者”や“ロリコン変態野郎”である。

 見知らぬ生徒にも総司は罵詈雑言をぶつけられている。


「アイツがここまでするなんて」


 確かに例の発言は総司が悪い。

 

「だからと言って、この仕打ちはないだろうに」


 これから先の展開も恐ろしく、想像すらもしたくない。

 おかげで熟睡もできなかった。

 もはや不眠症になってしまう勢いだ。


「信愛と何とか仲直りしなければ……」


 このままでは彼の未来は暗黒である。

 ひとつ対処を間違えると、もはや未来はない。


「アイツのご機嫌を取る。それが大事になりそうだ」


 ひたすら相手が許してくれるまで謝罪、それしかあるまい。


「これ以上、怒らせると噂が噂を呼んで俺が退学になるな」


 下手な噂が教師の耳に入るのも時間の問題であろう。

 騒動が大事になるのだけは避けたい。

 ただでさえ、総司は口が悪いという性格のために人望があまりない。

 それでも、学校でそれなりに人づきあいがあるのは信愛のおかげでもある。

 今回の騒動で思い知った彼はお手上げ状態だった。






 しかし、現実は想定したようにはいかないものである。

 いつのまにか寝てしまった総司が起きたのは9時過ぎであった。

 親も起こしてくれず、二度寝で見事に遅刻してしまったのだ。

 彼が慌てて学校に登校してきたのは二時間目終了後。


「まずいことになった」


 三時間目の授業中、総司はぼそっと呟いた。

 信愛を迎えに行くどころか、中途半端な時間に登校するありさまだ。

 当然、クラスメイトからは余計な憶測を生む。

 

「片桐の野郎、堂々と朝帰りしてくるとは……」

「まさか、昨日はホテルでお泊り? ありえない」

「ホント、最悪じゃん。そういえば、誰か別の相手がいるとか?」

「別の相手と子作り楽しんじゃってるのかしらぁ?」


 いらぬ誤解と噂を呼んでるありさまである。


「信愛ちゃんが可哀想。浮気されて、性的暴行されまくって。ひどすぎる」

「一途な心を弄ぶ、極悪非道な男は死ねばいいんだわ」

「ああいう彼氏とはさっさと別れるべきじゃない?」

「でも、信愛ちゃんはまだ見捨てずに思い続けてる。健気な子よねぇ」


 あちらこちらで噂が噂を呼び、悪意に形を変えていく。


「あれでしょ。モラルハラスメントとかいうやつじゃない」

「あー。モラハラ彼氏か。いるよね、自分勝手に支配したがる男の子」

「立場の弱い相手には強く出る、典型的なダメな人。嫌がらせばかりするんだわ」

「同情しかできない。水瀬さんがあまりにも健気で可哀想だもの」


 ひそひそと聞こえてくるのは、総司への誹謗中傷。

 罵詈雑言、辛辣な言葉の暴力。

 何も言い返せないのにフルボッコにされるのだ。


「言われたい放題だな」


 ノートを書きながら静かにため息をつく。

 自分がいくら発言を否定したところで余計に炎上するだけだ。

 自業自得だとばかりに友人たちからは引かれてしまってる。


「ちくしょう。俺のバカ野郎」


 すべてはあの失言が原因である。

 それはどれだけ否定しようとも、覆せないものだ。


「倦怠期の騒動がここまで大きくなるとは……」


 どうして自分はもっと早く、あの時のボヤ騒ぎを鎮火しなかったのか。

 大炎上してからは遅すぎるというのに。

 己の失態をがっくりと肩を落として、総司は嘆き悲しむのだった。






 昼休憩、一人ぼっちの食事を終えた総司は廊下を歩いていた。

 すると、すれ違うたびになぜか、総司の顔を見てくすくすっと笑う生徒が多い。

 

「どうせ、あの噂の事なんだろ?」


 昨日は見知らぬ生徒から「色情魔」と罵られた。

 人の悪意ある噂は対処が難しく、そういう誤解を解くのは難しい。

 だが、どうやら総司の考えていた事とは違う様子である。


「あの子が例の男の子なの? 顔に似合わず、意外ねぇ」

「でもさぁ、あーいう見た目的なギャップは可愛くない?」

「えー、そうかなぁ? 私はなしです」

「ふふっ。私はこーいうのは悪くないと思うけどなぁ」


 女子たちが総司の顔を見ては笑うには理由があったのだ。

 その理由を総司は知ることになる。


「なんだよ、お前知らねぇのかよ」


 比較的仲のいい友人の一人が総司にあることを教えてくれる。

 それは総司にとって絶望させるのに十分なものだった。


「さっきから、SNSで水瀬さんがとびっきりの爆弾を放りなげてるんだぜ?」

「爆弾? まだ何かあるのか」

「リベンジポルノってあるだろ。あれよりきついかもなぁ?」


 ケラケラと笑いながら彼はそう言うので、


「そっち系の画像をばら撒かれてたら俺は死ぬな」


 信愛との行為を写真に撮ったことはない。

 だが、彼女が撮っていた可能性は否定できない。

 ゾッとする総司は冷や汗をかくしかできない。

 まるで心臓をつかまれたように凍り付く。


「やべぇ、今日が俺の最後の日か」


 悲壮感を背負い、絶望する総司である。

 だが、事はもっと重大なものであった。


『拡散希望』


 そう書かれて信愛が拡散させていたものは、


「な、なんじゃこりゃぁー!?」


 思いもよらぬ画像が拡散されていたのである。






 教室に戻ると、クラスメイト達はにやにやとした顔で総司を見ていた。

 朝帰りだ、なんだと騒いでいたのとは別次元の嘲笑い。

 

「よぅ、片桐。お前、ペット好きなんだってな?」

「こんな顔をするなんて、可愛いところもあるじゃない?」

「笑っちゃダメだよ、みんな。可愛いものを好きなのに理由はないんだから」

「そうそう。だけど、笑えるわぁ。あははっ」


 教室中から笑い声を浴びせかけられる。

 彼らが見つめる携帯電話にはとある写真が写っている。

 そう、信愛が拡散させていたのは、総司が子猫を抱いて微笑む姿の写真。

 普段の彼からは想像もできないほどの屈託のない笑顔である。


「や、やめろぉー!? おやめになってぇ!」


 何を隠そう、片桐総司は大のペット好きである。

 マンション暮らしのために動物が飼えず。

 恋人とのデートで、時折ペットショップに立ち寄ることがある。

 そこで、子犬やら子猫やら、ウサギやフェレットなどの小動物を眺めて過ごすのがたまらなく好きなのだ。


「おい、こっちの写真を見ろよ。なんだ、こりゃ?」

「お腹出して寝てる可愛いフェレットを見て溶けそうになってるぜ」

「デレデレしちゃって。子猫と一緒に写真を撮ってる姿も可愛いじゃん?」

「こっちなんてワンちゃんとキスしそうになってるよー」


 小動物に囲まれて無邪気な子供のように表情を変える。

 普段の総司とは全く違う表情。

 まるで強面の親父が初孫に見せる笑顔のようである。

 動物大好き、溺愛するほどにペットを抱きしめて笑う総司の写真。

 次々とアップされていくので、笑いが絶えない。


「もうやめて!? お願いですから!?」

「総司君、動物が好きなんだ? 意外だねぇ」

「ホント。お前、子犬の前だとこんな顔をするんだよな?」

「俺の家にいる子猫を持ってきてやろうか」

「リアルに見てみてぇ。なぁ、ペット大好きな総司くん?」


 クラスメイトが大爆笑する中で羞恥心に苦しむ。

 

「ぐ、ぐぬぬ……信愛のやつ、とんでもないものを拡散させやがってぇ」


 まるで羞恥プレイをされているような気恥ずかしさ。

 死にそうな総司は顔を赤くするので精一杯だった。

 穴があるのなら入りたい。

 そして、埋もれて消えてしまいたい。

 

「あら? 今、別の写真がアップされたわよ?」

「次は何だ? どんな片桐の隠された一面が見れるんだ?」


 クラスメイトが期待にわく中で総司は困り果てていた。


「もうやめてくれぇ! し、信愛はどこだ? 今どこにいる?」


 これ以上の拡散を阻止したくて、信愛の捜索に出たい。

 それを食い止めるのは女子たちの声だ。


「総司君。こんな写真まで流出しちゃってるわよ?」

「やばい、私の彼氏がこんなのだったらドン引き」

「えー。いいじゃん、面白くて」


 総司は携帯電話で確認すると、信愛が次に拡散させている。

 それは彼の更なる秘密の一面。


「ぎゃー!」


 彼にはもうひとつの趣味がある。

 大がつくほどの甘党。

 その写真に写る総司はケーキバイキングで大量のケーキに囲まれて、幸せの満面の笑みで写っているのだった。

 たっぷりの生クリームのケーキをほおばる姿。

 男ならば、誰にも見られなくないものである。


「……欲張り過ぎでしょ、これ。何種類あるのよ」

「食べ放題だからって、ここまで食べられるの? 男の子なのに」

「うるせー! そんな目で見るなぁ! い、いいだろ、男がケーキ好きでもさぁ」

「悪いとは言わないけど、見た目からのギャップが半端なくて」


 総司が隠してきた数々の秘密。

 表舞台にさらされてしまう、まさに悪夢の日であった。


「ペット好きで、ケーキも大好き? ギャップ萌えでも狙ってるの?」

「これ、誰得? 誰の需要もないってば」

「普段は硬派っぽいくせに、こんな可愛い姿も信愛ちゃんには見せてるのねぇ」

「恋人の前だとキャラが変わるタイプなのかしらぁ?」


 信愛との長い付き合いゆえに、秘密という秘密をたくさん知っている。

 あれやこれ、それも公開されると非常にまずいものがある。


「こ、これ以上拡散されたら俺が死ぬわ!」


 今すぐにでも信愛を止めないとえらいことになりそうだ。


「俺が社会的に殺される前に、信愛を止めてやる」


 精神力や体力が残っているうちに、と信愛を探しに出かけることにした。

 だが、現実はとても悲しく厳しいもので。


「あっ、次の写真がアップされたよ」

「今度の奴の秘密はどんなのだよ?」

「きゃー。今度は信愛ちゃんに総司君が膝枕されてる」

「やだぁ、可愛い。えー、意外にも甘えちゃってるの、彼?」

「こーいうバカップルぶりを皆に知られるのって恥ずかしすぎよねぇ」


 秘密の暴露、個人情報の拡散が止まらない。

 捜索の間にも総司のあられもない画像が流出し続けていくのだった。

 総司の秘密が世の中に暴露されまくる事件。

 携帯電話ひとつで、彼の人生を大きく歪めてしまうもの。

 

「ちくしょー! 信愛を止めないと俺の人生が終わる。社会的に死んじゃう」


 その犯人である信愛を探すために学内を走り回るのだが見つからない。


「おのれ、信愛めぇ! 俺の人生を返せぇ!!」


 泣きわめきたい気持ちを振り払い、全力ダッシュするしかなかった。


「……お願いです。早く見つかってくれ」 


 人生最大のピンチ。

 総司の明日はあるのか――。

 

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