第37話:素直になれない男心


 水泳対決での敗戦を受けて、ウォータースライダーに和奏と乗ることになった。

 だが、そんな和奏から思いもよらぬ言葉が飛び出す。


「実は私、ウォータースライダーが苦手なんです」

「……お前の言葉は信じられん」

「何でですかぁ。今回はホントですよ。プチ高所恐怖症な上に、絶叫マシン系もダメなか弱い乙女なんです。スライダーは子供用ので十分です」


 そういいながらも長い階段を上り、行列に並ぶ。


「あと10人くらいですかね」

「……ホントに苦手ならやめるのは今しかないぞ」

「うふふ。そうはいきません。先輩にギュッと抱きしめられるチャンスです」

「そうか。俺はカップルでも使えるウォータースライダーって乗ったことがない」


 ちなみに八雲もあまりウォータースライダーは得意ではない。

 和奏はどこか不安そうに言う。


「以前、ひとりでウォータースライダーに乗って怖くて泣きそうになったこととがあります。危うく失禁までしそうなほどに怖かったんです」

「プールでやっちゃダメー。やめよう、今すぐやめるぞ」

「今は大丈夫ですよぅ。去年の話ですし」

「つい最近じゃねぇか! 大丈夫の言葉はどこから来た」


 発言の根拠がまるでない。

 なにゆえに自分の苦手なものを選ぶのか。

 和奏には自爆する悪癖があるのではないかと八雲は疑う。


「あら、トラウマは克服するべきでしょう?」

「俺を巻き込まないでもらいたい」

「純粋にウォータースライダーを楽しみたい気持ちもあるんです。きっと先輩と一緒なら楽しい思い出になるのに違いありません」


 そう言いつつも軽く彼女は身体を震えさせている。


――無理して乗ることはないだろうに。


 和奏の無駄な勇気が八雲を困らせてくれる。


――こいつらしいといえばそうなんだけどなぁ。


「マジで怖いのなら勇気ある撤退をしろ。無謀と勇気をはき違えるな」

「おトイレの心配ですか? 今回は危機的状況にはないと思うんですが」

「そっちじゃねぇよ!? 誰も心配などしてないわ」

「……え? 漏らしてもいいと? もしかして、先輩にはそういう変態趣味が?」

「俺を勝手に変態趣味にするな」

「よかったです。私もその愛には応えられるか自信がなかったので」


 そんな冗談を言ってる間に、八雲たちの順番を迎えた。

 係員が注意事項を数点告げる。

 そして、ウォータースライダーの入口へとふたりは座る。


「先輩、私のことを後ろからぎゅってしてください」

「……」

「あー、お腹に手をまわしてください。できれば強めにお願いします。あと、勢いで、私の胸を揉んでしまっても怒りませんよ?」

「するか。いいから用意しろ」


 和奏を背後から抱きしめる形で、彼らはスタートする。

 急激な降下を始めるスライダー。

 水しぶきをあげて、勢いよくコースを下っていく。


「きゃっー」


 可愛らしく叫ぶ和奏を八雲は抱きしめるしかない。

 身体が密着しても離れなれない。


――こーいう風に照れくさくなるから嫌なんだよ。


 もちろん、嫌なわけではない。


――ん? 意外と和奏のお腹は柔らかいな。隠れポチャ子か。


 と、手に伝わる柔らかな感触にかなり失礼なことまで考えていた。

 無防備な和奏の身体に触れたまま、スライダーは中盤付近へ。


「せ、先輩? あの言いにくいんですが……きゃー!?」


 和奏が何かを言おうとするも、急カーブで答えられず。

 スライダーで滑るふたりはさらに密着する。


「あ、あの……あのですね?」

「だから、なんだよ」

「……何でもないです」


 いつもと違い、恥ずかし気な声をあげる彼女。


――なんだ、こいつ? 怖くなったのか? だから言ったのに。


「もうすぐ終わる。トイレはそこまで我慢しろ」

「ち、違います。そうではなくて……」


 スピード感のあるスライダーはあっという間に終わりを迎える。

 最終カーブに突入しようとした瞬間だった。


「あっ」


 彼女が何に恥ずかしがっていたのかに気付く。

 自分の手がどこを掴んでいたのか。

 そう、八雲のその手はお腹に回されてたのではなく。


「まさか……!?」


 両手に伝わる柔らかな感触の正体。

 これだけ細い彼女がポチャ子なわけもない。

 思いっきり、和奏の胸を揉んでいたことに気付く。

 慌ててその手を慌てて離そうとしたために、


「きゃぁっ!?」

「うぉっ!?」


 最後に勢いよく和奏たちはプールへと放り出される。


「し、しまったぁ!?」


 大きな水しぶきをあげて、頭からプールに突っ込む。

 体勢を崩した状態の八雲はプールの水底に沈むのだった。






「ひどい目にあった」


 危うく溺れそうになった八雲は、和奏に救出されるという情けない結果を迎えていた。

 プールからあがる彼は大きなため息をつく。


「八雲先輩にセクハラ行為をされてしまいました。えへへ」

「……セクハラではない」

「でも、ひたすらモミモミされてしまって……」

「あぁ、はい。そうですね。俺が悪かったよ、すみませんねぇ!?」


 自分のしでかした罪は受け止めなくてはいけない。

 セクハラ行為をしたと訴えられても文句は言えない。


「先輩が私のおっぱいを揉んで楽しんでたようです。揉み心地はどうでした?」

「楽しんではない。ただ、最初はお腹だと思ってたんだよ」

「ちょっと、失礼なっ!? わ、私、ポチャ子じゃないですよ?」


 彼女は動揺して、八雲に自分のお腹を見せつける。

 すらっとした綺麗なお腹だ。


「見てください。掴めるほどに無駄なお肉などありませんっ!」

「ご、ごめん。悪かった。すみません。失言でした」

「むぅ、ひどいです。先輩に弄ばれました。屈辱です」


 頬を膨らませて彼女は拗ねる。

 

「あー、もういろんな意味で悪かったよ。すまん、許せ。ほら、そろそろ飯でも食べようぜ。おごってあげるから。何がいい?」


 彼女のご機嫌を取り直すために八雲は昼食を勧める。

 レストランも併設しており、水着のままでもテラス席で食べられる。


「ここのシーフードカレー(甘口)が好きなんです」

「俺も辛口の方にするか。それじゃ、待ってろ」

「あと、ジュースはマンゴーミルクラッシーでお願いします」

「はいはい。ミルクラッシーね」

「デザートはアイスクリームの三種盛りで。食後にお願いしますね」

「ある意味で容赦ないな!? 実は相当に怒ってます?」


 彼女は笑顔を浮かべ「いえいえ。怒ってませんよ? 本当です」と答えた。

 誰が見てもそうは見えない顔をして――。

 ダイエットを頑張る乙女への失言は高くついたのだった。






 財布的に大ダメージを受けた八雲がカレーをもって和奏の座る席に戻ってきた。

 エビやイカなどの魚介類が入り、黄色のサフランライスが綺麗なカレーだ。


「どうぞ、シーフードカレーとマンゴーラッシーだ。デザートは後で買ってやる」

「実はカレーを辛口の方にこっそりと入れ替えたりとか」

「してねぇよ! 子供じゃないんだから。ちゃんとそっちは甘口だ」

「それは安心しました。では、いただきます」


 スプーンでカレーを一口食べると和奏は「美味しい」と表情を変えた。

 特に和奏が大好きなエビの風味が感じられる。


「魚介の旨みを感じられる一品ですねぇ」

「値段も相当だけどな。確かにこれはうまい」

「本格的で美味しいんです。私はお肉よりも魚介が好きなので」

「俺はその二択なら肉派だけどな。それにしてもこれは……」


 八雲はシーフードカレーの黄色のお米が気になるようだ。


「よくカレーとかで黄色い米があるけど、これは何だ?」

「多分、サフランライスです。香辛料のサフランを入れて炊いてるので、こんな黄色になります。サフランライスは高級感のある香りがよくて魚介系に合うのでパエリアなどによく使いますが、肉系のカレーだとターメリックライスも多いです」

「ターメリックライスか。スパイスの香りがするお馴染みのやつだな」

「どちらもよく似ていますが、ターメリックライスの方がカレーに使われていることが多いですよ。それにサフランの方がお値段も何倍以上に高いんです」


 和奏は「このサフランの香りがいいんですよ」とお気に入りのようだ。

 エキゾチックな香りも魚介とよく合い、食欲をそそるのだ。


「先輩は辛口が好きなようですけど、どうです?」

「うまいぞ。こうピリッとした辛さを舌で感じられるのがいい。辛さとは痛覚だっていうからな。これくらい辛い方がいい。お前も食べるか?」


 辛いのが苦手の和奏は全力で拒否するのだった。


「飯を食べ終わったら、もう一度俺と勝負してください。今度は約束なしでいい」

「リベンジですかぁ。私も水着が脱げるリスクを背負って戦いましょうか」

「そんなリスクはいらんわ。お前に負けっぱなしなのが嫌なのさ」

「うふふ。リベンジ、大いに結構です。私も負けませんよ?」


 負けず嫌いな和奏とリベンジに燃える八雲。

 なんだかんだ言いながらも、プールを思う存分に楽しんでいるふたりだった。

 

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