第36話:スト子流ラブアタック!
「……女の着替えって遅いよなぁ」
八雲は水着に着替え終わり、プールの前に準備体操まで終えて待っていると、
「えいっ、八雲先輩を捕まえましたぁっ」
「何っ!? ば、バックアタックだと!?」
ぎゅっと背後から抱きつかれてしまい、八雲はドキッとする。
「お待たせしました、先輩」
「びっくりしたわ。いきなり後ろから抱きつくな」
「なんでしょう。今日の先輩は隙がありすぎてちょろいですねぇ。思ったよりも浮かれてくれてます? 私の露出度が高いので先輩もドキドキしまくりますよね?」
「……近づくな。プールに入れなくなったらどうする」
背中越しに伝わるのは胸のふくらみの感触。
水着越しとはいえ、突然のダイレクトアタックに戸惑う。
いくら八雲に女性経験があるとはいえ、魅力的な女子を前に余裕などない。
――こいつ、ホントに胸周りだけはやばい。
母を超えて成長盛り真っ只中のダイレクトアタックは八雲に効果抜群だ。
――ええい、意識したら負けだ。頑張れ、俺。
今こそ、男としての精神力が試される時である。
でなければ、今日というこの日に八雲は和奏に敗北することになるだろう。
下半身的な意味で。
「今日の私は本気で先輩を落とす気ですよ?」
「……今までは本気じゃなかったのか」
「だって、先輩ってばずっとスト子としてしか見てなかったでしょう? ですが、今は違います。私を一人の女の子として大好きになってもらえるチャンスです」
このタイミングをずっと待っていたのだ。
和奏にとっては八雲から女の子として愛されるチャンスなのである。
「とりあえず、離れますね。せっかくの水着を見せつけないと」
名残惜しそうに八雲から離れると、彼女は自分の水着姿を見せつける。
「どうです? 私にドキッとしてくれます?」
可愛らしくポーズをとりながら、水着アピールをする。
胸元にボリュームのある黒いビキニの水着姿。
水着一つで可憐な和奏が大人びたように見える。
「お母さんは白い水着の方が清純さをアピールできていいよって勧めてくれたんですけど、私の調べでは先輩は黒水着系の美女が好みらしいですね。そこを攻めてみました」
「当たってるけど、誰情報だよ。こ、浩太が裏切ったのか!?」
「いえ、まぁ。利用できるものはなんでも利用しないといけません」
どこかそこには触れてほしくない様子の和奏。
――ま、まさか貸し借りしてるDVD系統? そっちの方がまずいんですけど。
何を見たのだ、と逆に聞きたくなるのをこらえる。
「どうでしょう? 先輩。私に欲情します?」
「欲情!? 言い方に気を付けなさい」
「では、私に見惚れてしまいますか? 視線を釘づけですかぁ?」
ぐいぐいと迫ってくる和奏に八雲は視線の行き場所を探しながら、
「いいんじゃないか。うん」
直視できないのは、意識しすぎると本気で落とされそうだったからだ。
――可愛さ増しすぎて、どうにかしそうになるぜ。
八雲もひとりの男として和奏に手を出しそうになる。
それは危険な行為だと思い知っている。
――手を出したが最後、和奏に好き放題にされる人生の始まりだ。
弱みを見せたら終わり。
主導権を握られたくはない八雲のプライドだった。
「それじゃ、プールに入りましょうか?」
「一応、聞いておくが、お前って泳げるのか?」
普通のプールと違い、いろんなプールがあるため、水深もさほど深くはない。
泳げなくても大丈夫なプールを選べばいいだけだ。
「私ですか? えぇ、人並みに泳げ……」
そこで和奏は何かに気付いたのか、言葉を訂正する。
「いえ、実は泳げないんですっ! だから、手取り足取り、密着プレイで泳ぎを教えてくださいっ。さぁ、愛の個人レッスンをお願いします」
「嘘つけ!? 今、泳げるって言いそうになっただろ!」
「……ホントですよー。泳げないんです。カナヅチさんなんですぅ」
そう嘘をついて、まずはゆったりとした流れるプールで遊び始める。
プールの水は温水で、今の時期でも十分に楽しめる。
「気持ちがいいです。ひんやりとしたプールと違って、身体も冷えにくそうです」
「そうだな。で、お前はどの程度泳げるんだよ?」
「全然ダメなんですよぉ。この程度で浮いて回るくらいが限度です。くるくる」
回るプールはゆったりと子供でも楽しめるようにできている。
「それはいいって。マジで溺れられても困るからな」
「うぅ、先輩って真面目さんですねぇ。スイミングスクールに通っていた時期もあるので、一通りは泳げますよ。得意種目はバッタでした」
「めっちゃ泳げるじゃんか!?」
バッタ=バタフライのことである。
和奏は見た目よりも運動神経がいいようだ。
「合気道といい、水泳といい、地味に運動系スキルがあるのな」
「お母さんがそっちの習い事ばかりさせたせいですね」
「自慢の泳ぎっぷりを見せてみ。あっちに普通のプールがあるから勝負しようぜ」
「はっ、先輩がまさかのおっぱいポロリを狙ってます? どうしましょう。水着のひもをほどく瞬間を考えておかないと……」
「何も考えるな、普通にしておけ。じゃないとデートを強制終了させるぞ」
八雲に叱られて「ごめんなさい」と拗ねる和奏だった。
流れるプールから普通の25メートルプールに移動する。
幸いにもこちらのプールは人気も少なく、十分に勝負もできる。
「ビキニ水着でバタフライをしたら普通に脱げてしまうような気がします。さすがの私も先輩にだけさらすならまだしも、露出癖はないんですよね」
「普通にクロールでいいだろう」
「いえ、やるなら勝ちたいです。私、こー見えても負けず嫌いなので」
和奏という少女は負けん気が強い一面もあるようだ。
――そうじゃなきゃ、あの那智を倒せるはずもないか。
そしてやるからには、相手を徹底的に倒すのが和奏なのだと知っている。
「勝った方が何でも命令できるとか、そういう勝者のご褒美でも用意するか」
「やりましょう、先輩。例え、水着が脱げても貴方に勝ちます」
「言っておくが、プールから追い出されるマネをしたら反則負けな」
「ぐぬぬ、こんなことならスクール水着でくるべきでした」
「それはそれでどうかと思うのだが」
和奏ほどの胸囲があると、あの水着は別の意味での脅威になる。
「水泳勝負か。俺も腕に覚えはあるぞ」
実は八雲も水泳に関しては自信があるのだ。
「中学時代、水泳部の友人に交じって学校のプールでよく遊んでたからな」
得意なのは一番早いクロールである。
和奏相手とはいえ、負ける気はなかった。
「さぁて、勝負開始と行きますか。往復一回の50メートル勝負な」
「望むところです。では、勝利したら八雲先輩の人生をもらいますね。えへっ」
「重すぎるわ!? 水泳の勝負で俺の人生を賭けられるか」
「ダメですよぉ、約束は絶対ですもの。はい、スタート!」
「しまった!?」
完全にタイミングをずらされて、和奏がフライング気味にスタートする。
勢いよく飛び込む彼女の後を追うようにすぐさま飛び込む。
――甘いな、男と女の体力には致命的な差があるんだ。
多少、出遅れたところで、その差が埋まるはずはない。
――この勝負、最初から決まってるんだよ。悪く思うな!
八雲がクロールで泳ぎだし、対戦相手の和奏に視線を向けると、
「な、なぁに!?」
美しすぎるバタフライで勝負を決めに来ていた。
豪快に細い両腕で水をかき分けて、見事なバッタで八雲を引き離そうとする。
バタフライは見た目以上に難しい泳ぎ方である。
それを華麗に決めて、ハイスピードで泳ぐにはかなりの練習量が必要だ。
――バタフライ上手すぎ!? アイツ、マジで泳ぎも得意かよ。本気でいくか。
男として負けられない戦いなのである。
クロールとバタフライなら、通常はクロールの方が早い。
八雲はプライドでも負けじと泳ぐのだが、
――どうしてだよ。和奏に全然おいつけないんだ。げふっ。
むしろ、距離は引き離されていく一方だった。
――や、やばい、和奏のやつ。めっちゃ早いんですけど!?
思った以上に見事なバッタで八雲を置いていく。
――水着ほどけろ。水着ほどけろ。水着、ほどけろぉ~!?
煩悩とは関係なく、負けたくない意地から最低な願いを心の中で叫び続ける。
だが、現実とはあまりにも非情なものだ。
八雲の奮闘むなしく、最低な願いも悲しく。
――ここでアイツに負けるわけには……約束が……あっー!?
和奏の背中がどんどんと遠ざかっていく。
互角などではなく、結果は大差で引き離されての無様な敗北であった。
「私の大勝利です、ブイっ」
先にゴールした和奏はピースサインで勝利宣言する。
全力を出し切ってもおいつけず。
体力を浪費したせいで水の中に沈みそうになる。
「ぜ、ぜはぁ、はぁ……くがぁ、はぁ……」
息も荒く、完全敗北に八雲は心が折れそうだった。
本気勝負で負けた、自信があっただけに敗北感を味わう八雲は、
「ビキニ姿であの速さとは……。水着がほどけなかったのが俺の敗因だ」
素直になれず、負けも認められなかった上に言い訳もカッコ悪すぎである。
この敗北は男としてのプライドも何もかもズタボロにされてしまった。
勝者の余裕か、和奏は水着に手を当てながら、
「水着をほどいてほしいんですかぁ? 先輩もエッチぃですねぇ」
「ホントにほどこうとするなぁ!? 目のやり場に困るわ。レッドカードだ」
「冗談ですよ。素肌をさらすのは夜のお楽しみです」
「そんな楽しみはない!」
「では、約束なのですけど。何でも命令しちゃってもいいんですよねぇ?」
和奏は悪い顔で笑みを浮かべて、人生の危機感に襲われる八雲である。
顔を引きつらせて「ま、待て」とどうしようもない立場に追い込まれた。
「あ、あのな、約束といっても人生の束縛は……」
「そんなものは命令ではなく、自分の実力でして見せます。実力で先輩の心を私だけのものにしてさしあげますから。約束の方ですが、あれにしましょうか」
彼女が指をさすのはこのプールで一番の長さを誇るウォータースライダーだ。
「一緒にしてもらいます。嫌がってもダメですよぉ。約束ですもの。うふふ」
どう考えても密着必死な展開である。
――俺が嫌がると思って先手を打たれた。どうするんだよ、アレ。
勝利の女神が和奏に微笑んだことを後悔するしかない八雲であった。
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