第34話:愛の勝利にご褒美を!
「八雲先輩。お待たせしましたぁ」
那智に勝利した和奏は八雲と合流する。
校門で待ち合わせをしていたのだ。
「静流ちゃんも一緒だったのか」
「はい。言ってませんでしたが、彼女は那智先輩の妹です」
「え? そうなんだ? あの那智の妹にしてはお淑やかすぎるけど。育ちの差か」
女子校育ちは伊達じゃない、と納得する。
静流はそっと頭を下げながら、
「この度はお姉ちゃんが迷惑をかけました。あんなひどいことを神原先輩たちにしていたなんて知らなかったんです」
「まぁ、姉妹といえども知らないこともあるだろうし。静流ちゃんに謝られることじゃないよ。それで、和奏の方はどうなった?」
「完膚なきまでに叩きのめし、完全勝利を得ました。褒めてください」
「……にこにことした顔で言われるのもアレだが。よくやった」
「えへへ。撫で撫でを希望しますよ? 思う存分やってください」
和奏の頭を撫でてやると彼女は子供のように喜ぶのだ。
「それにしても、静流ちゃんが那智の妹だったとはな」
「実は裏で協力してもらってました。私との接点を相手に知られたくなかったので、隠していたんです。静流の協力なしにはこの勝利は成し遂げられませんでした」
「ということは、お前の言ってた情報源って?」
「えぇ、静流です。姉のことは妹に聞くに限ります。戦略を練るには情報が不可欠ですからねぇ。おかげで有利に進められました」
「私も最初は信じられなかったんです。けど、話を聞いてたらお姉ちゃんがあんなにひどい真似をしているんだって知って。ホント、神原先輩には申し訳ないです」
勝利のために、情報戦を制していたのが大きい。
何事も作戦には確かな情報が重要なのだ。
「那智先輩にとって一番大事なのは静流。溺愛する妹に嫌われてしまうことほど、彼女にとって恐ろしく悲しいことではありませんからね」
「なるほど。親友すらも利用するか。友情を犠牲にするとか言ってたのは?」
「そ、そこについては黙秘します。いえ、お気になさらず。私は浮気はしない人間ですので。それに無事に友情も守られましたし。ねぇ、静流?」
「う、うん。そうだね……神原先輩、そこには触れないでください。お願いです」
後輩たちがふたりして微妙に顔を赤らめる。
那智を追い込むためとはいえ、していた行為の説明などしたくもない。
「よく分からんが、まぁいいや。それにしても、悪かったな。静流ちゃん。那智とは仲のいい姉妹なんだろ? こんなことに巻き込んでしまってさ」
「いえ、私はただお姉ちゃんの悪事を止めたかっただけです。今回の事でお姉ちゃんもきっと反省してくれると信じています」
那智がこれからどうなるのかは誰にも分からない。
再び悪い方向へと向かうか、それとも……。
八雲はせめて自分に再び悪意が向かないことを切に願うだけだ。
「彩萌先輩の方はどうでした? 真実を知り、ショックだったのでは?」
「アイツはああ見えても前向きなやつだからな。一週間もすれば心の傷も癒えて、新しい恋でもしそうなタイプだぜ」
「彩萌先輩らしい。次こそは失敗のない恋をしてもらいたいものです。八雲先輩も言いたいことを言えましたか? ちゃんとお別れできました?」
「まぁな。区切りはついたと思う」
彩萌との関係にひと区切りをつけた。
いろいろとあったが、今は晴れやかな気分でもある。
「それはよかった。これで憂いなく私に愛を傾けてくれますね」
「それはどうかな?」
「ふふっ。先輩が照れ屋やさんと言うのは周知の事実です」
素直ではない八雲を受け止める。
少しずつ、お互いの距離感を掴みつつあるふたりだった。
「そう言えば、和奏。お前、那智を倒すための3つの矢があるって言ったけどさぁ。彩萌との関係の解消、静流ちゃんの登場だとすると、あと一つって何だったんだ?」
「……忘れた頃にやってくる、追撃の一撃とだけ言っておきます」
この期に及んで、まだ那智の心を破壊する気らしい。
最後のトドメを忘れないあたりが、容赦のなさを物語っている。
「含みを持たせるところが怖いよ。お前を怒らせると怖いことになりそうだ」
「大丈夫ですよ。私を怒らせないように、甘やかし続けてくれたらいいだけです」
八雲の腕に抱きつきながら、和奏は笑顔でそう答えた。
今日くらいは自由にさせてやろうと、彼も手を放そうとしなかった。
今回の騒動で八雲は和奏に魅力を感じて、惹かれていることに気づけた。
それが成果だともいえる。
「そうだ、八雲先輩。今日の勝利のご褒美で、私たちに何か奢ってくださいよ」
「お前の活躍あってこその勝利だし、いいぜ。何か食べて帰るか」
「やった。実は最近、話題のクレープ屋さんがありまして……」
ご機嫌な様子の和奏と静流が八雲の後をついてくる。
――明日はこいつとデートか。
初めて会った時よりも、二人の関係は大きく進展している。
「なぁ、和奏」
「はい? あー、いつのまにかスト子呼びじゃなくなってます。私を認めてくれたんですねぇ。ふふふ、このまま、“アナタ”や“旦那様”とか呼んでもいいですか?」
「呼ぶんじゃねぇよ、スト子」
「え、えー。なんでそっち。愛を込めて”和奏”と呼んでくださいよー」
じゃれあうような、やり取りをする二人を静流は笑って見つめていた。
夜になって、「明日はデート♪」と浮かれる和奏は服選びを始めていた。
お気にいりの服の中から勝負用の服を選ぶ。
「先輩は派手な服よりも、落ち着いた雰囲気を好む傾向があるからこっちかな」
「面倒なことをしてるな。何でもいいんじゃねぇの?」
ずっと衣服とにらめっこしている妹に呆れた声をかける。
「お兄ちゃん。部屋の扉を開けるときはノックをして?」
「しました。気づかなかったお前が悪い。で、いつまでそうしてるつもりだ?」
「んー、初めてデートだから色々と迷って。勝負下着はこれぞというのを選んでみたの。黒とピンクの色合いが素敵な大人っぽさを感じる下着よ」
勝負下着を兄に見せて、「どうよ、欲情する?」と尋ねる。
浩太は若干ドン引きしつつ、下着の趣味は悪くないと伝えた。
「妹の勝負下着の話なんてどーでもいいわ。それに、見せる機会があるとでも?」
「それは先輩次第。私をラブなホテルに連れて行ってくれるような甘い展開に誘うのが私の目標だもの。甘くラブラブな雰囲気にいかに持ち込むかが勝負だわ」
「頑張ってるなぁ。八雲を篭絡するチャンスは逃すなよ」
「もちろん。私の持てる手段のすべてを駆使して頑張るの」
明日はひたすら攻撃に出ようと決めている和奏だ。
せっかくのチャンス、どんな手段を使ってでも八雲を落とす。
「それで、私に何か用ですの?」
彼は何かチケットのようなものを片手にチラつかせる。
「今回の那智の件での迷惑料と“例の件”の感謝を込めて、お前らにプレゼントだ」
「例の件はまだこれからの話だけどねぇ? 相手にも話してないし」
「俺にとっては千載一遇の大チャンスだからな。ぜひ、計画を実現させてくれ」
「……まぁね。それはいいとして、これって郊外の?」
「そうだぞ。屋内プールのフリーチケットだ。一日楽しめるぞ」
郊外にある人気のアミューズメントプールだ。
プールはスライダーなども楽しめる上にレストランもあり、一日中楽しめる。
「ありがとー。これって子供のころに行ったことがある。大きなスライダーがあるところでしょう。お兄ちゃん、ナイス!」
チケットを手にして喜びを露わにする。
「久しぶりのプールだぁ。あっ、水着がない。去年の水着じゃ絶対に入らないし」
「……いろいろと成長してるからな」
「妹をよこしまな目でみないで、変態。どーしよ。今からだと駅前のショップならまだ間に合うかなぁ? おかあーさん。急いで車をだしてぇ」
和奏は慌ただしく、水着を買い求めに走る。
その様子をみて「妹、頑張れ」と浩太は微笑むのだった。
「兄貴、見てくれ。これでどうよ? カッコよくね?」
その頃、八雲もデートの準備でいろいろと悩んでいた。
正確に言うと彼自身ではなく、弟のデートの方だが。
中学生の弟からデート用の服装がいまいち決まらないと頼られたのだ。
「お前なぁ、初デートでジャージはないぜ。どこの部活バカだ」
「これ、結構な値段をした人気ブランドのジャージなんだぞ!」
「そこじゃねぇよ。いくら中学生同士でも相手が引くわ。初デートで失敗したいのか。失敗は大事だと言ったが、最初から負けの決まった勝負はするな」
普段着がジャージかスエットの時雨には選ぶにも限度があった。
――これだから部活バカは。センスがなくてダサいんだよ。
こんなジャージ姿の男と自分が女ならデートはしたくない。
「まったく、しょうがないな。えっと、ここら辺にあったか?」
呆れた八雲は自分のタンスから使わなくなった昔の服を出してくる。
中学から高校になるまで身長が伸びたので、彼には着れないサイズのものだ。
「これをやる。多分、今のお前なら着られるサイズのはずだ」
「お、おー。服一つでもセンスが違う。カッコいいぜ、さすが兄貴。……ていうか、この辺の服はもう着られないなら俺にくれよ。もらっていい?」
「いいけどなぁ。お前、兄のお古の服なんて欲しいか? 普通はいらないだろ」
「いえいえ。カッコいい服がもらえるのなら全然OKっす。兄貴、サイコー」
調子のいいことを言う弟に八雲は苦笑する。
というわけで、衣服の入った衣装ケースごと、弟にプレゼントすることになる。
「兄貴も明日は新しい彼女とデートなんだって?」
「まぁな。さっき連絡があってプールに行くことになった」
「プールかぁ。俺たちは結局、アクアリウムに行くことにしたよ。相手が可愛い魚が好きっていうからさぁ。頑張ってきます」
兄弟ともに、デートを満喫して楽しい休日になりそうだ。
「女の子ってクラゲとかも可愛いって言うしな。ちゃんと相手に気を使いながらデートして来い。初デートなんだから暴走するんじゃないぞ?」
「努力するよ。兄貴も、初デートからラブホテルに誘うなよ?」
「うるせ、マセガキ。服が決まったなら、さっさと行け」
軽く小突くと弟はにやけながら、「服、サンキュー」と衣装ケースを抱えて出ていく。
八雲も自分のデートのプランを考えながら、
「……プールか。アイツ、どんな水着を着てくるのやら」
話を聞いてからつい和奏の水着姿を想像してしまう。
「和奏はスタイルだけはいいからなぁ」
それを楽しみに思うのは男ゆえなのだろうか。
いろんな想像をしながら、明日のデートに備える。
最初は憂鬱であり、脅迫かつ強制的だと思ってたデート。
今では楽しみに思えるのが不思議だ。
「こういう関係も悪くないか。面白くなってきた」
和奏と八雲。
それぞれがデート前夜に心を躍らせて楽しみにしていたのだった――。
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