第35話:初デートは危険がいっぱい!?
本日は初デートの日である。
八雲は朝からどこか落ち着かない様子の弟を励ましながら身支度をしていた。
「やばい、すごく緊張する。あぁ、もう時間か。い、いってきます」
「おぅ、頑張ってこい」
弟を見送ると、彼はまだ時間があるのでソファーでくつろぐ。
仕事が休みの母親は食事の後片付けをしながら、
「時雨ってばどうしたのかしらぁ? 朝からそわそわしてたし」
と不思議そうな顔をする。
「初デートなんだとさ。可愛い彼女ができそうな気配だ」
「あらぁ、そうなの? あのスポーツバカに?」
「子供にその言い方はどうなのだ、と思わないこともないが。うん、野球のことしか頭にない野郎も色恋沙汰に目覚めそうな感じらしい」
「時雨ねぇ。貴方と違って、彼女とかできても気を使えなさ過ぎという未来が十分に予測できるわぁ。そう言う、八雲も今日はデートなの?」
彼は「前の恋人とじゃないよ」と聞かれてもないのに答えた。
「……八雲は女の子を切り替えるのが早すぎるわ。若い頃のあの人みたい。彼も高校時代はすっごくモテてね。私と付きあうまでかなりフラフラしてたのよ」
――親父みたいだと言われるのも嫌なのだが。
接待ゴルフに出かけた親父の顔を思い返し、八雲は苦笑いで誤魔化しながら、
「母さんと親父って高校の同級生だっけ?」
「先輩と後輩ね。八雲はあの人に似て、押しに弱いところがあるから」
「そんなことないやい。……ホントですよ、そんな微笑ましい顔をしないでくれる? 親父殿とは顔しか似てないと思いたいのだが。なんだよ、その顔は?」
「うふふ。最近、ホントによく似てきたなぁって思うのよ」
母親からすれば子供が親そっくりなのは嬉しいモノだったりする。
「八雲はあの人似よねぇ。間違いなく、ぐいぐい来るタイプに弱いわぁ。新しい恋人はきっと積極的なタイプの子ね。押されまくって落とされたんじゃないの?」
事実だったので反論しづらい八雲である。
――母さんに押されまくって攻略されたのかよ、親父。
親と同じ道をたどろうとしている、と思うと何だか複雑な気分だ。
「お、俺もそろそろ行くかな」
「あー、今日は夕方から雨が降るらしいから気をつけなさいねぇ?」
「必要ならコンビニで傘でも買うさ」
母からの追及に逃げるように八雲は家を後にするのだった。
「で、予定よりも1時間も早く家を出てしまったわけだが」
逃げてきたために、予定外の時間になってしまった。
こんな時間に出てもやることもなく。
「しょうがない。駅前の本屋で立ち読みでもしてるか」
そう思い、駅前の本屋に向けて歩き出そうとしていた。
「あらぁ、八雲君じゃない?」
「どうもっす」
ちょうど道すがら、自転車に乗った和奏の母、美冬とすれ違う。
「おばさんは買い物か何かですか?」
「そう。朝の特売狙いでね。それより、今日は和奏とデートなんでしょう?」
「聞いてますか」
「というか、昨日、一緒に水着を買いに行ったからねぇ。よかったわぁ、順調に交際が進展してる様子で。とても嬉しい……のだけども、悲しいこともあるわぁ」
美冬はどこか寂しそうな横顔を見せながら、
「親が子に越される時って、寂しい気持ちになるわよね」
「はい?」
「水着を買いに行ったときに知ったんだけど、あの子に胸のサイズで負けてたの。今であのサイズならもう少し大きくなるかもしれない。子はこうして母親を超えていくんだと思うと、すごく微妙な心境だわ」
「……その話をされた俺の方が微妙ですが」
美冬もスタイルはよくて、つい視線がそちらに行きそうになるのをこらえる。
親子とはいえ、女同士の譲れぬプライドの争いがある様子。
美冬はそれでも認めたくないものがあるのか、
「でも、胸はサイズじゃなくて形だと思うの。八雲君はどう思うかしら?」
「ノーコメントでお願いします」
何故に友達の母に胸のこだわりを話さなくてはいけないのか。
朝からガリガリと精神力を削られている気分だった。
「でも、水着は可愛いのを選んでたから楽しみにしてくれていいわよ? あと、今日は別に家に帰さなくてもいいからね? 朝帰りOK。存分にお楽しみください、うふふ。素敵な夜になりそうね?」
「あのー、さり気にお泊りを進めないでください」
――朝帰り推奨ってどんな親だ。いや、この親にしてあの子ありなのかも。
八雲をからかう美冬はどこか楽しそうな顔をして、
「だって、娘が初恋相手と結ばれるかもしれないって思うとドキドキするじゃない。初恋は実らない方が多いものだし。あの子は幸せものね」
「そういうものですかねぇ」
「そういうものよ。八雲君なら安心できるわ。優しい子だもの」
彼女は「和奏をよろしく」と彼の肩をたたきながら、笑顔で言った。
愛想笑いを返すことしかできなかった。
「あら、そういえば約束の時間は9時じゃない? あの子、もう出かけてたけど」
「え? いえ、約束は10時です」
「そうなんだ? 多分、もう待ち合わせ場所にいるんじゃないかしら? 初めてのデートだから待ちきれなかったのかもしれないわ」
――約束の1時間前だぞ。浮かれすぎだっての。
八雲は内心、そう呟いて、待ち合わせ場所に向かうことにした。
駅前のバス乗り場で眠そうな目をこする少女がひとり。
和奏は「ふわぁ」と、小さく欠伸をしながらベンチに座っていた。
「……あのままお布団の中に入ってら絶対に二度寝してたかも」
初めてのデートで遅刻というのは避けたかった。
楽しみにしすぎて寝るのが遅く睡眠不足気味なのだ。
「ふふっ。新しい水着も買ったし、早く先輩に見てもらいたいなぁ。あれ?」
そこへ予定よりも早い時間に八雲も合流してくる。
「おはよう、スト子。なんだ、やけに早いな」
「先輩っ。おはようございます。そういう先輩も待ちきれずに?」
「違うっての。いろいろとあって早めに来ただけさ」
バスの時間を確認して、八雲は提案する。
「少し早いが、次のバスに乗るか。プールはもうオープンしているんだし」
「はい。そうだ、八雲先輩にチケットをお預けしておきます」
プールのチケットを八雲に手渡す。
「浩太が迷惑料代わりにくれたんだって? アイツも意外と気が利くな」
「……それなりの見返りを与えたかいがありました」
「え? 見返り? 迷惑料じゃないのか?」
「いえ、お気にせずに。何でもいいじゃないですか。今日は楽しみましょう」
少し意味深に告げる和奏だった。
ちょうどバスが来たので、そのバスに乗り込んだ。
「先輩とバスに乗るの好きです。バスのの席って密着できるじゃないですか」
「下心ありすぎだろ」
「えー、自然により添えあえるのっていいと思いません?」
「思いません」
そう言いながらも、隣り合う席に座りあう。
郊外まではバスを利用した方が便利だ。
バスが郊外のアミューズメントプールに向けて動き出す。
「そういえば。さっき、おばさんにあったぞ」
「お母さんに?」
「何やら、お前に胸のサイズで負けたのが悔しかったらしい」
和奏は「あぁ、そのことですか」とどこか勝ち誇ったように、
「昨日、水着を買いに行ったんです。お母さんも選ぶのを手伝ってもらって。そうしたら、胸周りのサイズがランクアップしてたんです。えっへん」
「……胸を強調させて胸を張るな」
「念願だったお母さん越えも達成しました。子が親を超える瞬間です」
「次元が低いのか高いのか、よく分からない戦いだな」
彼女はボリュームのある胸元を見せつけるようにして、
「もう少し大きくなれば、先輩好みになりますか?」
「……大きければいいというものではない。必要なのは美しさとバランスだ」
キリッとした顔でこだわりを告げる。
「胸に関しては男のこだわりをなめるな。男が百人いれば百人のこだわりがあるんだよ。小さいのにも大きいのにも魅力がある。あと、大きさや形だけではく……」
「そ、そうですか。先輩の好みになれるように努力します」
強いこだわりがあるようで、和奏も少し引き気味だった。
――女の子相手に何を力説しているのだろうか。
ハッとした八雲は話題を変えることにする。
「それよりも、スト子」
「ていっ。スト子じゃないですぅ」
「……何をする? スト子はスト子だろ」
和奏を“スト子”と呼んだ八雲の頬を指でつつていくる。
くすぐったいのでやめてもらいたかった。
「スト子と今日は呼ばないでくださいな。たまに名前で呼んでくれるときゅんってしまいますけど、やっぱり、いつも名前で呼んでもらいたいんです」
和奏は自分の名前が好きだ。
それゆえに好きな相手にも自分の名前を呼んでほしいのである。
「私、先輩のために頑張って、那智先輩をコロコロしましたよね?」
「お、おぅ。昨日はお疲れさまでした」
「那智先輩が立ち直るのに時間がかかるほどに追い込みましたよ。無様に這いつくばって屈辱の表情を浮かべさせました。最後は心を壊して泣かせましたけどね」
「……怖いわ。いろいろとやりすぎだろ」
何事も限度というものがあるのを知らないのが和奏である。
那智の末路が哀れすぎて同情したくなる。
「それだけ先輩のために尽くし、手を汚した私をまだスト子と呼びますか?」
「……手を汚したってところがリアルだな」
「こんな健気に頑張ってる後輩をまだスト子と寂しい呼び方をするのですかぁ?」
最後は泣きつくように「名前で呼んでください~」とすがってくる。
ここまでされると八雲も考えを改めるしかなくなり、
「わ、分かったよ……和奏。これでいいのか?」
念願の名前で呼んでもらい、嬉しそうに目を輝かせながら、
「名前で呼び合うのっていいですよね。えへへ」
あまりにも嬉しそうにするので「これでいいか」と思う八雲だった。
まもなくバスが目的地に到着する。
彼らの初デートが始まるのだった。
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