第20話:悪女らしく悪女のままに
「那智」
緊張した面持ちで八雲は那智に対峙する。
「彩萌のことでしょう? アレがどうして私になびいたのか」
「……」
「教えてあげよっか? 教えてあげてもいいよ」
テーブルの上に座るようにして、腰を下ろす。
その挑発的な瞳は八雲を捉えて、薄っすらとした唇の端をあげる。
「彩萌は本当に単純な子だよねぇ。神原と付き合ってた頃、あの子ってこの部活で相当に惚気てたのよ。運命的な恋をした、彼氏がカッコよくて超ヤバい。口から出るのは惚気ばかり。それが私にはずっと不愉快だったわぁ」
「他人の惚気を聞くほど、鬱陶しい事もない」
「よく分かってるじゃん、神原。そうよぉ、それ。こっちはどこかの誰かのせいで恋愛なんてどうでもよく思ってたし、愛を信じる女を心底バカだと思ってた」
最初、彩萌の事は恋に惚気る愚かな女だと言う印象だった。
「でもねぇ、あの子の惚気を聞いてるうちに、この子は満足してないなぁって思い始めたのよ。彼氏とデートを楽しんでいても、満たされているわけじゃない」
――性癖的な意味で、という突っ込みづらい事だな。
破局の原因に性格の不一致という言い訳があるように。
自分と相手の価値観が合わなければ恋愛はうまくいかない。
それは些細な好みの問題であったり、考え方の違いであったり。
どうして、他人同士である以上はすれ違う事もある。
「それを見ていたら、ちょっかい出してひっかきまわしてやりたくなかった。恋愛なんて信じてるバカな子に現実を教えてあげたくなった」
「……それで彩萌に手を出した、と?」
「心の隙間をついたら人間ってあっさりと堕ちるもの。信じてた愛も、想い続けてきた感情も、手のひらを返すように、ひっくり返ってしまうわ」
那智は彩萌に急接近をした。
部活動を通して、近づき、友情を深めあうフリをして距離を縮めた。
そして、ついに彼女の心を自分のモノにすることにも成功したのだ。
「お前もそっち系だったわけか?」
八雲がそういうと彼女は「そっち系?」と逆に尋ね返される。
「女同士で恋愛するって意味だよ」
「……ふふっ、あははっ」
何が面白いのか、那智は口元に手を当てて笑い始めた。
それは失笑か、嘲笑か――。
どちらにしても、八雲を小馬鹿にする風だった。
「別に私は“男嫌い”の“女好き”ってわけじゃない。男嫌いと言っても、恋愛対象にするなら男だし、女に走ってると思われるのは心外だわぁ」
「今の現状でどの口でそう言いやがる」
「別に私は彩萌の事が“好きじゃない”もの」
はっきりとした口調で那智はそう言い放った。
――こいつ、何を言ってるんだ?
「好きじゃない?」
「意外そうな顔をするのねぇ?」
「お前らは付き合ってるんじゃないのか? 恋人同士なんじゃ?」
彩萌はすっかりとその気であったし、実際に八雲はそれが原因でフラれている。
それなのに、なぜ――?
「恋人同士? 私と彩萌がぁ? あははっ、冗談でしょう?」
ケラケラと笑う那智は本音をぶっちゃけた。
――なんで笑ってるんだ、この女?
それは那智と言う少女の本性。
その本性は彼の想像を超えていた。
「全然違うわよ。だって、私にとって彩萌はただのオモチャだもん」
「オモチャ?」
「そう。可愛いからキスして、いろいろといじって楽しんで。飽きたら捨てるだけのオモチャでしかない。本気であの子を愛してると思ってた?」
口元には笑みを浮かべておきながら、その冷たい瞳は笑っておらず。
まるで見下すような口調で、
「彩萌って本当にバカな子だよねぇ。私は一途なのぉって言って惚気たくせに、私が軽くちょっかい出し始めたら、その気になり始めてさぁ。遊んであげる程度には可愛がってるけど本気じゃない」
「……彩萌のことを弄んでいるのか?」
「愛情を信じてアンタを想っていたくせに、心の隙間をついたら、簡単に他人へなびく。他人にエサを与えられて簡単に懐く飼い犬みたいにねぇ?」
「お前っ!?」
思わず、声を荒げそうになる八雲を挑発するように、
「だって、実際にそうじゃん? アンタを裏切って、私にのめり込んでいく。相手が女だからなんて関係ない。例え、私が男でも、あの子は浮気をしたでしょうねぇ? それを愚かだと言わずに何というのかしらぁ?」
「……それは」
「私もねぇ。女相手を可愛がるって言うのがこんなに楽しい事だとは思わなかった。プレイに興じるのも、身体に触れあうのも案外悪くない。知ってる? あの子、案外、可愛い声でなくのよ。喘ぐ声がすっごく可愛らしいの」
――完全に遊んでるのか。彩萌のことを……。
八雲は何とも言えない複雑な心境にさせられる。
那智という少女はとんでもない悪女だった。
「大事な彼女に浮気されてショックだった?」
「……」
「私に恋人を奪われて怒ってる? そんな私を許せない?」
「彩萌の気持ちが本気なら、それも仕方ないと思ったさ。でも、現実は違った」
「あははっ、何それぇ? 彩萌も変だけど、アンタもおかしわよぉ。人間っていうのは自分の欲望がすべてじゃない。人は欲望にまみれた汚い存在だわぁ」
那智という少女の本心を垣間見て、八雲は驚きを隠せずにいる。
「愛に飢えて、欲情して。発情期の動物のように、誰でもいいから相手を求める。人間ってそういう情欲に支配された生き物でしょう?」
「那智がどう思うと勝手だが、すべての人間がそうと決めるな」
「アンタは違うとでも?」
「少なくともお前みたいに人の気持ちを弄ぶことはしない」
八雲の反論が気に入らなかったのか、那智は語気を強めた。
「なぁに、それぇ? 自分の愛情は本物です、ってアピール? 一途で相手を想えば、それで相手も満足するだろうっていうひとりよがりぃ?」
「那智……」
「そんな怖い顔をしないでよぉ。私、臆病者だから睨まれたら泣いちゃうかも」
「そんなわけないだろうが!」
「……愛なんてね、信じた方がバカなのよ。言葉だけの愛を信じて、裏切られて。辛い思いをしている自分が一番バカらしく感じるわぁ」
本気で蔑むような言葉を吐いた。
過去の恋愛が彼女に与えたもの。
それは“恋愛”そのものへの“失望”か――。
「そもそも、浮気っていうのはするよりもされる方が悪いとは思わない?」
「なんだと?」
「浮気はする方が悪い? いえいえ、だって、される方にだって理由はきっとあるわ。相手を満足させていない、心に隙間が生まれている、愛が足りていない。十分に満たされて幸せならば、そもそも心がわりなんてするはずもないんだし」
浮気はされた方にも落ち度があると言わんばかりの那智の物言い。
――こいつ、相当な悪女だな……。
愛を信じて、愛に裏切られたゆえに。
無垢なる少女は悪女になり果てたのか――。
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