第19話:いざ、出陣。エイエイオー!

 

 那智は八雲にとってそれほど親しい知人ではない。

 元同級生にして、一年の時の元クラスメイトである。

 顔を見ればあいさつ程度はすることもあっても、話をするほどの仲ではなく。

 親しいかと問われれば、ただの知り合いという答えは相手も同じだろう。


「ていうか、何でお前までついてくるんだ?」

「当然ですね。先輩のいるところに私あり。今さらな質問です」

「……なんだそりゃ。ちなみに来るなと言ったら?」

「先輩の後ろを付きまとうだけですが? それでもよろしい?」


 平然と言い放つ彼女に八雲は薄気味悪さを感じつつ、


「お前なら本気でやりそうだ。まぁいい。好きにしてくれ」

「好きにさせてもらいます。先輩の愛を手にするために、邪魔なものはすべて排除する覚悟で臨ませてもらいますね」

「……冗談に聞こえないんだが? 力づくとかはなしだぞ」

「ご心配なく。私は非暴力的な人間ですよ?」


――嘘つけ。実兄には容赦ないくせに。


 先ほどひどい目にあわされた浩太を思い出す。

 むやみやたらではない所が逆に恐ろしくもある。


「ここが料理部の部室か」

「入らないんですか?」

「いざ、会うとなると勇気がいるというか」

「失礼しまーす」

「――ちょっ!?」


 他人事のように、和奏はあっさりと家庭科室のドアをノックした。


――こいつの行動力の高さは何とかしてほしい時がある。


 八雲へのストーキング愛が彼女をそうさせてしまったのか。

 何にしろ、もう入るしかない八雲は覚悟を決めた。


「どうぞ?」


 返答の声が聞こえたので、そのまま扉を開ける。

 中には他の生徒の姿はなく、のんびりと料理の本を眺めている少女がひとり。

 ツンとした雰囲気の髪長の美人。


「久しぶりじゃない、神原」

「そうだな」


 彼女が元クラスメイトの那智だ。

 八雲にとっては彩萌を奪われた相手でもある。

 

「彩萌に用があるのなら残念。今日は部室には来てないわよ」

「ほかの部員もか?」

「本日はとある先輩の誕生日。みんなで祝ってあげるんだって。私? 私はその先輩とあまり仲が良くないので辞退したの。楽しい雰囲気に水を差すのもアレだからねぇ。空気は読める女なのよ」

「……それで、一人寂しく部室で料理か?」


 彼女が読んでいるのは「初心者でも作れるロールケーキ」と書かれている本だ。

 そして、その本を読んで作ったのであろう料理がお皿に乗せられていた。


「そうそう。好き放題にしてるわけ。私って料理が苦手だからさぁ」

「料理ができるようになりたくて料理部に入ったんだっけ」

「今では包丁くらいは自由に使えるようになったけど味付けがねぇ。そうだ、今さっき、私が作ったロールケーキがあるんだけども食べる?」


 勧めてきたのはいかにもぐちゃっとしたロールケーキ。

 食べられるのかどうか不明。


――あえて言おう、素人の男が作った失敗でもこれだけひどくはならないと思う。


 見た目のひどさに食欲が減退しそうだ。


「……い、いらない」

「見てくれ悪いけども味も悪いからおすすめなのに」

「そんなものをすすめるな!?」

「しょうがないからいつものようにバスケ部かサッカー部の罰ゲーム用に提供するしかないかなぁ。美味しくない私の料理は罰ゲームとして好評なのよ」

「……毎度の罰ゲーム用って、少しは腕を上達させろよ」

「そう簡単に上達したら、私は料理の才能があると思うわ。あいにくと私にその才能はまだ開花していない。この失敗はいつかの成功に繋がればいいのにね」


 他人事のようにロールケーキを冷蔵庫にしまい込んだ。


――料理下手は部活をしても改善してないようだ。


 それでも、部活を続けているという事はやる気はあるのだろう。

 彼女はようやく八雲の背後にいる和奏に気付いたようで、


「そちらの可愛らしい子は誰?」

「八雲先輩の恋人ですよ」


 和奏がそう答えると、那智は「恋人?」と意外そうに言う。


「神原に新しい恋人? ふーん」

「何か言いたそうな感じだな」

「アンタさぁ、まだ彩萌に未練ありまくりじゃない。そんな男が新しい恋人なんて作るんだって思って。アンタにしては切り替えるのが早いじゃん」


 もちろん、八雲の過去を那智は知っている。


「そうだよねぇ、男の子って欲望まみれだもん。愛がなくても手軽にエッチ出来る女の子を手元に置きたがるもの」

「嫌な言い方をするな」

「お手軽なセフレが八雲には何人もいるんでしょう?」

「……いないって。そんな噂があったこともない」


 八雲は彩萌に未練があると思われてることに疑問を持つ。


――俺たちが何をしに来たのか気付いているのか?


 そうだとしたら、なお印象が悪い。


「アンタの名前は?」

「大倉和奏と言います」


 那智は「大倉?」とあからさまに嫌そうな顔をして、


「まさかあの大倉浩太の妹?」

「その節は兄がご迷惑をかけたようです」

「あー、大倉のねぇ? アイツに二股かけられて、嫌な気持ちにさせられたのは事実だわ。男って最悪な生き物だって実感させられたし。とても傷つけられたわぁ」

「それで、現在、彩萌と付き合ってるってわけか?」


 八雲はストレートに本題を切り出した。


――那智相手に駆け引きはしない方がいい。


 下手に駆け引きをするのは逆によろしくない。

 それは彼なりに警戒してのことだった。


「あー、知ってたんだ? なるほど。私の事を知っていて、ここにきた。つまり、話に来た相手は彩萌ではなく私だったわけねぇ?」


 彼女は自分の髪をいじりながら、八雲を嘲笑う。

 どこか不気味さを感じざるを得ない。


「なるほどぉ。自分の女をネトラれた相手だと知って、会いに来たんだ?」

「……話がしたいと思っただけだ」

「あははっ、話ってなぁに? 女を奪われた相手が情けなく、返してくださいとでも言いに来たぁ? 神原ぁ、アンタって惨めな男だと思わない?」

「なんだと?」


 明らかに挑発的な物言いをしながら、那智は言葉をつづける。


「大事な恋人を奪われて、何一つ文句も言わずに相手をあきらめた。情けないダメ男。それが私にとっての神原八雲の評価よ。違うのぉ?」

「それは……」

「奪われた相手が誰かも調べず、今になってきたのは彩萌本人からでも聞いたのかなぁ? 一応は私たちの関係は公言してないし、知ってる人間も限られてるもんねぇ。なるほどなぁ、昨日のアレはそういう会話かぁ」


――それなら、和奏はどこでこれを知ったんだ?


 八雲も彩萌本人からは聞かされていないのに。

 相変わらず、謎の情報網でもあるのかもしれない。


「まぁ、何でもいいやぁ。話くらいなら付き合ってあげるわよ、負け犬の坊や」


 那智は挑発的な意地の悪い瞳を向ける。

 因縁の相手、那智との直接対決が始まる――。

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