第12話:恋愛に失敗はつきものだ、失敗を怖がるなよ


 夕食を食べ終わり、リビングで野球の試合をテレビ観戦した。

 応援しているチームの圧勝劇に、心を躍らせていると、


「兄貴、ちょっと聞きたいんだけどさぁ?」


 八雲に弟の時雨(しぐれ)が珍しく頼み込むように声をかけてきた。


「どうした、時雨?」

「兄貴って何度も女と付き合ってきてただろ」

「まぁな。それが?」

「初デートってさ、どういう所に行けばいいと思う?」


 普段は生意気な弟があまりにも真面目な顔をしていたので、笑いそうになる。


――なるほど。こいつもそういう年頃か。


 中学生にもなれば色恋沙汰で悩むことも多くなる。


「なんだ、お前にも恋人ができたのか」

「ま、まだそういう段階じゃなくて。同級生の子に告られたんだ。でも、俺って彼女とか作ったこともないし、即断できないからデートでもするかって話になって」

「なるほど。お試しデートか。それなら無難に映画とかでいいんじゃないか」

「映画か。兄貴の初デートはどこにいったんだ?」

「ちょうど郊外にアクアリウムが完成したっていうから一緒に見に行ったかな。中学の時だよ。結局その子とは付き合うまでには行かなかったけども」


 初めてのデートで八雲は失敗している。

 別に彼が悪いわけでもなく、どうにもタイミングが悪かったのだ。

 思うようにいかず、すれ違い、その相手とはうまくいかなかった。

 結局、八雲に恋人ができたのは高校に入ってからだった。


「失敗した? 兄貴でも失敗なんてするんだな」

「経験談だが初めてのデートなんて緊張感でまともに楽しめるものではないな」

「マジかぁ。やばい、俺も失敗しそう」


 時雨は緊張感を隠せずにため息をついた。

 誰だって未知の経験の失敗は恐れるものだ。


「時雨はその子の事をどう思ってるんだ?」

「気に入ってるのは確かだよ。同じクラスで仲がいい方の女の子。部活の応援にも時々来てくれたりするし。付き合えるのなら付き合ってもいいと思う」

「自分の中で答えが出てるのならいいじゃないか」


 初めての恋は何もかもが未経験だ。

 恋をすることも、相手を思うことも、異性とデートをすることも。

 それゆえに、失敗も多いからこそ大変でもある。


「俺って兄貴も知ってるけど、野球一筋だろ。小学校時代から野球しかしてこなかったし、それ以外の事にも鈍い。女と付き合えるのかなぁって自信もない」

「なんだ、前から彼女が欲しいとか言ってたくせに臆病になってるのか」


 失笑する八雲に時雨は不満そうに、


「うるさいなぁ。現実味をおびてきたっていうか、付き合うかもって思ったらいろいろと考えちゃうんだよ。兄貴にもそういう時期があったんだろ?」

「気持ちは分かるさ。失敗を怖がるって気持ちもよく分かる」


 八雲はこれまで数人との女性と付き合ってきた。

 そのどれもがうまくいかず。

 お世辞にも恋愛がうまいとは言えない。


――いや、彩萌の件は別としても。


 あれはあれで別の問題だと心の中で言い訳する。


「初めての恋愛なんて失敗だらけさ。初デートの緊張感を体験するのも悪くない。失敗を怖がるなよ、時雨。失敗するのも当然なんだから」

「そういうものか?」

「相手だってそうだろ。お前を好きで告白してくれたんだ。それって勇気がいることで、何度も悩んだ末のことのはずだ。相手の想いにも応えてやれよ」


 時雨は気恥ずかしそうに下をうつむくと、


「けどなぁ。女の前で恥をかくっていうのは……」

「楽しめよ」

「え?」

「その“失敗”も“緊張感”も楽しむくらいの気持ちでちょうどいい。お互いに初めての経験なんだ。恥も何もあるものか。いつか思い出して笑えるくらいでいいんだ」


 兄貴として弟を励ますように言った。

 時雨は「なるほどなぁ」とちょっと感心した様子だ。


「これは受け売りだけど、ちゃんと相手と話をするのもいいことらしいぜ。お互いに知らないことだらけ。学校じゃ知らない一面をデートで知ることもある」

「相手を知るチャンスってこと?」

「そう。相手をよく知れば見方も変わってくるってことさ」

「恋愛って難しいな。でも、楽しそうでもある。なるほどなぁ」


 時雨はそういうと、自分なりにデートプランを考えてみると言った。


「まずは自分が楽しめよ。それができなきゃ楽しませることなんてできない」

「……楽しむか。そうだよな、恋愛って楽しいからするんだもんな」


 どこか悩みが吹っ切れた様子で笑い、テレビの試合観戦を再開するのだった。






「弟相手にああいったものの、自分自身にブーメランとして返ってくる言葉だ」


 軽く凹みながら自室でそう呟いてた。

 弟の手前、格好いいことを言ってはみたものの自分の問題もある。


「和奏か。アイツ、俺とデートしたがるとは……」


 動画の件が弱みとなったのは事実だが、八雲自身も和奏に興味がまったくないと言われれればそうでもないのだ。


「俺は和奏の事を知らなさすぎるか」


 相手の事も知らず、理解しようとするのは無理な話だ。


「どうしてあの子は、俺を好きになったのか」


 その理由は教えたくないと彼女自身に否定された。


「過去を紐解くことは相手の“動機”を知ることでもある、か。人の想いの原点。そこからだな。俺が知るべきところは……」


 恋愛なんて難しく考えるものではない。

 だが、過去に何があったのかくらい知っておかないといけない。

 そして、それを知るのは和奏以外には……。


「着信か?」


 ちょうど着信相手は話したいと思っていた相手。


「浩太。いいタイミングでかけてくる」


 八雲は携帯電話を片手に呟いた。

 すぐに電話に出ると、浩太はどこか繁華街にいるのか外野が騒がしい。


「俺だ。どうした?」

『聞いたぞ、八雲。お前、うちの妹とデートするんだって?』

「そういうことになった。脅され半分だけどな」

『そっか。まぁ、和奏の想いもちょっとは報われなきゃ可哀想だ。一度でもデートしてやってくれるのなら有り難い話ではある』


 八雲の知らない“和奏の過去”を知る人物。

 

「なぁ、浩太。今、どこにいるんだ?」

『駅前だよ。遊んできた帰りで、これから夕飯でも食べて帰ろうかなって』

「だったら駅前のファミレスで待ってろ。お前に聞きたいことがあるんだ」

『聞きたい事? 何だそれ?』

「電話では話にくいこともある。直接会って話をしたい。時間を取ってくれ」

『……分かった。何か分からないが、ファミレスに入って待ってるよ』


 浩太と会う約束をしてから八雲は夜の外へと出かけることにした。

 八雲はまだ気づいていない。

 相手への興味を抱いたその時点で“始まるもの”がある事に――。

 

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