第11話:逃げ道はひとつだけ。だが、それは罠だ


「せっかく、お風呂上がりの無防備な姿で迫ろうとしたのに。お母さんにも邪魔されてしまいました。とても残念です」

「当然だな。まったく、なんて子だ」


 渋々といった感じで服を着てきた和奏は拗ねていた。

 八雲は先ほどまでのあられもない姿を回避できたことをまずホッとする。


「お母さんと何を話していたんですか?」

「お前が夜な夜な俺の名前を呼んでる件について」

「やだぁ。恥ずかしいです。先輩のエッチ」

「少しは照れたそぶりをして言えっ!?」


 むしろ逆に迫ってくるので困る。


――こいつには羞恥心ってものがないのか。


 本気で恥ずかしがったりしそうにもない。

 ちなみに美冬は気を利かせて、リビングを出て行った。

 ふたりっきりで話をするのに、八雲は警戒しつつ、


「それでお願いって何なんだよ。こうやって、ゆっくり家で話したいとか」

「先輩はせっかちですね?」

「本題に入ってほしいだけだ」

「でも入りません。もっとお話をしたいです。紅茶のお代わりを淹れましょう」


 のんびりとおしゃべりをする気には八雲にはなれない。


「スト子が何考えているのか分からん」

「私には先輩の考えが分かりますよ。私を押し倒してしまいたい。違いますか?」

「全然違うわっ」

「あら、意思疎通ができていると思ったのに。残念です」


 淹れ終わったお茶を差し出す彼女は微笑みながら、


「私が先輩を好きだという事は知っているでしょう?」

「ストーキングをされてることは知っている」

「好きになると時々、前が見えなくなることもあります。怖いですね」

「お前が言うな。そもそも、俺は何でお前に好かれてるんだよ?」


 好かれる理由。

 先ほど、美冬に言われた言葉。

 相手を理解しなければ何も始まらない。

 八雲は拒絶するだけではなく話をすることにした。

 彼女の想いを断るにしても、何も知らないままではいけない。


「どうしても教えなくてはいけませんか?」

「知りたいと思うのは当然だろうが」

「は、恥ずかしいんです」


 まさかの事で恥ずかしがる和奏。


――なんでだ!?


 八雲としても、そんなことで恥ずかしがられるとは思わず。


「その恥ずかしがる基準がさっぱり分からん。お前は全裸になると、好きになった理由を言うのとどっちが恥ずかしいんだ」

「先輩の前で全裸になる程度、恥ずかしさの欠片もありません」

「そこは恥ずかしがれよ」

「今すぐ脱げと言われるのならば、脱ぎましょう」


 衣服に手をかけようとするので「やめろー」と何とか止めた。


「……はぁ」

「先輩はエッチですね。私の裸よりも恥ずかしい真似をさせたいなんて」

「好きな理由がむしろ、何なのか恐ろしくなってきたぜ」

「恐ろしいだなんて、そんなことはありません。想いそのものはシンプルなものです。先輩が好きです。赤ちゃんも欲しいです」

「ホント、俺に近づかないで」


 接点となるのは、きっとこの家だろう。

 子供時代に何度も八雲は浩太に遊ぶために足を運んでいる。

 そこで何度か和奏と出会った事も記憶にはあるのだが。


「……思い出せないな。お前と俺が過去に何があったかなんて」

「それは先輩にとっては些細な事だったのでしょう。朝、偶然にすれ違った人の顔なんて覚えていないのと同じことです」

「お前が恥ずかしがる理由は?」

「先輩に思い出してもらいたいたくない。私が思い出したくない過去がある。それではいけませんか? どうしても話さなくてはいけませんか?」


 今までの和奏とは違う、それはどこか寂し気な表情だった。


――恥ずかしいって話はどこにいった? 何でそんな顔をする?


 触れてほしくない、と語る瞳に何も言えない。


――こいつでも、こんな顔をするんだな。まったく、しおらしいくらいがちょうどいい。


 八雲は「分かったよ。もう聞かない」と諦めることにした。

 誰にでも触れてほしくない過去がある。

 それは自分にとってもそうだし、人によっては話しづらい事もあるだろう。

 人の心に踏み込むのには勇気がいるものだ。

 そして、彼にはその勇気がなかった。

 

「でもひとつだけ。私は先輩に救われたんです。心を救われて、貴方を好きになった。この恋心に嘘も偽りもなく、ただ貴方だけを愛しているのが現実です」

「……スト子に愛されてもな」


 いつも通り、そう言葉を返して雰囲気を誤魔化した。


「じゃぁ、話題を変えましょう。逆に先輩に尋ねます。私の想いを先輩は受け止めてもらえる可能性はありますか?」

「ないな」

「即断ですか! ひどくないですか!?」

「……いきなり押し倒すわ、その動画で脅してくるわ。そんな相手と付き合ったら、その後の人生が不安にしかならんだろうが」

「なるほど。私の愛も考え物ですね。手段を選ばずという方法が裏目に」


 何もかも裏目にしかでていない。

 紅茶のカップに口をつけて、和奏は仕方ないといった風に、


「ですが、私は諦めません。試合終了までは奇跡も起こるかもしれません」

「大抵は何も起きずに終わるものだぜ」

「奇跡とは起きないから奇跡と言います。ですが、奇跡とはご都合主義を引き寄せる魔法の言葉だとも思っています。奇跡を願えば不可能だって可能にもなる。そんな魔法がきっと私と先輩の関係にもあると信じています」


 前向きな発言に八雲は「幻想だ」と否定しかできない。

 正直なところ、彼は和奏を嫌悪しているわけではないのだ。

 とてつもなく一緒にいるのも嫌な相手ではなく。

 だからと言って心を許せる相手でもなく。


「俺とお前の関係ってなんて説明すりゃいいんだろうな」


 言葉にし辛い、居心地の良さをふいに感じることもある。

 つかず離れず、わずかな時間だけ触れ合っていると和むような。

 言葉にするのが難しい微妙な関係。


「……先輩?」

「なんでもねぇよ。そろそろ、いいだろう。本題に入ろう。俺を脅して、お前は俺の時間が欲しいと言った。具体的には何をさせたいんだ?」

「ふふふ。この動画を公開してほしくなければ、私のいう事を……」

「だから、そのセリフも男女逆だからな?」


 その手の脅迫ネタは男子が女子を言いなりにさせるものだ。


「冗談ですよ。単純にデートをしたいんです」

「デート?」

「えぇ。一度っきりでかまいません。私に夢を見せてくれませんか?」


 和奏はデートをしたいという提案をする。


「先輩とデートがしたい。私はそれを望んでいます」


 弱みを握られた八雲にとって、断れるはずもなく。

 彼は何とも言えないような顔をして頷いたのだった――。

 

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