第2話 その価値は五百

 村から王都にやってきたわたしが絶望感にさいなまれながら迷い込んでしまったのはさびれた建物が並ぶ路地裏。

 そこで路地裏名物のならず者に遭遇してしまい、村を救うために長老様から預かった大切なお金を奪われるという危機に瀕してしまいました。

 

 死と隣り合わせの悲劇。

 絶体絶命のピンチ。

 一体、わたしはどうなってしまうのかっ。


 しかし、そのピンチを救ってくれた女神が登場します。しかも、空から。

 彼女の名はマリー。

 腰まで伸びた長い金髪と真紅のローブが目印の女性です。

 歳はわたしよりも少し上、おそらく十代後半から二十代前半といったところでしょう。


 そんな彼女はどうやったかわかりませんが、とにかくならず者をいつのまにか倒してしまいました。この女性、どうやらものすごく強いようです。

 しかし、そのまま立ち去ろうとする彼女をわたしは感謝の気持ちを込めて見送ることはできませんでした。


 なぜなら、彼女はならず者に奪われた巾着袋—―長老様から預けられた大切なお金が入っている――をこっそりローブの内側にしまっていたのですから。


「そうだったの。てっきり落し物だと思ったから王都の警備隊に届けようかと思ってたんだよね。めんご、めんご」


 そう言って真紅のローブの内側から巾着を取り出すマリーさん。

 足取りも軽くわたしの元へとやってきます。

 しかし、


「でも、ちょっと待って。これが子猫ちゃんのものだっていう証拠はないよね」


 とんでもないことを口にしやがりました。


「わたしのですよっ」

「もしかしたら、そこのならず者のかも」

「ちゃうしっ」

「そこのハゲのかも」

「同一人物っ。呼び方変えただけっ」

「まさか、このマリーさんのものってこともあるんじゃないかな」

「それはないですよっ」

「いや、そのまさかかも……。わたし、この巾着袋を落したことがある……気がしてきた」

「現在進行形じゃないですかっ。嘘をつくならせめて過去を思い出す感じにしてくださいっ」

「じゃあ、今から落とせばいいか。えいっ。そして自ら拾う。これでオッケー。わたしはこの巾着袋を落したという事実を作ってしまった。天才かっ」

「天才なわけあるかっ。むしろ、天災ですよっ」

「どうして同じ言葉をくりかえすわけ? 馬鹿なの?」

「馬鹿ちゃうしっ。漢字が違うんですよっ。二度目のサイは災害のサイですからっ」

「そういうことは先に言ってよ」

「言えるかっ」

「あ、あそこに羽猫がっ」

「え、羽猫っ――って、ちょ、ちょっと。人がよそ見してる間にどこ行くんですかっ」

「チッ」

「い、今、舌打ちしましたよねっ。完全に悪役顔でっ」

「そんなことないって。いつも天使のような笑顔ってのがマリーさんの特徴なんだから」


 にこりと微笑むマリーさん。

 その顔はたしかに天使のようだという比喩を使ってもいいほどのものでした。

 しかし、わたしは長老様から聞いたことがあります。

 王都には天使のような笑顔で人――特に男性からお金を巻き上げる女性がいることを。

 しかも、その女性は沢山いて、みんな裏路地にあるとあるお店で働いているらしいのです。

 目の前にいるマリーさん。

 もしかしたら、この人はそのとあるお店で働いている方なのかもしれません。

 気を許してはダメだ、と自分に言い聞かせます。


「まったく」マリーさんはため息交じりに言います。「どうしたらこの巾着袋がわたしのだって信じてもらえるのかなあ」

「それ、わたしの台詞っ」

「ええっ」

「どうしてびっくりしてるんですかっ」

「いや、理解できないことを言われたから」

「それもわたしの台詞っ」


 どうすればいいのだろう。

 わたしは必死に考えました。

 そして必死に考えれば何かしらの案が浮かぶものです。

 わたしはギャンブルに手を出すような気持ちで口を開きます。


「わたしはその巾着袋がわたしのものであるという証明ができます」

「証明? どうやって?」

「その巾着袋にいくら入ってるか当てるんですよ。持ち主は当然、その中身を把握しているというわけです」

「なるほど。今から巾着袋の中身を当てるというマジックを披露するから、それがおもしろかったらお金を払えってことね」

「いや、ぜんぜん違いますけど……まあ、いいです。とにかくわたしがその巾着袋にいくら入ってるかを当てたら、問答無用でその巾着袋を返してください」

「オッケー。でもさ、もしも外れたどうするの?」

「もう返してくれとは言いません。好きにしてください」

「お。すごいジシンだね」

「当たり前じゃないですか。それはわたしが長老様から託されたものなんです。いくら入ってるかなんてきっちり覚えていますから」

「いや、そういうことじゃなくて」

「え?」

「今、ものすごい揺れたなって」

「地が揺れる方のジシンですかっ。知りませんよっ。吊るされてるんですから」

「あのさ。さっきから少し気になってることがあるんだけど」

「何ですか?」

「パンツ見えてるよ」

「ええっ」

「嘘嘘」

「嘘かっ」

「まあまあ、荒ぶらない。本当に言いたいことは、返してくれって表現はおかしいってこと」

「おかしくないですよ」

「おかしいって。だって、この巾着袋って元々わたしのだし」

「ちゃうしっ。マリーさんは拾ったものをローブの内側に潜めただけですよねっ」


 わたしが足をばたつかせながらそう言うと、マリーさんはやれやれと息を吐いてからこう言いました。


「三秒ルール知らないの?」

「え?」

「拾ったものは三秒以内に持ち主が現れなかったら貰ってもオッケーっていう本当のような嘘の話し」

「嘘かっ。てか、本当のようちゃうしっ」 


 満足そうに大声で笑うマリーさん。

 わたしは完全にからかわれているようです。

 さきほどのならず者といいマリーさんといい、王都の人には村民をいじめなくては気が済まない呪いでもかけられているのでしょうか。


「よし」マリーさんは言います。「子猫ちゃんの提案通り、この巾着袋にいくら入ってるか当てられたら、この巾着袋を返してあげるよ」

「だから、それは元々わたしの……って、もういいですよ」

「で、当てられなかったら返さなくてもいい。それでオッケー?」

「オッケーです。ああ、なんか一瞬だけ巾着袋の所有権がわたしに移った気がしますけどもうどうでもいいです」

「じゃあ、答を聞いてみようじゃありませんか。これにはいくら入ってるの?」


 巾着袋を揺らすマリーさん。

 わたしは答えを考えるまでもありません。

 元々、知っているのですから。

 村長からお金を渡されたとき、しっかりと中身を確認しているのです。


「三十二億」


 わたしの答えを聞いて、マリーさんの口元がニヤリと歪みます。

 そして、


「ぶっぶー。残念でした。答えは三十一億九千九百九十九万九千五百でした」


 驚愕の答えを放ちました。


「うう、嘘ですっ。たしかに三十二億のはずですっ。ちゃんと数えたんですから」

「このマリーさんだってちゃんと数えたよ。拾ったときにね」

「で、デタラメですっ。もう一度、ちゃんと数えてくださいっ。今、わたしの目の前でっ」

「やだよ。めんどくさい」


 そ、そんな。

 まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさかっ。


 頭が混乱するわたし。

 どうしたらいいのかわからず、ふと、足元を見ます。

 すると、そこには——。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 ——これでうまいもんでも食えや。


 ならず者がわたしの足元に投げ捨てた硬貨が落ちていたのでした。

 その価値。

 五百。

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魔女と世界救済できたらいいね 未知比呂 @michihiro

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