最終話 Lv999の勇者

「やっと…見つけたよ。ティアナさん」

「ゆう…しゃ…さま…」


 ティアナの抵抗は無かった。それほどジャベルには殺気を感じなかったのだ。


「そうか…あ奴、視界を封じる事で、あの女子おなごへのを頭で巡らせておったな?」

「いやいやフェル殿…あいつがただの馬鹿なだけです」


 ルドルフとフェルは、ただ見守るしかなかった。


「目は見えなくても、俺の温もり、匂い、声、忘れたりはしませんよね」

「あ…あ…あ…」


 ティアナは後ろから包まれた全ての感覚から、背後の人物がジャベルであると認識していた。


「勇者…様…いえ、ジャベル…様…ずっと、お会いしとうございました…」

「魔王…ではない?…ティアナさんなのか?」

「はい…魔王は、あの亜空間に精神が耐えらず…しかし、最後に私の精神へ呪いをかけて、消滅しました…。」


「その…呪い…とは!?」

「魔法力の暴走…簡単に言うと、私自身が巨大な爆弾のようなもの…」

「な…んてことだ」

「故に、常に魔法を使い続けなければ、あっという間に星ごと消滅してしまうのです」

「それで…」

「はい。最初は人知れず魔法力を放出しておりましたが…、やがて周囲の住人に気付かれ、攻撃され…」

「いいんです!もう…いいんです!」


 ジャベルの瞳から大粒の涙が溢れる。ティアナも涙が出そうなのだが、瞳を失ったその目から、涙が出る事は無かった。

 ティアナは、胸元から首飾りを取り出して、ジャベルに手渡した。


「私はもう…長くありません…。せめて…リアナだけでも…お願い…します」

「リアナは…リアナはどこにいるんです!」


 ジャベルが話しかけるが、既にティアナには聞こえていないようだった。


「あい…して…おり…ました…ジャベル…さ…ま」


 ティアナの体は、立ったまま徐々に干からびていく。髪も抜け落ち、そしてついには砂のように砕けていった。


「あ…あ…あああああああ」


 ジャベルは朽ち行くティアナの体を、ただ見送るしかなかった。


「ティアナ…さん…」

「恐らく、魔王の意識が消えた事で、不老不死では無くなったのじゃ。若さを保つためには魔法力が必要。しかし、暴走した魔法力を維持しながらの体の維持は、あ奴の精神をも壊していったのやもしれん」


 それはあくまでフェルの持論であった。しかし、その場ではそれが最良の解釈であった。


「だが…最後の彼女は笑っていた。死を前にジャベル、お前に会えたのだからな」


 ルドルフは、灰となり衣服だけ残ったティアナに、そっと両手を合わせた。


「ところで、リアナは結局どうなったんだ?」

「これを…」


 ジャベルは、ティアナから受け取った首飾りをルドルフに見せた。それは綺麗な緋色の宝石を天高くかざす女性の像が付いた首飾りだった。


「これは…封魔石の結晶…それもかなり純度が高く結晶化されたものだ」

「分かるのか。ルドルフ。」

「ああ…こいつは洞窟内の岩に微量でも含まれていると、魔法力を吸収してしまうものでな。ようは魔法が洞窟内で使えなくなってしまうのさ」


「ってことは、こんな結晶があったら…」

「案ずるな…。今のように近距離でなければ、吸われる事は無い」


 急に横から出てきたフェルが、首飾りを蹴り飛ばす。


「あああ!!!」


 高く飛んだ首飾りは、近くの小さな岩にぶつかると、そのまま緋色の結晶は粉々に砕けてしまった。


「フェル殿!なんてことを!結晶化するには相当な技術がですね…」

「あ~あ。壊れてしまいました」


 慌てて首飾りの破片に近づく二人。すると、女神像がどんどん大きく膨らんでいく。


「ななななな。なんだーーー!?」


 女神像は、ジャベル達とほぼ同じくらいの背丈まで大きくなると、今度は表面が剥がれてくる。


「え…えええええ!?」


 中からは、ナイスバディの生身の人間が出てくる。ジャベルは慌ててその女性を抱きかかえる。


「ど…どうなってるんだ!?」

「まて!ジャベル」


 ルドフルが慌てて近づき、クンクン匂いを嗅いでいる。


「ルドルフ…あんたもだな。女の子にはやっぱ目が無いってか?」

「違う…この女から、リアナの匂いがするんだ。間違いないリアナだ」

「ええ!?だって、全然見た目違うじゃねぇか。いや、確かにどことなくティアナさんにも似てなくはないけど…」


「コホン…お主ら…裸の女子おなごを、いつまでも放置するつもりかえ?」


 フェルの咳払いで、二人は我に返る。


『す…すいませんでした!!!』


 二人とも同じタイミングでフェルに謝罪した―――。



「ん…」

「気が…ついたか。リアナ」

「ジャベ…ちゃん」


 再び急ごしらえした簡易コテージのベッドで、リアナは目を覚ました。衣服は、フェルの魔法で、ベッドのシーツから作ったワンピースを身に着けていた。


「わあああああん、ジャベちゃーーーーん」


 号泣し、抱き着くリアナ。しばらく泣いた後、落ち着いたリアナは、全てを話してくれた。


 この世界では、全ての生き物が、早い時間ときの流れで生きており、リアナも数か月の滞在で、すっかり大人の女性へと変貌していた。しかし、このまま生活を続けると老いも早く、魔法力で若さを維持しているティアナですら、肉体の維持が困難だった。

 そこでティアナは、リアナだけでもジャベルの元へ帰したいと言う一心で、リアナを魔法で首飾りへと変え、その時点以降の、リアナの時を止めたのだった。



「お義姉ねえちゃん…いえ、お婆ちゃんは分かっていたんです。このままでは二人とも死んでしまう。でも封魔石のおかげで、もし、先にお婆ちゃんが死んでも、魔法の効果は解けない。つまり、私に長く生きてほしいと…」

「そうか…安心しろ。ティアナさんも…笑顔で見送る事が…できたよ」


「ありがとう…ジャベちゃん」


 そこへルドルフがやってくる。


「で?これからどうする。帰る事ができるのか?」


 すると、リアナがクスクスと笑う。


「大丈夫です。私、召還魔法陣の書き方。覚えましたから」

「マジか!」

「なるほど…俺達がここに来たように、逆も可能…と言う事か」

「儂があっちの世界まで見送るが故、安心するがよい」


 ジャベル達は、その日の疲れをコテージ内で癒し、翌日に作戦を決行することにした。


―――そして、翌朝。


「本当に残るんだな…ルドルフ…」

「ああ、一応ここの住人だし、仲間の事も心配だから…な」

「ルドちゃん…」


 魔法陣を書き上げ、別れの時間となった。ルドルフは元の世界へ残る事となり、フェルの案内で、ジャベルとリアナが元の世界へと帰る。


「今までありがとうな。相棒!」

「おう、あっちで元気な子供作れ!」

「なぁ!言ってくれるな。」

「あはは、ルドちゃんいつ、ジャベちゃんの相棒になったのよ」


 全員それぞれ、複雑な一夜を過ごし、当日は泣かないと決めていた。笑顔で別れようと。


「じゃあな…」

「ありがとうございました。」


 ジャベルは呪文を詠唱する。ゲートが開かれ、溢れる虹色の光が、最後の別れを実感させる。二人が光の中へ消え、魔法陣も消滅すると、ルドルフの瞳には涙が溢れていた。


「馬鹿野郎…。元気でな!」


 暗黒空間へ入ったジャベル達、しかし来た時とはまるで違い、道筋に光が見え、肉体の存在もしっかり目視できていた。


「儂からの餞別せんべつと言ったところかのう」

「フェル…」

「なぁに。儂はここの住人。この世界では儂の思うがままなのじゃ」

「ありがとうございます。フェルさん」

「いつでも呼んで良いぞ。儂の心は、お主と繋がっておる」


 フェルがそう言うと、二人は光に包まれ、気が付けばそこは、ジャベルの故郷の町だった。


「懐かしいな…」


 ジャベルが帰還の余韻に浸っていると、町の方が何やら騒がしい。


「なんでしょう。ジャベちゃん」

「行ってみよう!」


 町の中は、お祭り騒ぎだった。そして、そこには勇者ジャベルの文字が。ジャベルが異世界へ旅立ったあと、全てのありとあらゆる隠れた場所の魔法陣が消え、世界から魔物の増産が止まったのだ。

 そして、自我を失わずに来ることができた一部の魔物との間で和解も成立。世界に平和が戻った事で、世界中の町でお祭りが開催。その立役者である勇者ジャベルを、出身の町では盛大に祝っていた。



「おーーーージャベルだ!勇者ジャベルの帰還だ!!!」


 一部の住人がジャベルを見るなりそう叫んだ。たちまちジャベル達は住人達に囲まれ、そのままお祭りは一気に盛り上がりを見せる。

 すると、そこへジャベルの両親まで駆け付ける。


「親父…おふくろ…」

「よくやった…ジャベル。父さんはこの日を待っていたよ」

「ジャベルや…隣の娘さんはどなただい?ティアナ様によく似ておられますけど…」


 ジャベルの母に顔を見られ、リアナは少し照れた。

「あ…あの…私は…」


 緊張のリアナを見てジャベルが言う。


「ああ…親父は知ってるよな。バルバドの町にいたリアナ。俺の…嫁だ」


 その一言で、リアナが更に顔を真っ赤にさせる。


「な!!なんでこの…タイミングで…も…もっと雰囲気考えてよ、ジャベちゃん。」


「おお!あのバルバドのリアナちゃんか。すっかり大きくなったね。」

「お…おじ様。あの時はありがとうございます。」

「いいんだ。いいんだ。それより、ジャベルを今後もよろしく頼むよ」

「はい。おじさ…いえ、お義父とうさま」


―――その夜、町では未だに祭りの賑やかさが響いていた。


「ジャベちゃん。私達、本当に帰ってきたんだね」

「ああ、そしてこの世界にも平和が戻った」

「あ…あの…ジャベ…ちゃん」


 リアナがモジモジしていると、ジャベルはすぐにリアナの前に寄ってくる。


「分かってる。ちゃんと言うよ」

「あ…」

「リアナ。俺と結婚してくれ」


「…はい」


 リアナの顔に満面の笑みが、嬉し涙と共に溢れる。そしてその3日後、ジャベルとリアナは結婚式を執り行った。


―――それから月日は流れ…。

 

 リアナは大きなお腹を抱えて、ジャベルとの新居で洗濯物を干していた。そこへジャベルが帰ってくる。


「リアナーー。朗報だ。フェルと共同で、安定した時空ゲート魔法の研究を行うことになったぞ」

「ホント!?じゃあ完成したら、ルドちゃんにまた会えるかなぁ?」

「ああ、きっと会える。俺、Lv999になったんだぜ?やってやるさ!」


「うふふ。ジャベちゃん。お腹の子の喜んでいるわよ。ほら、今蹴ったわ」

「ホントか。楽しみだな」


 するとリアナは、ジャベルの手をそうっと握って言う。


「ねぇ…この子の名前、私考えたんです。」


 そして、ジャベルも…。


「俺も、一つ思ってる名前がある」


 ティアナがジャベルの顔を見る。そしてすぐに察する。


「一緒に…言ってみよ?」

「ああ。たぶん、リアナも同じだと思う」


 俺達を導き、見守り、そして強く、最後まで戦い続けた女神。


その名は…


『ティアナ』

 

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Lv999のヒーラー 神原 怜士 @yutaka0000

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