第7話 エピローグ

(タキ)

 街中が燃えていたので、むしろ医者を見つけるのは簡単だった。

 火と煙の少ない、かといって外側にばらけたゾンビたちは近寄らない、見晴らしがいい。そういう場所に医者は座り込んでいた。別れたときよりも白衣の汚れは酷くて、そばには見慣れぬ通信機が転がっていた。

 ちら、と目を上げてサワの姿を確認して、医者はまた面白くなさそうな顔でよそを向く。

「助けがくるぞー」

 タキは黙ってその横に行って、同じようにそばに座り込んだ。通信機の持ち主をどうしたの、とは聞かなかった。持ち主はゾンビに襲われて死んだのだ。それ以後のことは、何があっても、死体に何をしたかという話だ。

 一言だけ、医者に報告する。

「間違わなかった」

 ちら、と医者が視線を向けてくる。

「こっからが辛いぞ」

 投げて寄越された忠告は、どう聞いても実体験に裏付けされた諦めがあって、タキはそれだけで鬱々としてくる。これから自分は、どれだけ悔やんだり責めたり苦しんだりすることになるだろうか。

 誰も幸せにしない、可哀想にしない、優しくない、サワが選びそうな選択肢だ。

 思い出す。サワなら、と思う、会いたいと思う。 ……そんなふうに、サワをよみがえらせるのは、ゾンビじゃなくて、タキだ。

 あとどれだけ長く、サワのことを好きでいるだろう、とタキは思う。できるだけ長ければいい。二度と次の恋が来なければいい。

「好きだったんだ」

 それでも、死者に向ける言葉は過去形にするものだ。そうか、と医者は重々しく頷いた。感慨深げに、呟く。

「ZBL(ぞんびーえる)……だな」

「…………え」

 マジか、と思う。いきなり北風が二人の間に吹き付ける。タキの今の心にぴったりに。

「言っちゃうんだ ……この流れでそれを、その親父ギャグを……」

「言ったが悪いか!」

「わるいに決まってんだろ 」

 おっさん最低だよ!とタキが声を上げる。それにかぶさって、上空にヘリのプロペラ音が響いた。

 今度は焼き畑じゃなくて救助だぞ、と医者がいうので、タキはそっちに向かって目一杯腕を振る。

 冬晴れの昼下がり、他に何も、生きるために出来ることがなくて、強く振る。どこにその合図が届いてほしいのかは分からなかった。届けばいい、と、それだけをタキは願って、腕を大きく振り続けた。




〈了〉

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