第4話 街へふたたび
(医者)
とりあえず送る、と頭を振ってタキが言う。言って言い聞かせられるやつはいい、と医者は安堵する。
それでも、タキの視線はまだ、封鎖地域の中心部に戻ってゆく。
「……粘液性かどうかって、どうやって分かんの」
「最終的には体液検査だな」
そのカゴの鞄にも採取サンプル入ってんぞ、と言うと、タキはぎょっとした様子でハンドルから身を引いた。
「でもまぁ見た目で分かる。道ばたのゾンビ青白かったろ?あれは粘液性。胞子性に変異して、毒素が強くなると、皮膚がだんだん緑になる。高温で胞子巻き散らすくらいのレベルになると、真緑にみえるから一目瞭然だな」
え。
タキが、息を止めて、医者の顔を見る。
「ん?」
「俺、それ、見た」
「マジか」
「見た。そいつがサワを、駅で、」
言いながら、タキの顔が歪む。そこに憎しみの色を読み取って、医者は素早くグーで腹を殴ってやった。親切心だ。
「ダっ」
「ゾンビに腹立てんな。ありゃ死体だ。人間扱いすると、人間の価値になるぞ。人間が死体の価値になる」
「……あんたの、」
腹をさすりながら、ふいとタキが顔をそらす。
「言うことは、いっつも、分かる」
分かるだけだ、と吐き捨てられても、分かるんならいいと思うのが医者だ。
「いいからさっさとオレを送れっての。胞子性のゾンビいるなら、なおさら急がねぇと。どーもここの政府は緊急事態に弱い。トチくるって焼き畑でも始められたら……」
バラバラバラ、と上空にヘリのプロペラ音がして、医者は途中で空を見上げた。空自だかなんだかのヘリ。
やっちゃったか、と、すぐに思った。言霊の話だ。医者は合理的で現実を重んじ話の通じないスピリチュアルを憎む人間だが、アメリカのチームで、医者が悪い予想を口にするのはご法度だった。明日は雨か、程度でもチームのメンバは本気で嫌がった。何故って、絶対に当たるからだ。
空自のヘリが、街中、医者とタキが出会った駅の方角に、なにか茶色い液体を散布する。それは、多分地に落ちたのだろう。その瞬間。
その方角が熱で揺らいで、黒煙を上げはじめた。
「なにあれ」
「何ってそりゃあ……」
焼き畑農業、と、答えられたらよかったのに、なぁ。
(タキ)
医者が、お前さんは自転車をここに置いて川にでも逃げろ、と至極真面目な顔で言いだして、しばらく揉めた。
「政府があそこまでするんなら、生きてようが死んでようが、封鎖地域の中から出てくるものはアリ一匹出さないのがセオリーだ。今から外に向かっても仕方ねぇ。万が一にも火に巻かれないよう、全部が終わるまで、安全なとこでじっとしてろ」
「あんたはどうすんの」
「オレは戻る」
「あたまおかしいの」
「おかしくない、早く焼き畑やめさせねぇと、胞子が飛び散ったら百キロ四方がゾンビの群れだ。胞子性のやつなんて千体のうち一体出るか出ないかだ、緑ぃのを一体探して飛散を押さえる。それか、お前のサワのいた群れを探す」
「なんで」
医者が、無表情を装った顔で、タキをみる。
「あの群れに、オレをゴミ箱に逃がした自衛官のにーちゃんがいた。自衛隊の通信機なら使えるだろうし、オレが一番繋げたいところに繋がるだろ」
110番なんかしても、必要なとこに情報が届いたときには手遅れだ。そう医者が言うのはもっともだ、が。
(あの時)
タキがサワを見つける前に、医者は自衛隊員を群れに見つけていたということだ。その時に、通信機に思い至らない医者だとは
思えなかった。追わなかったのはタキが過剰反応をしたせいか。けれど、その前に、医者は『なんでもない』と、言わなかったか。「通信機ってどうやって借りんの」
「ゾンビ相手に話が通じるかよ。襲って滅多打ちにして動けなくして奪うんだよ」
「ふーん」
がつ、と医者の捻った右足首を蹴ってやったら、医者はその場で悶絶した。
「……っ、てっめ っ」
その間に、自転車の向きを変えて、もと来た方へと向ける。サドルに跨がって、さっさと後ろ乗れば、と促したら、果てしなく怪
訝な顔をされた。
「あたまおかしいのか」
「おかしいよ」
あんたが乗らないなら置いてくだけだ。
そう言ったら、しばらく間を置いて、荷台に重みがかかった。ぐっと、タキは強くペダルを踏み込む。
医者が、タキに掴まりながら、くもぐった声を出した。
「間違うなよ」
無理だろ、と心のうちで答える。あんただってほんとは無理だったんだろ。それで、自衛隊員を、見なかったことにしたんだろ。
「無理」
「無理でもだ」
声に出したら、すぐに背後から頑固な声が返ってきた。寒風が今度は追い風だった。タイヤを煽られそうになる。
ひとの形をして動くものを、ひとと、間違える。
漕ぎだせは、このままサワと二度と会わずに終るなんて出来ないって、痛いほど分かった。何も納得できてない。
だってまだサワのかたちをして、動いている。
(もしかしたら、もう一度会いたい、だけかも)
……言われなくても分かってる。自分は最悪に馬鹿だ。
(でも、サワはもう、あれしか残ってないんだ)
耳たぶが切れるように冷えて、タキはひたすら、ペダルを踏み続けた。
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