★親に従順

 アリトンは幸せだった。地上を巡って遊んだ。昔の仲間を訪ね歩いた。ときどき家に戻り、子どもたちに話しかけた。エデンで作られた刺激のない映画を観ながら悪魔たちと野次を飛ばし、境界を超えて天使たちをからかった。


 アリトンはほとんどすべてのことに満足していたし、ほとんどすべて、このままで終わらせようと考えていた。その「ほとんど」に加えられない、些細な厄介事にうんざりするまでは。



「おまえは自分の存在を恥ずかしいとは思わないのか」

 来るたびに、アリトンの愛娘に向かって暴言を吐く男。イズルの担当する厭世家、コタローの態度は、日に日に目ざわりさを増していた。


「コタロー、あまり言うな」

 厭世家を連れてきたイズルはなだめるように言った。だが、イズルだって本音ではコタローと同じ意見だと、アリトンは知っていた。


 はじめてカエラを見たとき、イズルは面食らったようだった。そして思わず本音を吐いた。

「この子は……でも、神はお許しにならないんじゃないか?」

 アリトンはにっこり笑った。

「それっていいことじゃない? だって悪魔の子なんだもの」


 カエラは子どものように無垢で素直だった。そして、何に対しても屈託がない。自分が死にゆく存在であることも、人間ではないことも、死体を集めて作られたことも、全部理解して受け入れている。彼女は歓びにあふれ、いつも今を生きていた。


「ねえ、アリトン。セックスする?」

 カエラは少々アリトンに似すぎていた。誰とでも寝るのに、なぜか汚れない。それはまさに、天使だった頃のアリトンと同じ。カエラの笑顔は、ときどきアリトンにはまぶしすぎるように感じられた。



 選ばれし14万4千人のコタローは、カエラが気に食わなくて仕方がないらしい。

「おまえの身体は他人から盗んできたものだ。おまえは生まれる前から泥棒なんだよ。それでほんとにかまわないのか」

 コタローは必ずカエラにかみついた。しかしカエラは風になびく柳のようだった。

「私、かまわないよ。だって盗んだのは私じゃなくてアリトンだし、アリトンは悪魔だから悪いことが好き。だから泥棒も好きなんでしょ」


 アリトンは頬杖をつき、にこにこしながらそのやり取りを見た。

「あんまりカエラをいじめないであげてよ」

 なめるような甘い声で言った。人間相手に、本気で怒ったりはしない。ただ、自分が悪魔であることを、この厭世家が思い出せばいいとどこかで思った。

「あんたがイズルの担当だから、私は優しくしてやってるけど。本当は、あんたを引き裂いて壁の剥製にしたっていいのよ?」

「俺が死ねばイズルが気づく」

 コタローはぎろりとアリトンをにらんだ。

「担当天使だけは、エデンの外で厭世家が死ぬとわかる。おまえはイズルの親友だったらしいが――」

「今も親友よ」

「――おれに何かあれば、絶交されるだろうさ」


 アリトンはふふっと笑った。彼女はどこかで、いずれそうしなければいけないと考えていた――だから、どうせならさっさとやってしまおう、と結論した。

「じゃあ、殺さないよう気をつけるわ」

 彼女はその人間をひっつかみ、地下室に放り込んで鍵をかけた。三人の子どもたちは、ぽかんとしてアリトンを見つめた。アリトンはにっこりと手を叩いた。

「今日からペットを飼うわよ! イズルには内緒にしてね」

 千年王国が終わるまで、30年を切っていた。



 最期の近づいたアリトンは幸せだった。家族はもうけた。賢く、愚直な長男と、食い意地のはったのんきな次男、奔放なかわいい末娘。あとはペットだ。ちゃんとしつけをし、言うことを聞くようになったら外で放し飼いにしてみよう。それまで彼が生きながらえればの話だが。


 秘密を守れないおしゃべりな悪魔たちには内緒にして、アリトンは地下室でコタローを飼いはじめた。



 はじめはとても楽しかった。どうしてノームが選んだのだろうと不思議なほど、コタローは荒々しく無愛想で、狂犬のように攻撃的だった。それで、アリトンは愛のムチをふるわねばならなかった。愛のムチ。アリトンの好きな言葉だ。どこに愛があるかは定義する必要がない。だから好きだ。いくらでも汎用がきいて。


 コタローが反抗的な態度を取るたび「はい、今のはいけなかったね」と痛みを与える。拷問の知識はもとからあったが、自らの手でそれを行うのが楽しくて仕方なかった。少しひねっただけで、少し深く刺しただけで、コタローは悲鳴を上げる。


 セックスみたいだ。アリトンは思った。ぴったりの場所を探り当て、刺激してやれば、相手はわかりやすい反応を返してくれる。それがうれしくて、やめられない――快楽殺人犯は、このわかりやすい反応にセックスを重ねて興奮していたのかもしれない、とアリトンは思った。どだい、他者の心というのはわかりにくくて、もどかしいものだ。相手からのわかりやすい反応とは、それ単体が魅力的で当然だった。


 コタローは神に祈った。エデンの外では、霊者に祈りは届かない。彼の祈りを聞くことができるのは神だけだった。そして神は沈黙を続けた。


「もう終わった?」

 祈りが同じことをくり返しはじめたところで、アリトンはけだるげに言う。

「はい、しつけの続きをしましょうね。次にカエラに会ったらなんて言うの?」

 血でべっとりぬれた前髪の下から、コタローがアリトンをねめつける。

「売女」

 アリトンはにこっと笑った。

 そして、彼の悲鳴を聞いた。


 アリトンは彼を殺さないよう気をつけた。コタローの反応がいつでも新鮮になるように、アメとムチとを使い分けた。ずっと痛いばかりではだめなのだ。ときどき感覚を戻さなければ、慣れてしまう。慣れないように、あらゆる刺激を与えてやった。


 アリトンは楽しかった。しかしさすがにそのうち、慣れがきた。半年、一年とすぎるうち、コタローの悲鳴はか細くなり、反応は鈍った。マグロを相手にしているみたいだ。アリトンは思った。それで、趣向を変えた。



「死んだ家族のことを話してよ」

 床に寝そべったまま動かないコタローに、アリトンは頬杖をついて話しかけた。コタローの黒い目が、うつろに開いてアリトンを一瞥した。

「ねえ、ハルマゲドンで死んだんでしょう。彼らの話を聞かせて」

 コタローはだまっていた。口を開く元気さえ、彼には残されていなかった。アリトンはコタローの上着に手をつっこみ、胸に手を押し当てて、にこっと笑った。

「これで少しは元気になった?」

 コタローの乾いた唇が、心なしか血の気を戻した。身体が脈打ち、力を取り戻す。


 これがアリトンの持つ「アメ」だった。痛みつけたあと、霊者の力で何度でも回復させてやる。そのおかげで、コタローは死に至る痛みを与えられたあとも、命をとりとめて苦しみに耐え続けねばならなかった。


「イズルが言ってたわ。あんたは結婚して、子どももいたんでしょう? 何人いたの? 奥さんは年下? 確か耳の聞こえない妹がいたのよね。名前は?」

 コタローは目をそむけた。

「減るもんじゃなし、教えてよ」

「……イトナに聞け」

「はあ? なにそれ。私には教えてくれないの?」

「……悪魔」

 コタローはかすれた声で言い、目を閉じた。

「おまえら、みんな、滅ぼされるんだ……」


 アリトンはじっとコタローを見おろした。やがて立ち上がり、ピンヒールで蹴った。コタローの顔が壁を向く。アリトンは耳を狙ってかかとを落とした。悲鳴が地下室に響き渡る。

「鼓膜が破れちゃったわね。ま、いいんじゃない? イトナと仲良く手話でおしゃべりしてなさいよ」

 アリトンはつまらなそうに言うと、きびすを返してそこを出た。



 アリトンの監禁ごっこを、三人の子どもたちはそれぞれに見ていた。カエラは相変わらず悩まなかった。アリトンが大好きで、彼女のやることに疑問をさしはさまなかったのだ。ガズラも似たようなものだった。彼は食べることにしか興味がなく、あとは笑ってすませた。イトナだけが、アリトンを不安げな顔で見つめていた。


 コタローは確かにカエラに対してきつい態度を取り続けていたが、他の迷子たちには優しかった。乱暴な言葉遣いはするが、そこには愛があふれていて、イトナに手話を教えた。


 アリトンは地下室から出ると、パソコンをいじるイトナのほうへ歩いていった。彼はアリトンの気まぐれで、人間の心を読めるようになっていた。しかし、霊者や、霊者の心を与えられたカエラのそれは聞こえない。なので彼は、アリトンがすぐとなりに来ても気づかなかった。アリトンは彼のノートパソコンを取り上げた。イトナが慌てふためいて取り戻そうとするのを無視して、内容に目を走らせる。


「また、エデンの仕事を請け負っていたの?」

 アリトンは呆れて言った。イトナは目を伏せた。


 エデンを捨てた迷子たちは、自立して生きるために「外」と呼ばれる大都市の廃墟で仕事に明け暮れている。しかし、イトナはエデンにいた頃から、あまり数のいない「仕事をしている人間」だった。彼はエデンの園でのインフラを制御するAIを管理していた。ガス、水道、電気。それらはほとんど機械が供給し、人間は働く必要がなかったが、AI自体の整備は、まだ少数の人の手で行われていた。専門知識のいる、替えのきかない仕事だ。


「あんたはもう信者ではないでしょう。あんたが貢献すべきなのは、悪魔や迷子じゃないの?」

 彼は唇を噛み、目を伏せた。その視線の先に手をやって、ちょいちょいと指をふり、こっちを見ろと合図をする。

「別にいいのよ、信者に戻っても」

 すぐにイトナが首をふったので、呆れて笑った。

「ふうん、ま、いいわ。あんた、コタローと仲がいいみたいね?」

 イトナは一瞬目を泳がせたあと、うなずいた。

「いい警官と悪い警官ってやつかしらね。私が怖いから、あんたにはなんでも話すのかしら」


 イトナは複雑な顔をしてアリトンを見つめ、手をあげて日本語の手話をした。

「彼を助けてくれ」

 その手話はまだどこかぎこちなく、使い慣れていなかった。アリトンはくすっと笑って「こうよ」とイトナの手を取った。仏頂面で背の高いイトナが頬を赤らめるのを、おかしく思いながら手話を教えた。二世のイトナは黒人の血が強く入っていたが、それでも顔が火照ればアリトンにはわかる。


「『助ける』、『欲しい』。『好き』と同じ単語ね。『助ける』、『お願いします』、ならこう。ほら、お辞儀して、手をこうやって」

 触れられてうれしいはずなのに、イトナはなぜか一歩あとずさって、アリトンの手から逃れた。そしてもう一度「彼を助けてくれ。お願いします」と示し、日本人のように頭を下げた。


 アリトンは笑った。

 ――そんなに愛があるなら、さっさとエデンに帰ってしまえばいいのに。

 そして、イズルに告げ口をすればいい。いっそのこと、そうなればいいとアリトンは思っていた。しかし、イトナはそうしなかった。アリトンの家にいて、カエラのめんどうをみて、いたぶられ続けるコタローに胸を痛めている。


 哀れで、けなげで、馬鹿な男。しかし憎めない。彼女はイトナを愛していた。それは彼ののぞむ種類の愛とは言えなかったけれど。


 この男がアリトンを愛してしまったのは、彼女の家に暮らしはじめてからだ。聴力を失い、他人の心を読む力を与えられ、罪を犯したこの男に、エデンでの居場所はなかった。それで、アリトンがもちかけたのだ――私の家に住まないか、と。


 アリトンは知っていた。他の迷子とちがい、この男が神に反抗的だったわけではなく、厭世家や天使に懐疑的だったわけでもないと。自分の行動に正しさを求め、他人の愛を信じ、真面目で律儀だった。それ故に愚直さが目立って、ここにいる。しかし、優しいのだ。いつだって他者のためになることを考え続けている。


 だからこそ、アリトンはカエラのために、この男を世話役として選んだ。ノームほどの審美眼はないものの、それほど悪い人選ではなかったと自負している。


「イトナ。愛してるわ」

 アリトンはにっこり笑った。イトナが動揺し、かすかに首をふる。そうね、とアリトンは言った。

「あんたはカエラと寝てあげてね」

 イトナはしばらく動かなかった。表情を変えず、ただじっとアリトンを見つめたかと思うと、こくりとうなずき、手話で示した。

「そうするから、約束するから、彼を助けてくれ」

 アリトンは笑った。そうして、再び地下室に戻った。耳をつぶされたコタローを癒してやらねばならない。まだ、死んでしまっては困るから。



「家族の名前は?」

 拷問は毎日のように続けた。かと思うと、ふらりと地球の反対側へ遊びに行き、数週間も放っておかれる状況を作った。いつ彼女が戻るのかと、びくびくしながら待てばいい。会えたときにホッとするようになるくらい、待つ時間を恐怖に陥れてやる。それがペットのしつけというものだ、とアリトンは笑った。


 コタローは日に日に従順になっていった。たいしたことがないと思える質問には、かすれた声で答えた。従っても差し支えないと思える命令には、素直にきいた。そうやって、だんだん「許せる範囲」を広げていく。


「妹が、一人」

 震えたように言ったとき、コタローはすべての爪を剥がされたまま床に丸まっていた。指先をおおい、恐怖に震えながら、神の名を呟く。

「名前は?」

 アリトンはにこにこと聞いた。


 コタローは愛した妻や二人の子どもについてはすらすらと答えてくれた。友達や、信者の仲間についても。しかし、子ども時代に関してはかたくなだった。ひどいなあ、とアリトンは何度もぼやいた。奥さんや子どもたちよりも、生まれた家族を大事にしているみたいではないか。


 ついに妹についてコタローが話しはじめたとき、アリトンは興奮した。

「名前は……佳夜」

「いい名前ね。昔ながらの、日本ぽい名前。いくつ離れてたの?」

「……10」

「あら、ちょっと離れてるのね。どうして? ステップファミリーとか?」

 両親が離婚して、どちらかの親が再婚したときにできる兄妹。そんなものかとアリトンは考えた。しかし、コタローはかすかに首をふった。

「……治してくれ……」

「だめよ。せっかくここまで話してくれたんだから。ねえ、両親はあなたに優しかったの?」

 コタローがすすり泣く。アリトンは首をかしげた。

「ねえ?」

 のぞき込むと、コタローは気絶していた。



「もう、やめてくれ」

 コタローはとうとう懇願した。指先の傷は塞がっていたが、爪はまだ半分も生えそろっていなかった。霊者の力は魔法ではない。癒すといっても相応に時間はかかるし、完全に元通り、何もなかったことにはならない。


 アリトンはにっこり笑った。

「ひどいわコタロー。ノームに選ばれた厭世家は、悪魔に命乞いなんてしちゃだめ」

「お願いだ」

 コタローは泣いた。アリトンはにこにこしながら首をかしげた。

「何かトラウマでも呼び起こしちゃったかしら、私?」


 震えるコタローは、それまでに見た意志の強い義人とはちがっていた。暴力におびえ、部屋の隅まで逃げていくこの男は、荒々しさも自信も、どこかに置いてきてしまったかのようだった。アリトンは、ははあと思ってにこりと笑った。

「両親の話が、ネックだった?」

 その目が揺れるのを見て、当たりだ、とアリトンは笑った。



 コタローは話した。ぽつぽつと、死人みたいに、過去を話した。


 人間扱いされずに育った子ども時代。

 殴られ、蹴られ、食事も与えられず、部屋は窓を開け放したままの風呂場だった。冬は東京に住んでいるにもかかわらず手足が凍傷になり、いつも給食を食べ過ぎて同級生たちにからかわれ、いじめられた。家ではいつも正座だった。両親の言動にいちいちびくついた。彼には他にも兄弟がいたのに、彼だけがむごい扱いを受け続けた。理由はなかった。兄弟も彼を無視し、ときに親に加担した。


 それでも、彼らを嫌いになれなかった。どうしても、人に言えなかった。もしも自分が虐待されていると認めてしまったら――親に愛されていないと、認めてしまうことになるから。


 小学4年生のとき。誰かが通報したのかコタローは保護され、親戚の家にもらわれた。とても優しい人たちだった。ただ、クリスチャンだった。その考え方に戸惑うこともあったが、あの親よりもずいぶんましだと思えたので、コタローは熱心に聖書の勉強をした。それらは楽しかった。アダムとエバ、ノアの大洪水、バベルの塔、アブラハムと息子たち、エジプトに渡ったヨセフ、十の災厄と紅海を割ったモーセ、賢いソロモン王、預言者たち、キリストの奇跡、パウロの手紙。


 コタローを引き取ってくれた家族には子どもがいた。障害のある、小さな女の子。

 それが佳夜だった。



「大変な子ども時代を過ごしたのね」

 アリトンは言った。少しは同情的になっていた。あの時代の日本は平和ボケした先進国だったから、どうせこの男もぬくぬく育ったのだろうと、なんとなく思っていたのだ。


 アリトンは頬杖をつき、コタローを見た。ぼたぼたと、涙を落とす弱い男を。

「だけど本当は……ずっともやもやしてたんだ……」

「なにが?」

 コタローは目をそむけ、苦しそうに言った。


「クリスチャンの親は……創造主こそが愛ある神だと言った。父親だからこそ、放蕩息子を大事にし、父親だからこそ、すべてをあがなったキリストに免じて、人間を許すと教えた。全部、親の愛で説明された。あの人たちは本当にいい人たちだったけど……口を開けば『親に従順に』と言った」


 アリトンは頬から手を離し、壁にぴたりとはり付いて座るコタローを見た。実の親を思い出し、恐怖に震えるコタローを見た。


 君の親は、本当は君を愛したくて仕方なかったんだよ。それがうまくできなくて、苦しんでいたのはあちらも同じなんだ。子どもを愛さない親なんて、いるわけないんだから。そんな、薄っぺらい言葉を投げかけられたときの、彼の気持ちは。


「おれは……わからなかったんだ……」

 コタローは顔をおおって忍び泣いた。肩を震わせ、ずっと押し込んでいたものを解放して、泣きじゃくった。


 アリトンは四つん這いでコタローのそばに近寄った。コタローがびくっとして顔を背ける。アリトンは頬にキスをした。反応は返ってこない。しかし、それでかまわなかった。

「驚いたわ」

 アリトンはじっとコタローを見つめて言った。

「あなたは厭世家なのに、迷っていたのね」


 コタローは首をふり、膝をかかえこんで頭をうずめた。

 ――あれ?

 アリトンは意外に思った。美しい。あれほど目ざわりだったコタローが、この上なく美しく感ぜられた。

 ――たぶん、欠けているから。


 人間は、不完全でこそ美しい。厭世家は立派すぎたのだ。正しく、厳格で、愛がある人間は、魅力的には見えない。少し影があり、少しミステリアスで、少し馬鹿なくらいが愛されるのだ。愛と美とはつながっているのだから。


 パイモンがいつか言っていた映画のセリフを思い出し、くすっと笑った。

 ――聖人みたいな男と寝たって、つまらない。

 本当にそうだ、とアリトンは思った。彼女はもう、ノームと寝たいとは思わなくなっていた。それは彼を愛する心の大部分を、カエラに与えてしまったせいなのだが。


 アリトンはにっこり笑って、うずくまるコタローを抱き寄せた。

「よしよし」

 犬みたいに、頭をなでた。

「今日は、なんにもしないよ。大丈夫。明日、妹の話を聞かせてね」

 コタローは何も言わなかった。ただ、小刻みにふるえ、息がひっつくのをアリトンは感じた。

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