*愛の理

 コタローが地下室に入って三日が経ちました。アリトンはまだ家にいる。けど、地下室におりていくことはありませんでした。


 私は三日間、自分の部屋には戻らなかった。私はガズラの部屋の、コタローのマットレスで寝起きした。マットレスはあちこちバネが飛び出ていたりした。それでも私はそれで寝た。私は怒っていた。それと同時に、悲しんでいた。アリトンについて、どう考えればいいのかわからなかったから。


 私はアリトンのいる家にいたくなかったので、毎日外へ出て散歩した。そのたびイトナがついてきた。私は無視して歩き続けた。ときどきふり返って、帰って欲しいと言った。けど、イトナはだまって私を見つめ、首をふって、手話で示した。

「握手をしないか」

 私は顔をしかめて、ふたたび前を向いて歩いた。


 本当は誰かと握手をしたくて仕方なかった。誰でもいいからセックスがしたくて仕方なかった。けど、私は我慢していた。本当はしたかったけど、自分が汚れる気がしていやだった。こんなふうに考えるのははじめてです。自分でも意外だったけど、そんな自分は嫌いじゃなかった。


 私が歩いていく先は、この国で一番背の高い塔だった。コタローがうちに住むことになった日、歩き疲れて辿り着けなかった場所に、三日のあいだ二度も行った。


 この塔の名前は、空の木という意味があると、コタローが教えてくれた。本当は666メートルにしようとしたけど、悪魔の数字だったからやめた、という話もしていた。悪魔に関することは不吉だから、良くないから、やめたそうです。


 悪魔は汚れている。天使はちがいます。最初はみんな同じだったのに、どうして別の道を選んだのだろうと思う。けど、なんとなくわかる気もする。私はイトナと同じ道を歩いていたくないから。


 塔のそばには迷子たちがたくさん暮らしている。迷子たちは、住みついたり、仕事場にしたり、ごはんを作ってみんなで食べている。ときどき、悪魔がいます。彼らは迷子を誘惑し、世話をしてやる。そして頭がおかしくて変態の悪魔は、迷子たちとセックスをします。


 私は塔の根元に立って、てっぺんを見上げるのが好き。しまいには地面に寝そべって、塔のてっぺんを見つめ続ける。イトナは私の視界に入らないところで、私が飽きるのを待っている。私はじっと空を見続ける。そして考えます。地下室に入れられたコタローのこと。アリトンのこと。ノームのこと。


 アリトンは私と仲直りをしようとした。けど、私は彼女を無視した。どう話せばいいのかわからなくなってしまったから。彼女とキスやセックスをするのが、急に恥ずかしくて、汚く思えてきたから。



「コタローに影響されちゃった?」

 ある日、ガズラが言った。私は、そうかもしれない、と思った。コタローは性欲を抑えて、私とセックスをしません。彼は終わりの日を生きた、不完全な人間なのに。けど、人間にできるなら、私もできると思う。魂がなくても、心が欠けていても、もしかしたらできるかもしれない。


 私は人間になりたかった。そう言ったら、イトナは黙り込んでしまった。私を困った目で見た。すると、ガズラがにこにこ笑って首をかしげた。

「なんで? もう、人間じゃん」

 ガズラは私がどういう存在だか、ちゃんと知っているはずです。なのに私を人間だと思うなんて、バカだと思う。



 三日目、散歩から帰ってから、コタローのところへ行ってみました。私は食べ物とお酒を持っていった。コタローはお酒が好きです。そして生卵が好き。


 生卵なんて気持ちが悪いと思う。けど、コタローはよーくまぜれば白身と黄身が混ざって、ちっとも悪くないと言う。コタローは私のために五分も卵をかきまぜたことがあります。はじめは黄色と透明の部分は分離していた。マーブルチョコみたいに、混じり合ってもお互いが干渉することはなかった。けど、がんばってまぜ続ければ、卵はほとんど完全に混ざります。それくらい混ざれば、私も食べられる。


 けど、ガズラは割ったばかりの生卵をそのまますすって食べることができる。彼は食べ物ならなんでもいいのです。


 コタローに持っていった食べ物の中にも、生卵とごはんを付けました。コタローは白いお米が大好き。迷子がお米を売っていると、必ず買う。しかし、そうしたお米はたいていうす茶色をしています。コタローはお米を瓶に入れて、棒でつついて、できるだけ白くしようとする。完成すると、鍋に入れて炊く。


 コタローは誰よりもお米の炊き方についてうるさい。途中でふたを開けるなとか、吹いたら火を弱くしろとか、いちいち言ってくる。けど、コタローが炊くお米は、誰が炊くよりおいしい。



 私の炊いたお米は芯がかたくてねちょねちょしていたけど、コタローはお礼を言って食べはじめた。私は気になっていたことを聞いた。

「コタローはセックスがしたくないの?」

 ドアの向こうでコタローがげほげほと咳き込んでいるのが聞こえてきた。私は咳が治まり、コタローが答えてくれるのを待った。


「……なんだって?」

 返ってきたのは、調子のくるった声でした。私はもう一度訊いた。

「コタローはセックスをしないで、平気なの?」

「……なんでそんなこと聞く?」

「気になったから。私は最近、誰ともセックスをしていない。この三日は、握手もしていない。そうしたら、身体中がむずむずする。夜中に悲しくなって、涙が出る。胸が痛くて、いつも誰かのことを考える。それで、いつも罪悪感におそわれるの」

「……罪悪感?」


 その声は意外そうだったので、私はうなずいて答えた。

「後ろめたい気持ちのこと。罪を犯してしまったような、申し訳ない気持ち」

「意味は知ってる。……なんでそうなった? つらいなら、握手くらいしてればいいだろ。セックスとちがって、握手は神も禁じてないぞ」

「けど、私の握手はセックスと同じ意味を持っている」

「そんなばかな」

 私は真剣だったのに、コタローは鼻で笑った。むかついたけど、まだ返事を聞いていなかったので、立ち去るのを我慢した。

「コタローは神様のルールを守るために、セックスをしない。そうでしょ」

「……まあ、そう、なんだろうな」

「けど、それはつらくありませんか?」


 私は自分の手を握りしめていた。急に胸がいっぱいになって、涙があふれそうになった。ドア越しに話していてよかったと思った。今の顔を見られるのはいやでした。


 コタローはちょっと考えたように間を置いてから、答えた。

「だれ彼かまわずセックスをするようなやつは、神の言葉がなくてもやっぱりいやだな。男でも女でも。だから……カエラは、いつも誰かと握手をしていればいいんじゃないかな。最近のおまえは、前より落ち着いて見えたよ。いい変化だと思う」


 そんなつもりはなかったのに、目から涙が落ちました。私はもう一度訊いた。

「だれ彼かまわずセックスをするやつは、どうしていやなの?」


「快楽のためにセックスをするのは……むなしいだけだよ。誠実じゃないし、誰の目にも軽んじられる。軽んじられたら、またどうでもいい奴が寄ってきて、セックスをして、その繰り返しだ。そんな人間、信用できないだろ。おまえはもちろん、人間じゃないけど……それでもやっぱり、控えたほうがいいとおれは思う」


 私はだまって聞いていた。しばらく何も言わなかったので、コタローが心配した声で「カエラ?」と聞いた。コタローは、私が泣いているのに気がついていなかった。私は音を立てずに泣いて、それから普通の声で言った。

「わかった。またね」

 それで一階へ上がっていった。するとそこに、ノームが来ていた。




 二階への階段から、アリトンがおりてきました。そしてノームを見た。ノームは、ここにきたばかりのコタローのように、気まずそうにして、少しはにかんだ。

「こんにちは、アリトン」


 私は動けなかった。ノームを見つめて、固まってしまった。


 ノームに近寄っていって、握手がしたくて仕方がなかった。そして、キスがしたくて仕方なかった。最後には、セックスを思った。けど、動けなかった。コタローに言われたことが、ぐるぐる頭を回っていたから。


 アリトンはこの三日間、私に話しかけようとして、いつも無視されて悲しげだったのに、今は私を無視した。彼女は階段をおりきって、ノームを見上げた。彼女は背の低い女の格好をしている。けど、ノームは美しい男の格好をしている。


 アリトンは言った。

「迷惑だわ」

「迷惑? どうして」

 ノームは穏やかな笑みをたたえていた。アリトンはそっぽを向いた。

「悪魔の家に天使が来たら、迷惑なのは当たり前でしょう」

「イズルはたまに、ここへ来ると聞いた。私だって来てもいいだろう」

 ノームはにこにこしながら私に向き直った。


 私は口をぽかんとあけていました。心臓がざわついて、やぶけてしまいそうでした。両腕が、身体の横に不格好にぶら下がっていることに気がついた。髪が邪魔で仕方なくなった。でくの坊みたいに、そこにつっ立っていた。身体中が熱くて、脳みそが煮えているみたいでした。


「こんにちは、カエラ」

 ノームは言った。私の名前を言った。私は、自分の名前が大好きになった。

「こんにちは、ノーム」

 私は言った。小さくて、気味の悪い、妙な声でした。

「会いたかった」


 アリトンは私をじっと見ていた。それから哀れむように唇を引き結んで、言った。

「カエラ、この天使と散歩してきたらどう? やさしいから、きっとあなたのために時間を割いてくれるわ」

 そしてアリトンはノームをにらんだ。傷ついたような目で。

「そうよね、天使様?」

 ノームはちょっとアリトンと見つめ合ったかと思うと、私に笑いかけた。

「もちろん。少し散歩をしましょう、カエラ」


 私は、アリトンを無視していた三日間を謝りたくなりました。それくらい、アリトンに感謝の気持ちでいっぱいだった。けど、唇が蝋で固められたみたいに動かなかったので、ノームに向かってうなずくしかできなかった。


 私はノームに背中を支えられて、よろめきながら外へ出ました。うしろで、アリトンが立ち上がりかけたイトナに「二人にしてやんなさい」と言うのが聞こえた。私はノームと二人で、エデンの外を歩きはじめた。


 ノームは穏やかなほほ笑みを浮かべて私のとなりを歩いていた。彼は早すぎもせず、遅すぎもせず、へんな歩き方をしている私に歩調を合わせた。それはまさに天使で、彼は天使で、畏れ多くて涙が出た。うれしくてうれしくて仕方なかった。私は自分で思っているよりもずっと、この天使に会いたくて仕方なかったのです。


 ノームは迷子たちがあまりいない、静かな道を選んだ。そして私の頬を流れる涙をそっと拭いてくれた。ノームに触れられた部分が、熱く燃えたぎるように感じられた。それで……私の頭の中に、いろんな人としたセックスの思い出があふれました。


 急に涙がひいた。熱を持ったように暑かった身体が、冷えびえとした。私は自分が恥ずかしくてたまらなくなった。


 ノームはだまって私のとなりを歩いていたけど、私が急に泣くのをやめて、足元をしっかりさせて歩きはじめたので、声をかけてきた。

「毎日の暮らしは楽しいですか」

 私はだまっていた。ノームに話しかけるのが、急に怖くなった。

「手をつないで歩きませんか」

「だめ」

 私は言った。あまりにも早く答えたので、ノームは少し戸惑っていた。

「誰かと握手をするのは……気に入りませんでしたか」


 私は怖かった。コタローになら、イトナになら、正直に話すことができたけど、ノームに幻滅されたらと思うと、怖くてたまらなかった。今は優しく笑いかけてくれるけど、私のことを知ったら、ノームが離れていってしまうのではないかと怖かった。


「あれから……握手を教えてもらってから、私は誰ともセックスをしていない」

「そうですか」

 ノームは満足そうに笑ってくれた。それは心から祝福してくれているようで、まぶしくて直視できなかった。

「きっと、神も喜んでくださいます」


 私は立ち止まった。ノームも私にあわせて歩みを止めた。私はノームを見上げた。

「神様は私なんか知らない」

「もちろん、知っていますよ。神はすべてをよくご存知です」

 ノームは穏やかに答えた。私は少し口ごもってから、言った。

「けど、私は神様に作ってもらっていない」

「アリトンだって、ゼロから作ったわけではないでしょう」

 ノームはにっこりと言った。


「神は、あなたが愛しさえすれば、それ以上の愛でもって応えてくださいます。あなたがこの世に生を受けたことには、きちんと意味がある。たとえ不条理なことに思えても、必ず愛はある」

 私はうつむいた。とても悲しくなった。

「私は神様に祈ったことがない。どうやって祈ればいいか、わからない」

 ノームは私の手をとって、歩きはじめた。迷子たちが物陰から、私たちの会話に聞き耳を立てていたから。

「それでもいい」

 ノームは言った。

「難しく考えないで」

「けど、本当にわからない。言葉は知っているの。感謝とか、愛とか。けど、私は……」


 私は4つの愛について考えた。エロスと、フィリアと、ストルゲと、アガペーについて考えた。今の私は、その4つのどれも、抱いていない気がした。

「私は、愛も感謝も持っていない。私はただの、人形だから」

 ノームは朽ちかけた建物の前で立ち止まり、さびた外階段を示して言った。

「のぼりませんか。屋上に出たら、きっと気持ちがいい」

 私はうなずいた。ノームといられるなら、どこでも幸せだと思った。たとえ地の底でも。


 建物は4階建てだった。屋上にのぼると、誰もいないので気が楽になった。私たちは屋上の端に座り、足をおろしてぶらぶらさせた。少し身を乗り出せば落ちてしまいそうだったけど、ノームがいたから平気だった。涼しい風が吹いていた。もうすぐ寒くなる季節です。


「ここでの生活は、楽しいですか」

 座って景色をながめていると、ノームが言った。私はうなずいた。

「ときどき、むかつくこともあるし、イラつくこともある。けど、だいたいにおいては、楽しい」

「人々は、どうですか」

「怒りっぽい人もいるし、いつも泣いてる人もいる。けど、彼らもときどき笑っている。それから、いつも楽しそうな人も、ときどき泣いている。イトナは私のためにいつも目を光らせている。うっとうしい時もあるけど、うれしいの。私を気にかけてくれる人は、本当は少ないから」


 ノームはちょっと私を見つめてから、穏やかに言った。

「『楽しい』や、『うれしい』は、そのままでいいんです。それが、気にかけてくれている人への、感謝になるんですから」

 私は意味が分からなかった。

「けど、私は最近、イトナを邪険にしているし、感謝の心も持っていない」

「好きな人が幸せそうにしていたら、それだけで心が満たされるでしょう?」

 私はにっこり笑うノームを見つめ、顔が熱くなった。

「そうだね」

「神も、同じなんです。カエラが楽しそうにしていたり、うれしそうにしていただけで、神も心が満たされる。それだけでいい。大仰な祈りや感謝の言葉はいらない。本当はもっと、簡単なんです」

「けど、神様はそんなに単純なの」

「ええ、神だってそんなもんです。私たちとそう変わりませんよ」


 ノームは人差し指を口にあてて「内緒だけどね」と言いながら、イタズラっぽく笑った。そんな彼を見て、私はますます顔が熱くなった。自分の考えていることにびっくりして、あわてて目をそらした。ノームは不思議そうな顔をした。

「どうしたんですか、カエラ」

「私は罪深いの」

 私は白状した。罪悪感で、死にそうでした。

「私はとても罪深くて、あなたを汚している。私はあなたに……失礼なことばかりしている」

「何を言っているんですか。会ったのは二度目でしょう」

「けど、心の中でしているの」

 また涙が出てきた。手が震えて、コタローの言葉が頭をぐるぐる回りはじめた。


 ――だれ彼かまわずセックスをするようなやつは、信用できない……。


「私はあなたと握手がしたい」

 私は言った。自分の手をかたく握っていた。

「けど、もし握手をしたら、今度はキスをしたくなる。キスをしたら、今度は舌を入れたくなる。そしたら、私はあなたとセックスをしたくなる。いつもいつも、あなたのことを考えていた。あなたを辱めることばかり、考えていた。私は罪深いの。汚れている。あなたは正しい人。あなたは天使なのに……こんなことばかり考えるなんて、私はやっぱりおかしいんだと思う。私が人間じゃないから、きっと魂がないから、こんな愛のないことばかり、考えてしまう。私は……とても、罪深いの」


「カエラ」

 気がつくと、ノームの両腕が私の肩にぐるりと回され、ぎゅっと抱きしめられていた。私は泣き続けた。そして抵抗しました。

「離れて、ノーム。そんなことをされると、私はもっと、肉のことばかり考えてしまう。あなたが好きなのに、どうしてだかわからない。本当に好きなの。好きなのに、こんなことばかり考えてしまう……」

「ちがうよ。カエラ。それはちがう」

 ノームの声は小さくて、きっと私にしか届かなかった。けど、それは私に伝えるためだけに、彼の口からつむぎだされていた。


「カエラ、よく聞きなさい。聞いて。エロスの愛は、本来そういうものなんだ。愛する二人の、本当の幸せは、セックスだ。カエラ、あなたはきっと、セックスとは不純で、汚く、愚かな行為だと思っているかもしれない――本当の愛には必要のないもので、プラトニックこそが、真実の愛だと思っているかもしれない――でも、ちがうんだよ。愛する人とセックスをしたいと思うのは、自然なことだ。汚くはないし、罪でもない。いいかい、カエラ。本当に愛する人を見つけてしまったら、その人とセックスをしたくなる。なんにも悪いことじゃないんだよ」


 私はノームの言葉を聞いていた。その声を聞いていた。彼の腕の中で、泣きながら聞いていた。


「私はあなたとセックスがしたい。あなたにもそれを望んでほしいと思ってる。けど、不思議なの。今までは、相手がいやがっても、無理やりお願いしてセックスをして、それで平気でいたの。けど、あなたにはそうしたくない。変なの。あなたがいやだと言うなら、私はあなたに触れてはいけないと思う。あなたを傷つけたくないから。あなたに嫌われたくないから。あなたが必要なの。私はあなたが好きだから」


「……カエラ」

 ノームは一瞬言葉を切り、そして言いました。


「本当の愛は……プラトニックでも、すぐにセックスをしてしまうことでもない。本当の愛は、相手を尊重することだ。いやがる者や、無知につけ込んで無理やりセックスをするのは、エロスの愛とは言えない。あなたは素晴らしい。誰にも教わっていないのに、本当の愛を見つけてしまった。カエラ。とても誇らしいよ」


 私は我慢できなくなって、ノームの腕に触りました。頭がぼうっとして、すぐに手を引っ込めた。そして、ノームの身体に手を回した。私たちは抱き合った。けど、それだけだった。キスもしなかったし、目も合わせなかった。それでも、私は幸せだった。幸せで、そして、とても不幸だった。


「けど……あなたは天使で……」

 私は言った。

「うん」

「あなたは……私とは、絶対……セックスをしたくないと、言うでしょう……?」

 ノームはだまっていた。力強く私を抱きしめてから、しぼり出すように言った。

「……うん」


 心がこなごなに砕けてしまいそうだった。それでも、欠けらが風に吹かれて飛んでいったりはしなかった。ノームがしっかりと私を抱きしめて、壊れないようにしてくれたから。彼が、私の心を支えてくれたから。


「ごめん、カエラ」

 ノームが言った。

「本当にごめん……」

 私は首をふった。だって、わかっていたから。ノームが神様を愛しているのを、知っていたから。


 私は、そんなノームを好きになったのです。

 私は、そんなノームを愛しているのです。

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