第8話 もう戻らない
しかし。
尋の望みは最後まで届かず。
「……死んだ!? 来が!?」
翌日の放課後。『A・I・C』に顔を出した尋に告げられたのは、来の死という事実だった。
「ああ、昨日の午後、本庁への護送中にね」
唐澤は腕組みをして眉を潜めた。
「昨日君達が解散した後、来は本庁に移送される事になったんだ。それまでは大人しかったんだが……」
そこまで言って唐澤は一度口を噤んだが、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「本庁に着いて車から降りた瞬間、彼の様子が一変してね。車道に向かって一目散に走って行って、我々が止める間もなくそのまま車に……すまない」
唐澤はそう言って尋に頭を下げた。
「いえ、そんな……唐澤さんのせいじゃないです。俺が……俺があいつを、追い詰めたから」
来を止める為とはいえ、『死』を教えた事で尋が来を追い詰めたのは事実だ。
来がいくら『アディクター』といえど、自身の母の死に何も感じていなかった筈がない。その心の傷を、尋が押し開いたのだ。
来の過去を、死を知った来がどうなるかを知っていた尋なら、止める事も出来た筈だ。
尋が……尋が殺したようなものではないか。
(……まただ)
尋の脳裏にあの声が響く。
『人殺し』
また、死なせてしまった。
自分のせいで、また他人を死なせてしまった。
頭を抱え、その場に踞る。
あの時、夕菜と約束したのに。
同じ苦しみを他人に与えてはならないと。
なのにまた、間違えた。
頭を抱える尋の背を、唐澤はポン、と優しく叩いた。
「気に病むことは無いさ。君は君の力で翔子を助け、事件を解決したんだ。その事は、誇っていい」
「……でも……」
「来が死んだのは、自分の犯した罪に自分で耐え切れなくなったからだ。原因は彼の心の弱さだ。何も、君のせいじゃない」
唐澤の優しい言葉に耳を傾けながら、尋は一人思い返していた。
よく考えれば、尋は自身の『死』の体験を意識していたが、あの事件・・・・以来『他人の死』と向き合った事は無かった。
来は戦った相手、即ち敵であるとはいえ、尋がその内に抱える闇を知った人間だ。もう、他人などではない。
なら、その死に立ち会うのは人として当然ではないだろうか。
「……唐澤さん」
気付けば尋は、唐澤に頭を下げていた。
「彼に……来に、会わせて下さい」
死体安置室は、摂氏二度という極寒の場所だった。
そんな生命の感じられぬ場所に置かれた大きな机の上に、彼はいた。
眠ったような男の額に触れても、昨日感じたような温かさは──人としての温かさは、微塵も感じられなかった。
これが、死。
あの暗闇に意識を持っていかれた人間の、残された抜け殻。
これが、命の喪失。
死ぬ寸前、痛みに苦しんだ筈なのに、その表情はどこか安らかで。
気付けば、尋の目からは涙が零れていた。
殺し合いを演じた相手だというのに、その死を目の当たりにすると、涙が止まらなかった。
気付かされたのだ。
『死』を知っているからと言って、自分がどれだけ傲っていたかを。
尋が体験したのはあくまで『臨死』だ。本当の『死』ではない。
死は恐怖そのものだと思っていたが、それだけじゃない。
死は無慈悲で、突然で、無情で、不可避で、無差別で、平等だ。
死は、悲しみしか残さない。
死は、いつ誰に訪れるか分からない。
死は、もう戻らない。
それが、死だ。
「……大丈夫かい?」
俯き涙を流す尋を不安に思い、唐澤は尋に呼びかけた。
「……す」
「えっ?」
「守ります」
尋はそう繰り返した。
もしこの死がこれからも不能事件によって繰り返されようとするなら。
もしこれからも誰かが死に悲しむなら。
「もう、誰も……死なせたくありません。だから、この力で、みんなを守ります。死に追いやるんじゃなく、死なせない為に」
『死』を教えるのではなく、『罪ちから』から皆を、日常を守る為に戦う。
きっとそれが、尋に……『死』を知り、『罪』を知った前道尋に力が与えられた意味だから。
「そうか……」
唐澤はしばらく目を瞑って考え込んでいたが、やがてその顔を上げた。
「分かった。予定より早いが、君の仮身分を改定しよう……君はこれより、正式な『A・I・C』メンバーだ」
「……ありがとうございます」
「……もう、後戻りは出来ないわよ」
不意に、耳慣れた声が聞こえた。振り向けば、安置室のドアに翔子が寄りかかっている。
「これから何度も、人の死を見る事になるわ。あなた、それに耐えられる?」
「……そうは、させない」
尋は目に溜まった涙を拭いた。
「もう、死なせない。もう、誰かの死を見たくない。その為に、俺は戦う」
それが俺の、罪つぐないだ。
Climb Crime @BayAoduki
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