2.今そこにある危機
「――アハッ。オジサン、ちゃんとキてくれたんですね?」
「ヨ、ヨアンナ……? え? な、なんで?」
俺は混乱の極みにあった。元の世界へ戻ったはずなのに、ボロアパートの階段を下りたらまた異世界にやって来て、しかもヨアンナとばったり再会してしまうだなんて……。一体全体、何がどうなってるんだ?
「……あ~あ、やっぱり戻ってきちゃったんだね、エイジ」
状況が全く理解出来ずにおろおろしていると、耳元にここ一ヶ月ですっかり聞きなれた、やる気の無さそうな声が響いた。
「シリィ!」
「や、エイジ。昨日振りだねぇ~。元気してた~?」
アゲハ蝶の羽をばたつかせながら手を振ってくるシリィの姿が、この時ばかりは救いの神に見えたね。「やっぱり戻ってきちゃった」ということは、どうやらシリィは俺が異世界に戻ってきてしまった原因に心当たりがあるらしい。
早々に一から十まで説明願いたいところなんだが……俺の傍には、先程から満面の笑みを浮かべつつも全身からどす黒いオーラを放っているヨアンナの姿がある。俺との会話を邪魔されたと思っているのか、表情とは裏腹に全く笑っていない目には、シリィへの明確な殺意さえ感じてしまうくらいだ。
シリィと落ち着いて話すには、ヨアンナに少しご遠慮願わないといけない訳だが……さて、どうやって説き伏せたものか?
ヨアンナに愛想笑いを向けながら脳内で必死に善後策を考えるが……残念ながら何も浮かばない。ただでさえヨアンナには「嘘」を吐いてしまっているのだから、これ以上下手なことは言えないという事情もある。一体どうしたものか?
――等と悩んでいると、なんとシリィが大胆にもヨアンナの方に自ら寄っていって、耳元に何か囁き始めやがった!
一瞬「よせシリィ! 殺されるぞ!」等と叫んでしまいそうになったが、そんな言葉を吐いたら最後、むしろ俺が(誰にとは言わないが)殺されかねないのでぐっと我慢する。
固唾をのんで見守る俺をよそに、シリィは更に言葉を続け……。
「――っ!?」
何故かヨアンナが突如として頬を真っ赤に染めて、俺を
ぽかんとする俺に、シリィが「いやあ~上手くいって良かった」等と呟きながら寄ってくる。
「シリィ……一体どんな魔法を使ったんだ?」
「ん~? それはもう、妖精秘伝の魔法の言葉さ~。エイジも聞いてみる? おすすめはしないけど~」
「……いや、なんか嫌な予感がするからやめておく」
シリィがわざわざ「おすすめはしない」なんて言うってことは、恐らく相当にろくでもない内容なのだろう。ヨアンナのあの反応から、なんとなく想像は出来るが……今は考えないようにしよう。
後々、よけいに事態が悪化しなきゃ良いがな。
「――っと、そうだ。シリィ、俺は何でまたこの世界に戻ってきちまったんだ? お前には心当たりがあるみたいだが……まさか、こうなることを知っていたのか?」
「まさか! オイラだって予想外だったよ。もしかしたら……くらいには思ってたけど、実際にそうなるなんて、思いもしなかった」
ブンブンと首を振って否定するシリィの様子からは、嘘は感じられない。まあ、気分屋のシリィの真意なんて俺には理解しようがないから、あくまでもその場の印象だが。
「普通はね、この世界とエイジの世界が重なっている状態でも、そう簡単に異世界間を移動なんてしないはずなんだ。重なり合っている空間では、人や物の存在自体が
「なんとなく……は」
「じゃあ続けるね? この『縁』っていうのが実は厄介でね、人間と世界との『縁』自体は、実はそんなに強くないんだ。どちらかと言うと、人間同士の縁の方が強固なんだ」
「人間同士の、縁?」
なんだか、嫌な予感がしてきた。
「例えば、一緒に暮らしている家族の『縁』はとても強い。日常的な距離が近ければ近いほど『縁』は強くなる。職場の『縁』もそこそこ強いね。特に、その職場で特別必要とされている場合は『縁』も強い。
そして……人間が人間を求める気持ち、恋も強い『縁』を生むんだ」
「……ってことは、俺はもしかしてヨアンナの恋心に引っ張られて、こっちの世界に戻ってきちまったってのか?」
「う~ん、それなんだけど……実はそれだけじゃないんだよね~」
「? どういうことだ?」
「確かに、まだこちらの世界とエイジの世界とが重なっている状態だったし、ヨアンナのエイジへの執着はかなりのものだから、エイジがこちらに引っ張られる可能性もあるんだけど……それだけだとちょっと弱いんだよね」
「ヨアンナの思いだけじゃ弱い……? じゃあ、他の誰かも俺を求めてるってことか?」
まさかヨアンナ以外にも俺に想いを寄せている女性がいたんだろうか? こんな時にモテ期が発動されても困るだけなんだが。
「いや、恋愛方面じゃなくてね。単純にエイジの助けを欲しがっている人達がいるというか……」
「俺の助けを欲しがってる人達?」
なんだか、シリィにしては珍しく奥歯に物が挟まったような言い回しだ。何か言いにくい事情でもあるんだろうか?
――曖昧なままにしておくわけにもいかないのでシリィに問い質そう、と思った矢先、通りの向こうから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「オーイ! エイジ~!!」
「……フェイ?」
声の主はフェイだった。かなり慌てた様子で、こちらに走り寄ってきている。顔面も蒼白で、とても尋常な様子には見えない。
「ハァッハァッ……良かった、昨日からエイジの姿が見えないから心配してたんだよ。てっきり巻き込まれたのかと」
「……巻き込まれたって、何にだ? 一体何があったんだ?」
そこまで言って、ようやくフェイの全身が何やら黒く汚れているのに気付いた。
顔も、服も、手も、全身いたる所に何やら黒い汚れが付着している。……これは、
「やっぱり。知らないってことはエイジは街から離れていたんだね。昨晩は街中えらい騒ぎだったから、街にいなくて正解だったかもね……。エイジ、落ち着いて聞いてほしいね」
そこでフェイは一旦息を整えると、今までに見たことがないような真剣な表情で、その言葉を俺に告げた。
「盛り場が焼き討ちされたんだ。僕らの宿敵である
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