2.思わぬ伏兵

「朝日が目に染みるぜ……」


 翌朝の空は、まるで俺の帰還を後押しするかのような快晴だった。

 手にしたカップの中のコーヒー……ではなく謎のお茶をズズズとすすりながら、俺は見納めとなるであろう異世界の朝日を眺めていた。

 ふっ、我ながら中々にダンディなたたずまいだな!


「どうしたねエイジ? 朝日をぼーっと眺めながらお茶をすするなんて、どっかのおじいちゃんみたいだよ!」


 ――フェイの心無い茶茶は聞こえなかったことにして無視無視。

 今日で奴ともおさらばなんだ。たった一ヶ月の付き合いだったが、まあ普通に気のいいやつだったし、良好な関係のままお別れしたい。

 俺がいなくなることで芋の皮剥き要員が減って、フェイにも迷惑がかかるしな……。


 とはいえ、あまり変わった態度を見せれば勘の良い「ヒバリの丘亭」の面々のことだ、俺の様子を不審に思うかもしれない。

 この異世界から静かにフェードアウトする為には、他の連中に気付かれないようにしなきゃいかん。いつも通り、普通に振る舞わないとな……。


 「ヒバリの丘亭」での最後の仕込みと清掃作業を終えると、俺は「ギルドに行ってくる」とだけ言い残して店を出た。

 フェイもリンも、大将もそれを不思議に思わず、それぞれ「はいな」「いってらっしゃい~」「おうよ」等と思い思いの言葉を返して送り出してくれた。

 ――これが今生の別れだと思うと、深くにも目頭が熱くなってきそうだが……ぐっとそれをこらえて店を後にする。

 じゃあな、異世界のくそったれ共。あんたらのこと、嫌いじゃなかったぜ?


 シリィを伴って朝の盛り場を歩く。

 表通りは綺麗なもんだが、路地に目を移すと所々で酔いつぶれたまま朝を迎えたろくでなし連中や、そいつらが残したが見て取れる。娼婦や悪たれオーク共の姿は流石にまだ見えない。

 都心の、それもとびきり治安の悪い地域の繁華街にも似たこの光景とも、今日でお別れだ。清々するような、ちょっと寂しいような……。


「おやおや~? もしかして、この街にちょっと未練があったり?」


 こういう時のシリィは、何故かこちらの内心を正確に見透してきやがる。憎ったらしいことこの上ない。


「バカ言え。一刻も早く出て行きたいわ」


 そんなシリィに対し強がりを口にするが、きっとこれも見透かされているんだろうな……。


 ――気付けば、いよいよ盛り場を抜けて表通りの方までやってきていた。俺の世界と繋がっているという例の階段までは、もう目と鼻の先だ。

 いよいよ本当にこの世界ともお別れだな、なんてぼんやりと考えていた、その時だった。


「あの……スイマセン」

「ん?」


 不意に背中から声をかけられ、なにかと思って振り返ると、そこには褐色の肌を持つ美女が立っていた。どこかで見覚えがあるが……?


「コノ間はタスケテくださってアリガトウございました」

「……? ああ、あの時のお嬢さんか」


 彼女は、いつぞやオークに絡まれている所を助けた奴隷の女性だった。

 確かあの後、彼女の主人である老婦人を見つけ出して、無事に送り届けたんだったっけかな? 大層礼を言われたので、それまでの関係だと思っていたが……。


「あれからオーク連中に絡まれてはいないかい?」

「ハイ、オカゲサマで。街にもナレタのでマイゴになることもスクナクなりました」

「そうかい、そいつぁ何よりだ」


 あれから一ヶ月しか経っていないが、彼女の言葉は随分と流暢になっているように感じた。

 「不思議な力」とやらはそんな細かいニュアンスまで翻訳してくれているのか……?


「オーク連中は相変わらずトラブルを起こしてるらしいから、あんまり盛り場には近付かないようにな。じゃ、俺はちょっと急いでるんで――」

「あ、マッテクダサイ!!」


 おじさんとしちゃ若い美人と話すのはそれだけで楽しいんだが、今は一刻も早く元の世界に戻りたい。そう思って別れを告げようとしたら、予想外に強い調子で引き止められた。

 なんだなんだ?


「ジツは、アナタを……オジサンを探していたんです!」


 じっと、決意を込めた表情で俺を見つめる褐色美女。

 どうやら何らかののっぴきならない理由で俺を探していたらしいが……はてさてどうするべきか――。

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