第五話「さらば異世界」

1.おうちにかえりたい

 ――さて、どこまで書いたっけ?

 ええと……そうだそうだ、巨大蜂を駆除した件だったな。

 あの時は大変だったな。女王蜂の駆除を確認するまで村に逗留とうりゅうして――ああいや、違うか。それは別の話だった。確か、罠を完成させた時点で、元の世界に帰る為に街へ戻ったんだったな。

 まだボケる歳でもないはずなんだが、どうも最近になって記憶がことが増えてきた気がする。気を付けないとな。


 そうそう、それで街へ帰ってみたらフェイやリンの与太話のせいで、俺が「人肉を喰らう巨大蜂とガチンコ勝負をしてきた」という噂が広まってて……しばらくの間それをネタにイジられたんだった。

 これがな……最初の内は笑い話で済んでたんだが、実は段々シャレにならなくなっていったんだ。

 なーんか、この与太話を真に受けた奴が多かったのか、怪物モンスター退治の依頼でようになっちまったんだな、これが。

 「屈強の戦士と噂のエイジにうってつけの依頼があるんだが――」ってな感じだ。


 もちろんギルドの方じゃあ、それが根も葉もない噂だってことは分かってて、受付のオバチャン達がその都度、丁寧に誤解を解いてお帰り願ってもらってるらしいんだが……直接俺の責任じゃないとは言え、そんな手間をかけさせちまって何だか申し訳ないわな。

 出来れば俺も依頼を受けてやりたいけどな? 流石に小山みたいなサイズのいのしし退治とか、銀毛狼の群れの駆除だとか、漁村を困らせる超巨大怪魚の捕獲だとか、俺にはとても無理だ。命がいくつあっても足りない。


 何となく「このままこちらの世界で暮らすのも良いかもな」なんて甘いことを考えていたが、今回のトラブルで踏ん切りがついた。「やっぱり元の世界へ帰ろう」ってな。

 仕事をコンスタントに回してくれている上に、今回のトラブルに対応もしてくれてるギルドのオバチャン達には悪いが、書置きの一つでも残して(読み書きは少しだけ覚えた)ドロンさせてもらうとしよう……。


「――ってことでだ。シリィよう、今すぐにでも元の世界に帰りたくなってきた訳なんだが」

「せっかくこの街にも馴染んで来たのにねぇ~。まあエイジがそう決めたのなら仕方ないね~。オイラに止める権利もないし~」


 「ヒバリの丘亭」で朝飯を食いながらシリィに相談したところ、いつものようにやる気のなさそうな反応が返ってきた。何か「引き留めるのもめんどくさい」くらいの雰囲気さえ感じるので、ちょっとだけ寂しい。


「ん~、そうだね~。ぼちぼちだから、ちょっと試してみる~?」

「繋がってる……? こっちの世界と、俺の世界とが、か?」

「他に何があるのさ? じゃあ、ちょっと様子を見に行ってみよう!」


 やる気がないかと思ったら、今度は逆に何やらノリノリだ。本当にこいつのことはよく分からん。

 ――で、朝飯を食べ終わるやいなや、シリィに街中に引っ張り出されて、とある建物の前までやって来たんだが……どこかで見覚えがあるような?

 ああ、そうだ。ここは、俺がこの世界に迷い込んで、初めてシリィと出会った場所だ。石造りの頑丈そうな建物の入り口から直接延びる階段――俺はここから落ちて来たんだったか。


「この階段のはね、エイジのアパートの階段と微妙に重なり合っているのさ。隣り合う世界同士の部分的に接触している場所の一部、と言えば分かりやすいかな? ま、ともかく互いに近い位置にあるってことなんだけど……これがたま~に、完全にピタリと重なることがあるんだ。

 異世界間の移動が出来るのは、まさにその重なった瞬間ってことだね。それで、その重なる周期というのが、エイジ達の世界で言う一ヶ月くらいってことなんだ」

「……世界同士が重なるってのはよく分からんが、つまりは俺のアパートの階段とこの建物の階段とが繋がるタイミングがあるってことか?」

「そそ。そのタイミングでこの階段を上れば、エイジの世界に帰れるって寸法だね~。見た目には分からないだろうけど、既に空間が歪み始めてるから、早ければ明日くらいには帰れるかもね」

「へぇ……」


 じっと目を凝らしても階段には何の異常も無いように見える。だが、シリィの言うことを信じれば、見えないだけで既に二つの世界は重なり始めてるって訳か。

 どこで●ドアみたいに、向こう側に俺の世界の風景が見える、とかだったら分かりやすいのにな。


「その、世界と世界が重なるタイミングってのはどのくらい続くんだ? まさか一瞬ってことはないよな?」

「場合によるけど、三日間くらいは大丈夫かな? エイジの場合、元の世界に戻る訳だから世界同士が多少離れてても、だろうから、余裕はあるかもね~。異世界同士の間に働く修正力ってやつが手伝ってくれるのさ~」


 なんだかよく分からない用語を持ち出したシリィを尻目に、俺は階段をじっと見つめていた。

 もうすぐだ。もうすぐ元の世界に帰れるんだ。

 この世界――この街も決して悪い所じゃなかったが、東京の便利な生活にどっぷり浸かった俺には色々と厳しい部分もあった。世界中を放浪していた若い時分だったらもっと順応できたんだろうがな。年取ると環境適応能力ってのも落ちてくるもんらしい。

 流石にちょっとこの異世界にも疲れてきたよ。


 ――ということで、また明日この階段の様子を見に来て、行けそうだったらそのまま元の世界に戻るという手はずになった。

 怪しい素振りを見せると、おやっさんやフェイ、リン達に気付かれるかもしれないから、何でもない振りをしないとな。

 あとは、またトラブルに巻き込まれないことを祈るばかりだ。


 ――しかし、トラブルは起こってほしくない時にこそ起こるのは世の常。俺は翌朝になって、この異世界での最大のピンチを迎えることになるのだった。

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