4.死者の王国

「あ~、流石に肩に来たな……」


 清掃作業が一段落したので、すっかりだるくなった肩をグルグルと回しながらほぐす。

 トレーニングを欠かしていないこともあり、五十肩に悩まされることは無いものの、やはり若い頃ほど無茶はきかないらしい。


「お疲れ様。次は近場の『納骨堂』で作業予定だけど……少し休んでからにしよう」


 そんな俺をいたわるように、エリーズが肩にポンッと手を置いてくる。

 ……うん、若い美人に気軽にボディタッチされると、おじさんとしては色々と反応に困るので、ちょっと止めていただきたい。

 おじさんはね、異性が親しげな態度でボディタッチしてくるとすることがある悲しい生き物なのよ……。


 ――それはともかくとして。

 清掃作業の内容は実に単純だった。

 持ってきたデッキブラシをバケツの水に浸し、それでひたすら天井や壁や床をゴシゴシするだけの簡単なお仕事……なのだが、壁や天井にこびりついた苔とも泥ともつかぬ汚れは中々に頑固で、こそぎ落とすのにそこそこの労力を必要とした。

 中にはブラシではどうしても落ちない汚れもあるので、そちらは角型スコップで削り取るように落としていく。


 落とした汚れは、床の端っこに穿たれた排水溝に汚水と共に流す。なんでも、この排水溝が直接下水路に繋がっているらしい。この場所へ来た当初に感じた変な臭いは、排水溝から漂う下水のものだったってことかね?

 しかし、地下鉄よりも深そうなこの地下道の、更に下に下水路が通っているというのも妙な話だな。その下水は一体どこに流れ着くんだか。


 作業は、体感で二、三時間程度続いただろうか?

 力と体力が要る作業なので、女性のエリーズとサビーヌには少々きついんじゃなかろうか? なんていらん心配をしてたんだが、中々どうして二人揃って黙々と仕事をこなしていた。

 エリーズは元騎士、サビーヌは元奴隷ってことで力仕事には慣れているのかもしれない。


 そんな二人とは対照的に、オリビエの奴は終始ヒーヒー言っていた。どうやら、見た目通り体を動かすのは苦手らしい。

 「男のくせに情けない奴」等と思ってしまったが、まあ人には得手不得手があるもんだ。しょうがない。

 そもそも「男のくせに」なんて言って「自分が思う男らしさ」を押し付けちまうのは、おっさんの悪い癖だしな。気を付けないと。


 とは言えオリビエの奴、荒事も多いらしい冒険者の仕事に向いているようには見えないんだよな……。ギルドもよくこいつを登録してやったもんだ。それとも、何か特殊な技能でも持ってるのか?



   ***


「こいつぁまた……」

「凄い数、ですね……」


 「納骨堂」の光景を前に、俺とサビーヌは思わず息を呑んでいた。

 そこは、正に「死者の王国」だった。


 部屋の壁に沿って、茶褐色の何かが薪のようにうず高く積み上げられている。あまりにも数が多いのでパッと見では気付かなかったが――それらは全て人骨だった。

 手足や体の骨がまるで壁を築くかのように丁寧に積み重ねられ、その上に無数の髑髏どくろが鎮座し、おびただしい数の虚ろな眼窩がんかがこちらを見つめている。

 髑髏の数から見ても、この部屋だけで数百体の遺骨が納められていることになるだろう。


「中々に壮観な眺めだろう? 先人達が眠るこの場所こそ、正にこの街の歴史そのものを表すと言っても過言ではないよ。別の区画には、ここよりも更に大規模な納骨堂もあってね。二人共、機会が有ればぜひ目にしておくと良い!」


 何か尊いものを眺めるような表情を浮かべながらエリーズが語る。

 俺としては不気味な光景にしか映らないが、エリーズにとってはこれが神聖なものに見えるらしい。もしかすると、彼女の先祖もこの中にいるのかもしれないな。


 まあ、どちらにしろ珍しい光景には違いない。髑髏なんて、現代人の俺には見慣れないものだしな。

 ――そう言えば、オーク族やリザードマンの髑髏はどんな形をしてるんだろうか?

 ふと、そんな疑問が頭に浮かんだが、どうやらこの部屋には人間種のものしかないらしい。ちょっと残念だが、無いものはしょうがない。頭を切り替えよう。


「エリーズ、ここでは何の作業をするんだ? やっぱり掃除か?」


 そう言えば納骨堂での作業内容は聞いていなかったな、と思い出しエリーズに尋ねる。

 納骨堂の中は清潔に保たれているように見えるので、掃除の必要はなさそうだが……。


「いや、納骨堂の清掃は教会の専門チームが定期的に行っているから不要だよ。私達は

「何か……異常?」


 何やら含みのあるエリーズの言い回しに、不穏な空気を感じ思わず身構える。

 そんな俺の反応が面白かったのか、エリーズは不敵な笑みを浮かべ、こう言った。


「うん、滅多にないんだけどね……時々、

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