5.骨!骨!骨!

「遺骨が……勝手に移動する?」


 エリーズの言葉に、俺の背筋を冷たいものが伝った。

 勝手に移動するって……バラバラに折り重なっている骸骨が勝手に組み合わさって、そのまま歩き出すとでも言うんだろうか?

 確かに、ファンタジーじゃ「動く骸骨スケルトン」なんてのは比較的ポピュラーな化け物だ。妖精やらリザードマンやらが普通にいるこの世界なら、十分にありそうなもんだ。


 そういや小さい頃に何かの映画で、主人公達が骸骨の戦士に追い詰められるシーンを観た覚えがある。ギリシャ神話が題材のやつだったと思うが、倒しても倒しても起き上がって来る骸骨達の動きがとても不気味で、怖すぎて何度か夢に出てきた位だ。

 あれは紛れもない作り物で、今観たらきっとチープに思うんだろうが……もし「本物」を見たら、今でも十分怖いんじゃなかろうか。


 もしや、元聖職者のオリビエが同行しているのはそういった理由か?

 アーメンだとかナンミョーホーレンゲーキョーとかで悪霊退散ってことか?

 そう思いオリビエの方を見やるが、何だか不思議そうな表情をされた後、気持ち悪い愛想笑いを返されちまった。何なんだ。


 とにかく、今にもどこからか理科室の骨格標本みたいな野郎が躍り出てくるかもしれないんだ。周囲を警戒するに越したことはなさそうだ。

 等と俺が周囲をきょろきょろと見回し始めると――。


「ああ、ごめんよエイジ。怖がらせたりからかったりするつもりは無かったんだけど……余計な警戒をさせてしまったみたいだね。『動く骸骨スケルトン』を警戒しているんだろうけど、ここにははいないから安心していいよ」

「な、なぬ!?」


 エリーズから意外な言葉が飛び出した。「動く骸骨スケルトン」は、いない?


「この納骨堂はまがりなりにも教会の管轄下にあるからね。『動く骸骨スケルトン』のような不浄の存在はまずお目見えしないのさ」

「? じゃあ、遺骨が勝手に動くってのはどういう――」


 「仕組みだ?」と尋ねようとしたその時、背後にいたオリビエが突如「うひゃぁ!?」という情けない悲鳴を上げた。


「どうした!?」

「ほほほほほほほ、骨が……」


 咄嗟に駆け寄ったエリーズに、オリビエがガタガタと震えながら目の前の骨の山を指さす。

 ……一見すると異常は無いように見えるが、念の為サビーヌを背中に庇っておく。


「落ち付きたまえオリビエ。骨が動いたのかい? それにしては、

「……? エリーズ、普通骨が勝手に動いたりしたら、誰だって驚くもんじゃないのか?」


 まるで「骨が動いたくらいで驚くのはおかしい」と言わんばかりのエリーズの言葉に違和感を覚え、思わず問いかける。


「ん? ああ、知らない人間が見たら確かにそうだろうね。でも、オリビエは。骨が動くこともその原因も、一度でも納骨堂での作業経験があるのなら、絶対に知っているはずなんだがね……。もしやとは思うが、オリビエ、君は――」


 エリーズが何かを言いかけた、その時だった。

 突如として骨の山の上に置かれた髑髏どくろの一つが、カラカラと音を立てて小刻みに動き始めたのだ!


「ひぃっ!?」


 オリビエがまた情けない悲鳴を上げ尻もちをついた。

 すると髑髏は、それを嘲笑うかのように更にカラカラカラカラとその身を震わし始めた。

 いや、これはオリビエじゃなくても怖いぞ! 俺も後ろにサビーヌを庇って無かったら飛び上がって驚いていたぞ、多分。


「はぁ……全く。この位でそんなに驚くということは、納骨堂での作業経験有りというのは嘘だったんだね、オリビエ? まあ、そのことは後でギルドの方から追及してもらうとして……エイジ、サビーヌ、怖がらなくても大丈夫だよ。こちらへ来て、髑髏の中をよく見てごらん」


 俺とサビーヌは顔を見合わせつつも、手招きするエリーズに引き寄せられるようにおっかなびっくり小刻みに動き続ける髑髏へと近寄り、そっとランプの灯りをかざしてみた。すると、そこには――。


「これ……か?」

「ご名答! 地下道名物のドブネズミさ!」


 そう、髑髏の中にいたのは一匹のドブネズミだった。よく肥え太ったドブネズミが、髑髏の中で忙しなく動き回っていたのだ。

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」じゃないが、これは何とも……。確かにタネを知っていれば怖がるようなもんじゃないな。

 むしろ、つぶらな瞳がちょっと可愛く思える位だ。


「ネ、ネズミだって……?」


 オリビエがのそのそと立ち上がり、俺達と同じく髑髏の眼窩がんかを覗き込む。やたらと怖がっていたが、タネが分かればこいつももう怖くはないだろう――なんて呑気に構えていたら、オリビエの奴が予想外の行動に出た。


「このネズ公! 驚かせやがって! こいつめ、こうしてやる!!」


 驚かされたのがよほど腹に据えかねたのか、オリビエが目を血走らせながら、ドブネズミが入っている髑髏を左右にシェイクし始めたのだ。中のドブネズミはもみくちゃになっているらしく、悲鳴のようにチュウチュウという鳴き声が響く。

 こいつ、小物だとは思っていたが……予想以上に小さいな!

 流石にみっともないし、罪もないドブネズミを痛めつけるのは見ていて気持ちいいもんじゃない。興奮するオリビエを宥めようと手を伸ばしかけたその時、俺に先んじてオリビエを止める者がいた。


「や、止めるんだオリビエ! 君、!?」


 エリーズだった。彼女には珍しく、物凄い剣幕で怒鳴りながらオリビエを髑髏から引きはがしにかかっている。

 オリビエもエリーズのあまりの剣幕にびっくりしたのか、すぐに髑髏を掴んでいた手を離す。すると、散々シェイクされたドブネズミは眼窩から勢いよく飛び出し、そのまま納骨堂の奥の暗闇へと逃げていってしまった。


「し、『死にたいのか』とは、また大げさですな!」

「大げさなものか! オリビエ、君は本当に何も知らないんだな!」


 一方、オリビエとエリーズは口論を始めてしまったが……確かに俺も、エリーズの「死にたいのか」という言葉の意味を量りかねていた。

 「いい加減不快なのでぶっ殺すぞオリビエ」という意味じゃないよな……?


「エイジ、サビーヌ。荷物を持ってすぐにここを離れるぞ!」

「え? エリーズさん、でもまだお仕事が……」

「いいから! 早く逃げないと……が――」


 エリーズが言いかけた、その時だった。

 納骨堂の奥――ドブネズミが逃げていった暗がりの方から、何か不気味な音が響き始めた。カリカリと何かを削るような音と、チュウチュウというネズミの鳴き声が。

 しかも、一つではない。沢山の、十や二十ではきかない数の音がいくつも重なり合って、納骨堂に響いている。ネズミの群れが近付いてきているのだ。


「ドブネズミの群れか? そんなに慌てる程のもんじゃ――」

「エイジ、あれを見ても同じことが言えるかい?」


 エリーズの指さす方――未だ状況が掴めず立ち往生しているオリビエが持つランプの灯りに照らされて、段々との全貌が明らかになってきた。

 ――ランプの灯りを受けて不気味に赤く輝く無数の瞳。数十匹と思われるその数も圧巻なのだが、問題はそこではなかった。


「ちょっ……!?」


 群れの先頭が姿を現したことで、俺は何故エリーズがあそこまで慌てていたのか、その理由を理解した。

 ――押し寄せるドブネズミの群れは、その一匹一匹が

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