3.地下道をゆく
延々と続く螺旋階段を下りていく。あまりにも長過ぎて「実は底など存在しないのでは?」と思い始めた頃、ようやく階段は終りを迎え、地下道が姿を現した。
随分と下った印象だが……下手をすると東京の地下鉄よりも深いんじゃなかろうか?
地下道は幅が三メートル程度、天井の高さは二メートル弱といった所だろうか? 思ったよりも広い印象だ。
通路の形は長方形、天然の洞窟ではなく明らかに人の手で掘り進んだものだ。天井や床は削られた岩盤がむき出しになっているが、左右の壁は石を積んで補強してある箇所も多い。
「この街の地下は良質な石材の宝庫でね。この通路も、元は地下採石場に向かう為のものだったのさ」
俺が物珍しげにキョロキョロしていたからか、エリーズが歩を進めながらこの地下道の歴史を語ってくれた。
――地下採石場の歴史はかなり古いらしい。この街の建物の多くが、地下の採石場から削り出された石材で建てられているのだという。
だが、野放図な採石を長年に渡り続けた結果、そこかしこで落盤やら浸水やら、酷い場合には地上部分ごと地盤沈下やらして、一時期は酷い有様だったのだとか。
それを最初に整備したのは、街の教会だったという。オリビエの古巣だな。何の神様を祀っているのかまでは知らんが……。
まあそれはともかく、教会が広がりすぎた地下空間を墓所として整備し、利用することを提案したらしい。
通路を整備し、状態の良い空間は墓所に改装、崩落や浸水が激しい箇所は埋め戻し……なんてことを何年も何年も続けた結果、何とも立派な「死者の地下王国」が出来上がったって寸法だ。
その後も街の地下では下水道の整備やらなんやらが進んで、一部の通路はその整備用の地下道として再利用され始め、今に至るってことらしい。
エリーズの説明はこんなざっくりじゃなくて、もっと詳しいものだったんだが……俺の頭ではこの程度しか覚えられなかった。「なるほどなぁ」なんて相槌を打っていても、半分以上は「右の耳から左の耳へと通り過ぎる」って塩梅だ。おっさんなんでな、すまんな……。
ちなみに、この手の話にいちいち茶々を入れそうなオリビエは、ずっと黙ったままだった。なにやら青い顔をして俯きがちになっている。
実は、螺旋階段を下りている最中に、オリビエの軽薄な雑談が我慢ならなくなったのか、エリーズが二言三言たしなめるようなことを言っていたんだ。
最初はおちゃらけていい加減な返事を返していたオリビエだったが、エリーズが、
「私はリーダーを引き受けるにあたって、みんなの経歴も知らされていてね……。オリビエ、君は中々ユニークなプロフィールを持っているみたいだね」
とにこやかな笑顔と共に告げた瞬間、青い顔をして黙り込んでしまっていた。
オリビエの奴、昔なにかやらしかてるのか? ま、あまり深くつっこまない方が懸命だな……。
――ランプの灯りだけを頼りに、そのまま地下道を進むこと十数分。何やら周囲の様子が変わってきた。
先程までは乾いていた床や壁が湿り気を帯び始め、苔が目立ち始めていた。周囲には、何かが腐ったような酷い臭いも充満している。……下水でも近いのか?
「ふむ、この辺りのようだね」
エリーズが壁に刻まれた何かの記号と手元の地図を見比べながら呟く。どうやら、俺達が掃除する区画とやらに到着したらしい。
「すまないが、エイジとオリビエはバケツに水を汲んできてくれるかい? この先に貯水槽があるはずなんだ」
エリーズの指示に「了解」と返しつつ、オリビエを伴って通路の先へと進む。
するとしばらくして、やや広い空間が姿を現した。
壁は円形に整えられ、天井もドーム型になっている。ちょっとしたホールといった所だろうか?
貯水槽はそのホールの中央にあった。「槽」というからには何か桶のようなものが置いてあるのかと思ったが、実際には床の一部が窪んでいてそこに水が溜められている。
「さ、手早く済ませようぜ」
相変わらず青い顔をしたままのオリビエを促し、全員分のバケツに水を汲み始める。
地下の貯水槽と聞いて「汚水一歩手前」みたいな物を想像していたんだが、思いの外に澄んだ綺麗な水だ。
どうやらこの水は、天井や壁から染み出した水を集めたものらしい。天井や壁を伝って床まで滴った水は、床のそこかしこにある溝を通って、中央の貯水槽に集まるって寸法だ。
岩石で
さて、男二人がバケツ四つに水を汲むのにそれほど時間がかかるわけもなく、あっという間に汲み終わってしまった。
後は戻るだけなんだが――ここで問題発生だ。
バケツを両手に持ったら、俺達はランプをどうやって持てばいいんだろうか……?
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